プール 6
プール編長いですね、ごめんなさい。
海編も考えてはいるんですが、今回長かったので思案中。
流れるプールで流されながら、四人はまったりとお喋りを続けていた。
「やはり、朝昼晩と決まった時間に食べないと駄目です。食生活の乱れが体型に影響しますので」
「自分、すぐ間食しちゃうッス」
「私もです。お菓子があるとついつい食べちゃうんですよねぇ」
「事務作業とかしてると、どうしても甘いものが欲しくなったりするんですよね」
「であれば、カロリー計算や糖質なども気にすれば問題無いかと。日々食べる物が私達の身体を作るのですから、少しずつでもより良い身体作りを進めて行くことが重要ですよ」
偉ぶるでもなく、得意げでもなく、後輩に丁寧に教えるように話す。
そこに先程までの緊張した様子は無く、自然体である。
「お前等、こんなとこに来てまで仕事の話とか勘弁しろよ……」
「まあまあ、良いじゃない。ワタシも食生活の事は気になるなぁ。少し瘦せたいし」
「……少、し……?」
「詩ちゃんなんか言ったぁ~?」
「……少、し……?」
「誤魔化さずにもう一回言った!? 酷い、酷いわぁ! 気にしてるのに~!」
余計な事を言った詩のほっぺをぐにぐにと伸ばす笑良。
そんな二人を呆れたように見ながら、浮き輪に乗ってぷかぷか浮いている珠緒は視線を春花達に戻す。
「お前、相変わらず違和感なく溶け込んでんな」
「そうかな?」
珠緒の言葉に小首を傾げる春花。
「まぁ、春花ちゃんは見た目が可愛いからね~」
詩の頬をぐにぐにしながら、笑良は言う。
「……確かに、男の子とは思えない程可愛らしい顔をしてます。いや、可愛いと言うより、綺麗、というべきでしょうか」
チェウォンは真剣に春花の見た目を言い表す。
チェウォンはぐぐいっと春花に顔を近付け、まじまじと春花の顔を見やる。
「よく見ても……いえ、見れば見る程女性のように見えますね」
「おい、顔近ぇぞ」
「おっと、失礼しました」
慌てた様子も無く、春花から顔を遠ざけるチェウォン。
「お前よ、もっと危機感とか持てよな。距離感気にしねぇと、相手に勘違いさせるぞ」
「そうですね。可愛いので、つい距離感が――」
「いや、お前じゃ無くて。有栖川の方」
「……」
自分の方に言われたと思ったチェウォンは素直に言葉を返したけれど、珠緒に素っ気なく違うと返される。
この場合、距離感を注意されるとしたら女性であるチェウォンの方だろう。そう思ってチェウォンは言葉を返したのに、珠緒が注意をしたのは男性である春花だった。確かに、チェウォンよりも春花の方が異性との距離感等の危機管理能力が足りていないように思える。
珠緒はちゃぷちゃぷと手で水を掻き、春花の方に近付く。
浮き輪で春花にこつんっとアタックして、くるりと回って春花の頭を掴む。
「お前、嫌な事とかあっても抵抗しねーから言っとくけどな、嫌な事はちゃんと嫌って言わねーと駄目だぞ?」
「私が顔を近付けるのが、彼にとって嫌な事だと言いたいのですか?」
「本人が嫌がりゃ嫌な事だろーよ」
「なら、貴方が彼の頭を掴むのも嫌な事なのでは?」
刺のある声音でチェウォンが言えば、珠緒は苛立った様子も無く春花に訊ねる。
「嫌か?」
「別に」
「だってよ」
特に不快感を表した様子の無い春花に、珠緒は勝ち誇った顔をしてチェウォンを見やる。
珠緒の勝ち誇った顔を見たチェウォンは、ムッとした表情を浮かべた後、すっと春花に近付きぴとっと春花の頬と自身の頬をぴたっとくっつける。
「嫌ですか?」
「別に」
チェウォンに嫌かと聞かれるも、春花としては別段嫌ではない。かと言って、ぴったりくっ付かれて嬉しい訳でもないけれど。
だが、チェウォンにとってはその答えだけで充分だったようで、頬を離して勝ち誇った顔で珠緒を見やる。
「不快ではないそうです。どうやら、貴女の思い違いだったようですね」
「お前……」
勝ち誇るチェウォンに、しかし珠緒は呆れたような表情を向ける。
「……普通男とそんな密着すっか? 必死過ぎて引くわ……」
「なっ……! べ、別に必死になってはいません! 私はただ、彼に不快感を与えるような事をしてないと証明したかっただけで――」
「てか、お前もお前だ。人との距離感気にしろよ」
「――人の話は最後まで聞きなさい!」
「人ってか、異性な、異性。普通女とそんな密着しねぇぞ」
「無視をしないでください!」
ぷんすこと怒りを露わにするチェウォンだけれど、珠緒はどこ吹く風といった様子で春花との会話を続ける。
怒った様子のチェウォンに、瑠奈莉愛と餡子が『珠緒先輩はからかってるだけですので』『落ち着くッス、チェウォンさん!』と宥める。
珠緒の場合、いつも噛み付いている相手の方が手強いので、チェウォンのような素直な反応であれば可愛いものだ。
「いや……よく考えりゃ、お前の場合は女の方がとち狂ってる奴が多いのか」
よくよく考えれば、春花の方から距離を詰めると言う事は殆ど無い。あっても、それは訳あっての時のみ。大抵、春花の周囲の女性たちが春花との距離感が近いのだ。一部変態が居るのも始末におえないところだろう。
「……女難ってやつか? お前も苦労してんな……」
憐れむように春花の頭を叩く珠緒。
「その女難に、もしや私も含まれているのですか?」
「思い当たる節があんならそうなんだろうよ」
面倒臭そうに言って、珠緒は四人から離れていく。
もうチェウォンを揶揄うのに満足した。それに、そろそろ別のプールで遊びたい。
「おーい、別のとこ行こうぜー」
「そうね。次はウォータースライダーが良いかしら?」
「……ウォーターメロンが、なんか言ってら……」
引っ張られ続けて頬が赤くなった詩が、笑良の一部突きながらのたまう。
「うふふ、詩ちゃん、ウォータースライダーヘビーローテーションね」
「……助けて、春ちゃん……」
春花に助けを求めて泳いで近付こうとするも、即座に笑良に掴まれ連行される。
「さぁ、楽しい楽しいヘビーローテーションよ~」
「こいつが吐くまでやろうぜ」
「何を言ってるの? 吐いてからが本番じゃない。うふふ」
「……ヘルプ、ヘルプ……」
助けを求め続ける詩だけれど、自業自得なので誰も手を貸さない。
「敬礼ッス」
「無事を祈ってます」
瑠奈莉愛と餡子は神妙な顔で敬礼をする。
「二人は、あんな風にならないように。礼儀正しく、お行儀よく生きてください」
「はいッス」
「了解です」
チェウォンの言葉に、素直に頷く瑠奈莉愛と餡子。
「貴方も、破廉恥な事は慎むように。良いですね?」
「はい」
何故か春花も注意されるけれど、春花は素直に頷く。
「よろしい。……我々も、次のアトラクションに向かいましょう。せっかくですから、全部回ってみるのも良いですね」
「賛成ッス!」
「目一杯楽しみましょう!」
もうすっかりチェウォンに懐いた様子の二人は、笑顔でチェウォンの言葉に賛同する。
先にプールから上がる二人を微笑ましそうに見つめながら、チェウォンは春花を振り返る。
「さ、行きましょうか」
「はい」
チェウォンは春花の手を引いてプールサイドへ導く。
その姿に、先刻までの緊張した様子はもう見受けられなかった。その事に、本人は気付いてはいないけれど。




