プール 3
チェウォンの様子がおかしいのには勿論理由がある。
チェウォンは自分が憧れた魔法少女である朱里と仲良くなりたいと常々思っていた。また、朱里だけでは無く、アリスや他の面々とも仲良くしたいとは思っている。
だが、チェウォンは周囲の環境に恵まれた。自分から合わせる事は殆ど無く、自分からぐいぐいと関係を深めるような事もしてこなかった。そのため、仲良くなるためのアプローチの仕方が分からないのだ。
祝勝会の時に声を掛けようとして、どう声を掛けて良いのか分からずに尻込みしている時にジアンに物理的に尻を蹴られて慌てて声を掛けた。その時、丁度プールの話をしていたので、一緒に遊びに行けば仲良くなれるかもしれないと思い、勇気を振り絞って一緒に行きたいと申し出たのだ。
だが、いざ来てみればやはりどう言葉を交わして良いのかが分からない。
普段も緊張してしまって掛ける言葉がきつくなってしまったり、慣れ親しんでしまった冷たく突き放すような言葉しか出て来なかったりする。そんな言葉を貰って相手が嬉しくない事は分かっているけれど、長年沁みついた癖は容易に直らない。
また、白奈と朱里がお喋りをして、レクシーとシャーロットも何やら話している。朱里に声を掛けたいけれど、お喋りをしている二人に割って入るのも気が引けるし、鼻付きと戦う時に力を貸してくれたレクシーとシャーロットに改めてお礼を言いたいけれど、やはり二人の間に割って入るのは気が引ける。
四人の後ろをただ黙々と歩くしか出来ない。
そんなチェウォンの隣を同じく黙々と歩く春花はまったくもって気負った様子も無く、また居心地悪そうな様子も無い。
電車内での会話を聞いていたので春花が男である事は理解している。だからこそ、女子しかいないこの空間、かつ、露出度の違いはあれど全員が水着を着ている。普段着より露出しており、胸元なんて大きく露出している。
春花は平然としてるけれど、彼女達を見た男性はほぼ全員が釘付けになっており、鼻の下を伸ばしている者も少なくは無い。
全員美少女であり、またプロポーションも整っている。男達が見惚れてしまうのも無理からぬ事だろう。
だが、チェウォンの隣を歩く春花はすんと落ち着いた表情をしている。こんな露出度の高い美少女たちに囲まれてなお平然としていられる春花の精神力には素直に驚嘆する。
チェウォンが春花を見ていると、すっと春花がチェウォンに視線を合わせる。
「どうかしましたか?」
「ああ、いえ……」
春花に訊ねられ、しどろもどろに返すチェウォン。
いつもと様子の違うチェウォンに、春花は小首を傾げながら訊ねる。
「体調でも悪いですか?」
「いえ、大丈夫です。お気遣い無く」
「そうですか」
明らかに様子がおかしいけれど、本人が大丈夫だと言っているのであれば大丈夫なのだろう。
そう判断し、春花は視線を前に戻す。
「あ、アスレチックプールなんてあるのね。行ってみる?」
「良いんじゃない? あら、瑠奈莉愛ちゃんと餡子ちゃん、もう楽しんでるわね」
アスレチックプールを見やれば、瑠奈莉愛と餡子が楽しそうに笑顔でアスレチックを突破しようとしている。
「先輩として、お手本見せにゃな」
無い袖をまくる振りをしながら、シャーロットがずんずんとアスレチックプールへと向かう。
シャーロットが先陣を切り、アスレチックにチャレンジする。
最初は幾つもある浮島を足場にして対岸へと渡るアスレチック。その一歩目をぴょんっシャーロットは踏み出す。
「お?」
そして、つるりと足を滑らせてプールへ落ちる。
「手本とは……」
たったの一歩で脱落したシャーロットを見て、レクシーは呆れたような表情を浮かべる。
「まったくだらしないわね、兎のくせに」
言いながらぴょんっと朱里が一歩を踏み出す。
シャーロットとは違い、朱里は危なげなく浮島を渡る。
「出オチとは恐れ入ったわ」
「まったく。見栄を張るからそうなるんだ」
白奈とレクシーも呆れながらぴょんぴょんっと浮島を渡っていく。
そんな中、春花はプールサイドから動かず、落ちたシャーロットの様子を窺う。
シャーロットはゆっくりと浮かび上がり、水面に顔を出してからプールサイドへと泳いでくる。
「大丈夫?」
春花が声を掛ければ、シャーロットはプールサイドに上がりながら答える。
「恥ずかちいぜ……」
言葉とは裏腹にあまり恥ずかしそうにしてはいないシャーロット。
「リトライ」
「頑張って」
「うい」
シャーロットはめげた様子も無く、ぴょんぴょんっと浮島へと跳んで行く。
ぴょんぴょんと跳んで行くシャーロットを見送りながら、春花はちらりとチェウォンを見る。
「行かないんですか?」
「え、ええ。そうですね」
頷き、跳ぼうとするチェウォン。しかし、跳ぶのを止めてチェウォンは春花を見やる。
「貴方は、彼女達と仲が良いのですか?」
「仲、ですか? そうですね、別段悪くは無いと思いますけど」
「……私から見れば、とても仲が良いように見えます。でなければ、男性である貴方が誘われる道理もありませんし」
例え仲の良い男子だとしても、今回のように女性だらけの遊興に男子一人だけが呼ばれる事は無い。
呼ばれた男子も気まずいだろうし、女子達も気を遣ってしまうだろうから。
だが、中韓の魔法少女達は春花の事を知らないので遠巻きに見ているだけだけれど、日本の童話の魔法少女達は誰も春花に気を遣った様子は無い。イギリスの魔法少女達もそれは同じである。
「普通は女性だけのグループに男性が入るなんて事は無いはずです。あ、いえ、責めている訳では無く……ただ、純粋に、それだけ仲が良いのだなと……」
冷たい言い方をしてしまったチェウォンだが、直ぐに自身の言葉が誤解を招くと気付き慌てて言葉を紡ぐ。
だが、春花は気を悪くした様子も無く答える。
「東雲さん、姫雪さん、指出さんの三人はクラスが一緒なのでよく気にかけてくれてます。今日も、きっとその延長線なんだと思います」
「それだけだとは思いません。先程も言いましたが、女性だけのグループに男性を一人誘うだなんて普通はしません。余程仲が良く無ければ在り得ないです。それは、誘いに応じる貴方もです。あっ、責めている訳では無いんです。……すみません」
またしても冷たい物言いになってしまった事にしょんぼりとするチェウォン。
少しの沈黙の後、チェウォンはぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。
「……私は、恥ずかしながら人と仲良くする方法が分からないんです。私は周りの環境に恵まれていて、私が合わせなくても、周りの人が合わせてくれるんです。ずっとそれが普通だと思っていたので、どうしてもその感覚が抜けなくて……」
俯いていたチェウォンは縋るような眼で春花を見る。
「あの、どうすれば皆と仲良くなれるでしょうか? 私、皆と仲良くなりたいのです。異性でありながら彼女達と仲の良い貴方に教えて欲しいのです」
藁にも縋る思いで春花に教えを請うチェウォン。
しかし、春花は微妙な表情を浮かべてつい本音を漏らしてしまう。
「いや、僕に言われても……」
チェウォンは知らない。朱里達と仲の良い春花だけれど、どちらかと言えば春花もチェウォンと同じように周りに恵まれた側の人間であると言う事を。




