プール 1
祝勝会も終わり、後は夏休みを消化するだけ。
とはいえ、クルールー教団の件もあり、魔法少女達は夏休みをろくに楽しむことが出来なかったので、楽しめなかった分を取り返すように夏を満喫する。
当然、童話の魔法少女達も例外ではない。
「結構……ってか、かなり大所帯になったわね」
良くもまぁこんなに集まったものだと、感心とも呆れとも取れる声音を漏らす朱里。
電車で移動をする少女達。電車一両の中を埋め尽くす程に魔法少女が集結していた。
「そうだね」
朱里の呟きに相槌を打つ春花。
今日は以前から話をしていたプールに行くために集まった。元々の予定では童話の魔法少女達だけで行く予定だったのだけれど、祝勝会の時にチェウォンがその話を聞いて自分も参加したいと申し出た。
その話を近くで聞いていたシャーロットがワシもワシもと騒ぎ出し、更にそれを聞いていた凛風が我も我もと騒いで、結局行ける者は全員参加する形に収まった。
童話の魔法少女全員に加え、レクシー、シャーロット、ベラ、オリー、凛風、チェウォン、ジアン、ユナ、それに中韓の魔法少女が参加を表明した。
本来であれば、祝勝会の後に直ぐに帰国の流れではあったのだけれど、異譚侵度Sの異譚を終わらせた事もあってしばしの休暇を楽しむ許可が出た。本来であれば国に帰って式典などを行う事になっていたのだけれど、魔法少女達にも心を落ち着ける時間は必要だ。
それに、時間が空けば空くほど、式典の準備も豪華にする事が出来る。式典の準備期間だと考えれば、魔法少女達の休暇を了承するのも問題無い。
夏休み中は中韓の魔法少女は日本で旅行を楽しむ予定らしい。因みに、イギリス組も同じようなスケジュールを組んでいる。
と言う事で、こんな大所帯での移動と相成った訳である。
がたんごとんと電車に揺られ、少女達は目的地のプールへと向かう。
「というか、僕で良かったの?」
こそっと朱里にだけ聞こえる声で言外に、アリスとして来なくて良かったのかと訊ねる春花。
「良いのよ。元々アンタとも行く予定だったでしょ。アイツとは海とか夏祭りにでも行くわ」
「そっか」
「ずっと気になってたけど、この子は誰ネ?」
吊り革に掴まってぶらぶらしている凛風が小首を傾げながら訊ねる。確かに、春花は凛風と初対面だ。魔法少女でも無い春花が居るのを不思議に思うのも無理は無いだろう。
「コイツはアタシの友達よ。灰色の夏休みを送ってるっていうから誘ったのよ」
「へぇー」
凛風はまじまじと春花の顔を見やる。
「……この子男の子ネ?」
「ええ、男の子よ」
「どうして男なんて連れて来るネ?」
「どっちかというと、アンタ達の方がおまけよ。元々コイツ含めて遊びに行く予定だったんだから」
「だからって男なんて連れて来る事無いネ! 百合の花園に男は必要無いヨ!」
吊り革に掴まりながらぶんぶん身体を揺らして抗議する凛風。
「おまけが文句言うんじゃ無いわよ。さっきも言ったけど、元々コイツ込みで予定組んでたんだから。それに、コイツだって可愛い顔してんだから良いでしょうが」
言って、朱里は春花の長ったらしい前髪を上げてそのご尊顔を凛風に見せる。
「うぐっ……確かに……確かに可愛いヨ! でも……でも男ネ! なんで男なのにこんな可愛い顔してるヨ?! 頭がこんがらがるネ!」
「凛風、一つ良い事を教えてあげるわ」
苦悶の表情を浮かべる凛風を見て、春花の隣を陣取っていた白奈が真面目な顔で言う。
「可愛いは正義なのよ」
「ぐぐぐぅっ……」
歯を食いしばり、苦悶の表情を浮かべて春花を見る凛風。
「が、がわいい……けど、男、ネぇ……!!」
「凛風、分かっとらん」
苦悶の表情を浮かべる凛風の隣に移動してきたのは、いつも通り空色のエプロンドレスと白兎のリュックを背負ったシャーロット。
「春花は男の娘」
「そんな事分かってるネ!」
「ノンノン。男の娘と書いて、男の娘。最強ジャンル。記憶してけ」
言いながら、シャーロットは春花の前髪をトランプ柄のヘアピンで可愛らしく整える。
「唇かさかさ。良くない」
そして、自分が使っていたであろうリップを何の躊躇いも無く春花の口に当てる。
「これで完璧。そして――」
春花の唇に当てたリップで自身の唇に当てる。
「――これで最強。合法間接キッス。ふひひ」
「合法じゃ無いわよ。セクハラよセクハラ」
「本人が拒否しない。よって、合法」
「加害者がよく使う言い訳ね。コイツ、イギリスに帰すより牢屋に突っ込んだ方が世のためになるんじゃない?」
「でも、直ぐ脱獄できちゃうね」
シャーロットは魔法で異次元へ移動が出来る。牢屋など、シャーロットにとっては何のしがらみにもならない。
「それなら国際指名手配よ。有栖川くんの間接キスを奪った罪は重いわ」
「そんなに重罪では無いと思うけど……」
春花としては、間接キスなどどうでも良い。春花にとって実害は無いし、ここ最近でシャーロットの奇行には慣れてしまった。それに、シャーロットと似た行動をする者も童話の魔法少女達の中に居る。それがたった一人増えただけだ。
「……そう言えば、キスで思い出したけど。朱里、一つ聞いて良いかしら?」
何か思い出したような表情を浮かべ、白奈は朱里の方を見やる。
「何かしら?」
「アリスにキスしたって本当?」
氷のように冷たい静かな声音。少女達がワイワイ楽しくお喋りをしていたにも関わらず、白奈の言葉一つで一瞬で静まり返った。
全員の視線が朱里に向けられる。
「……な、な、な、しゅ、しゅしゅしゅ朱里ちゃん? そ、それ、ほ、本当……?」
反対側の座席に座っていたみのりが、わなわなと唇を震わせながら朱里に訊ねる。
朱里は視線を窓の外にやって遠い目をする。
「…………今日は空が青いわね」
「オイ、そんなんじゃ誤魔化されねぇぞ!!」
遠い目をして誤魔化そうとする朱里に声を荒げる珠緒。
「プール日和じゃない。良かったわ、晴れて」
「朱里、こっちを向きなさい。私、怒ってないから。ね?」
完全に怒っている人が言う声音で朱里に言う白奈。
「朱里こそ有罪。ワシ、絶許……!!」
驚愕の事実を知ってしまったシャーロットが、今までに見た事が無いくらいの怒りの表情を朱里に向ける。
「あ、そろそろ駅に着くわね。さ、降りる準備をしましょう」
「キスどんな味だった?」
「甘酸っぱい味した?」
唯と一が純粋な目で朱里に訊ねるも、朱里は二人に言葉を返さない。
「き、き、キスッスよ、餡子ちゃん! 大人ッス!」
「そ、そうですね! あわわっ、ま、まさかお二人がそんな大人の関係だったなんて……!!」
最年少組は顔を真っ赤にしてきゃーきゃーと騒ぐ。
他の少女達もきゃーきゃーと騒ぎ立てる。朱里はキスした事を否定せず、誤魔化しているだけだ。つまり、キスした事自体は事実であるという事に他ならない。
「さ、駅に着いたわよ。楽しめなかった分、夏を満喫しなくちゃね~」
バッグを持って立ち上がり、電車を降りようとする朱里。
「オイ待てコラ! 説明責任を果たせコラ!」
「詳しく話す。ワシの怒り、爆発する前に」
「しゅ、朱里ちゃん! ちゃんと説明して? ね? ほ、本当にキスしたの? ねぇ、ねぇ!」
「朱里。怒らないから子細を話なさい。怒らないから。怒ってないから。ね?」
逃げるように電車を降りる朱里を追いかけるアリス強火担達。
朱里とアリスの関係が気になる少女達も、きゃーきゃーと騒ぎながら後を追う。
「あらあら、若いって良いわねぇ」
「き、キスしたって……す、進んでるのねぇ、二人共……」
保護者目線のベラと意外と初心な笑良。
「まさかあの二人がそんな関係だったなんて……驚きなのです!」
「多分、まだそういう関係では無いと思うけどね」
そういう関係に興味津々なオリーと、何やら事情があると察しているレクシー。
少女達が朱里を追い、その一番後ろに春花が続く。
なお、アリスの頬にキスをした詩は何も言わずに黙って春花の隣を歩いて、飛び火しないように騒ぎの外に居る。
これだけの騒ぎようを見ると、今日はアリスとして来なくて良かったと心底から思う春花だった。なにせ、アリスとして来ていれば、アリスに飛び火する事は確実なのだから。




