祝勝会 2
250話らしいです。結構書きましたね。
アリスがのほほんとチェシャ猫と一緒にご飯を食べている間、朱里はにこにこと笑みを振りまきながら挨拶回りをしていた。
政治家、資産家、芸能人、等々。
笑みの裏に苛立ちを隠しながら、著名人の相手をする。
今は朱里に笑みを浮かべているけれど、今まで挨拶をした者達は朱里をキープくらいにしか思っていない。
今回の異譚で異譚支配者を倒したのはアリスとチェウォンだ。今回の英雄はアリスとチェウォンであり、皆その二人への繋がりを持とうとしている。
朱里はアリスに一番近しい存在である。そんな朱里と仲を深めていずれアリスを紹介して貰おう、という魂胆なのだろう。
アリスと違って朱里はアプローチをかけても冷たくあしらう事は無い。繋ぎ役としてはうってつけだと思われているに違いない。
実際の所、アリスがしない事を朱里が変わりにしているだけであって、アリスに繋げてあげようだなんて優しさは少しも持ち合わせてはいない。
一応は軍属である朱里は、来賓と挨拶をしなければいけない。朱里が望んでいなくとも、対策軍が来賓を呼んでしまうから、対策軍所属の魔法少女としては挨拶をしない訳にはいかない。
面倒だけれど、世の中そうやって回っているのだから仕方が無い。
有象無象の話を聞きながら、朱里はちらりと視線をアリスに向ける。
レクシーと凛風と話していると思ったら、二人はまた挨拶回りに向かい、今は一人と一匹で料理に舌鼓を打っているようだ。
あんにゃろう、自分だけ美味しい料理食べやがってと心中で毒づく。
朱里はずっと挨拶回りから抜け出せず、料理に手を付けられていない。ずっと喋っているので喉も乾いたし、丁度お昼時に開催されているものだからお腹も減っている。
それでも、朱里と話したい者は後を絶たない。
「いやぁ、今回の異譚でも随分と活躍したようじゃないか。アリスといい君といい、優秀な魔法少女が居て日本人として鼻が高いよ」
「まぁ、ありがとうございます。そう言っていただけると、頑張ったかいがあります」
うるせぇアンタのために戦ってんじゃねぇ。アタシの実力はアタシのもんだクソッたれ。
「前回のヴルトゥーム……だったかな? その時の戦いぶりも良く聞き及んでいるよ。止めを刺したんだって? 凄いじゃ無いか」
「仲間の尽力のお陰です。一人では到底勝てない相手でした。今回もそれは変わりません」
一々分かり切った事言わせんな。アタシの実力不足はアタシが一番知ってんだよタコ。
「随分と謙虚ですわね。アリスに並ぶほどの実力者だというのに」
「その上愛想も良いと来た。英雄様も少しは君を見習った方が良いと思うがね」
「違いない。軍属である以上、挨拶は出来て然るべきだ」
「二度も危機を救って天狗にでもなっているのではないか?」
好き勝手に言う来賓の言葉を、朱里は額に青筋を浮かべながら聞き流す。
前に組んだ手を血管が浮き出る程に握り締める。手袋をしていて良かった。力み過ぎている自覚があるので、手袋が無かったら直ぐに気付かれていた事だろう。
「……申し訳ございません。アリスに呼ばれたみたいなので、少し席を外します」
アリスの方に顔を向けた後、朱里は来賓に一礼をしてからその場を後にする。
丁度良くアリスと目が合ったので都合よく使わせて貰った。
朱里はさっさか歩いてアリスの元へ向かい、アリスの隣に並んで料理を皿に乗せる。
「お疲れ様」
「いいえ、別に。誰かさんが挨拶の一つもしないって厭味を言われてとても楽しかったわ」
「そう」
「キヒヒ。アリス、君の事だよ」
「それは心外。挨拶はした」
むっと少しだけ怒ったように眉を寄せるアリス。
確かに、アリスは挨拶をした。だが、それは個人にでは無くて全体にだ。
祝勝会の最初の挨拶の時に、勝利の立役者であるアリスとチェウォンは壇上で挨拶をした。アリスはかなり短めに、チェウォンはしっかりと丁寧に。
「全体にじゃなくて、個人に挨拶しないと蔑ろにされたと思うもんよ。……まぁ、戦いもしないくせに口だけは立派な奴らなんて蔑ろにされて然るべきだけどね」
苛立ちを隠した様子も無く愚痴を言い、朱里は皿に乗せた料理を口に運ぶ。
流石のアリスも、朱里が苛立っている事には気付いているようで、申し訳なさそうな顔をする。
「……次は私が行く」
「良いわよ別に。ゆっくりご飯でも食べてなさい。アンタにこういうのははなから期待して無いから」
ぶっきらぼうだけれど、アリスを慮っての言葉。
「それに、こうなれば意地でもアンタと話させるもんですか。思い通りに行かせる程、アタシは優しくなんて無いんだから」
はぐはぐと丁寧ながらもスピーディーに料理を口に運ぶ朱里。
「良い食べっぷり」
「スイーツも食べる」
一通りスイーツを制覇したのでアリスの元へやって来た唯と一が、やけ食いする朱里を見て自身の皿に乗せたスイーツを朱里の皿に乗せる。
「ちょっ、そんなに食べられないわよ!」
「遠慮すんな」
「謙遜すんな」
「遠慮も謙遜もして無いわよ! 普通に食べられないから!」
朱里と双子がじゃれ合っていると、韓国と中国の魔法少女と話をしていたみのりがアリスの元へやって来る。
「あ、アリス、楽しんでる?」
「うん。そっちは?」
「い、色んな子とお喋りして来たよ。えへへ、い、いっぱい褒められちゃった」
帰還の際に、みのりは多くの魔法少女の治療を行っていた。そのため、日中韓問わずみのりに治療をしてもらった魔法少女は多い。重傷者も居れば、比較的軽傷だった者もいるけれど、皆一様に治療をしてくれたみのりには感謝している。
そんな魔法少女達から感謝の言葉を言われたり、彼女達の今後の展望や趣味の話などをしていたのだ。
彼女達とのお喋りが一通り終わったので愛しのアリスの元へ戻って来たというわけだ。
「そう。良かったね」
「う、うん!」
あんまり褒められても自己肯定感の低いみのりは謙遜して縮こまってしまうけれど、それでも、自分が治療した相手から素直なお礼の言葉を言われるのは嬉しいものだ。
五人が固まってお喋りをしていると、ぱっと会場の明かりが暗くなる。
そして、ステージにスポットライトが当たる。そこには、綺麗なドレスに身を包んだしっかりとお化粧をした詩が立っていた。
進行の言葉がある訳でも無く、ピアノの伴奏と共に詩の綺麗な歌声が響き渡る。
アニメの主題歌などを歌ったりする詩だけれど、バラードも歌う事が出来る。
皆が詩の歌に聞き惚れる。
「そういや、プールとかの件だけどさ」
バラードに耳を傾けながら、朱里が小さな声でアリスに言う。
「うん」
「こっちで勝手に予定決めて平気?」
「平気。合わせる」
「おっけー。……色々今後の事考えないといけないけどさ、少しは羽伸ばさないとね」
「うん」
「その話、詳しく聞かせてくれますか?」
小さな声で会話をしていた二人に割って入る、凛とした声。
見やれば、韓服に身を包んだチェウォンが料理の乗ったプレートを持って緊張した様子で立っていた。




