ケーキバイキング 2
SS終わり
「は、はい、アリス。あ~んだよ?」
「……」
何度も隣から差し出されるケーキを、何度も何度もアリスは無言で食べる。
アリスが食べるたびにみのりは嬉しそうに笑い、次々にケーキを一口サイズに切り分けてはアリスの口元へと運ぶ。
ずごごとストローで緑茶を啜りながら、珠緒は呆れたような顔でアリスとみのりを見る。
「よく飽きないね」
「う、うん。アリスと一緒にケーキ食べられるだけで、う、嬉しいから……」
にへらとだらしない笑みを浮かべるみのり。
「いや、アリスは限界そうだけど?」
「……飽きた」
先程からずっとみのりがケーキを食べさせてくるので、口の中が物凄く甘ったるい。紅茶を飲んで甘ったるさを誤魔化してはいるものの、差し出してくる量も回数も多いので誤魔化しきれない。
そろそろ口と胃袋が甘さを嫌がって来た。
アリスも人並みに甘い物は好きだけれど、流石に瑠奈莉愛や菓子谷姉妹のように馬鹿みたいにバクバク食べられる訳では無い。あくまでも、人並みに好きなだけなのだ。
「もういい……」
「え……で、でも、まだあるよ、アリス? い、一緒に食べよ?」
言って、皿一杯に乗っているケーキを見るみのり。
「もういらない」
「……じゃ、じゃあ、アリスがあ~んって、してほしいな?」
「……」
「……だ、だめ……かな?」
「……」
少しだけ頭を傾けておねだりをするみのり。
アリスは少しだけ考えた後、みのりが手に持つフォークをするりと取り、みのりの皿に乗るケーキを一口サイズに切り分けてからみのりの口元へと運ぶ。
「食べて」
「あ、へ、あ、え……?」
「食べて」
「あ、う、ひゃ、い、い、良いの……?」
「食べないなら良い」
食べさせてと言われたからそうしたのに一向に食べないみのりに、面倒になったアリスはフォークを下げようとする。
「あ、た、たたたた食べる食べる食べる!」
フォークを下げようとしたアリスの手をみのりはがしっと掴んで、フォークの先にあるケーキを咥える。
「ほ、ほいひぃ……」
心底美味しいといった様子でケーキを食べるみのり。
もにゅもにゅと咀嚼をするみのりを見て、珠緒は甘ったるい物でも食べたように顔を顰めながらアリスに視線を移す。
「なんか、あんた今日嫌に優しくない? いつものあんたなら、考える間も無く『嫌』の一言で斬り捨てるでしょ」
珠緒の言う通り、常のアリスであれば嫌の一言で片付けていた。
自身が男である事に対して他の魔法少女に対して負い目がある。なので、今回のように相手との距離を詰めるような行動は基本的にはしない。
けれども、やはり心配をかけてしまった事が引け目になっている。
「……心配させた穴埋め」
「ああ、あんた死にかけたんだっけ? 珍しいね。油断でもした?」
「それは此処で話す事じゃない。レポートを道下さんに提出するから、それを確認して」
流石に、異譚の事をべらべらと公共の場で話す訳にもいかない。あの時見た彼の記憶とあの時の現象に関しては知っておいて欲しいとは思うけれど、それは今ではない。
「……塩は塩か」
「何が?」
「別に。……あれね。罰ゲームって事ね」
「……何が?」
「こっちの話」
それだけ言って物珍しいアリスの様子に興味を無くしたのか、珠緒は席を立って新しいケーキを取りに行く。
そんな珠緒を見ていた白奈がくすりと笑う。
「アリス。あれであの子、貴女の事心配してたのよ」
「そうは見えない」
「分かりにくいだけよ」
「あ、私も心配でした! その後、お加減はどうですか?」
ずっとアリスに声をかけたくて様子を見ていた餡子が、頑張って会話に入る。
「問題無い。検査の結果も異常は無かった」
「そ、そうですか! なら、良かったです!」
安心したようにほっと胸を撫でおろす餡子。
餡子としても、同じ童話の魔法少女という仲間として心配をしていた。それに、入って直ぐに誰かが亡くなってしまうのは悲しい。
にこっと元気よく笑う餡子。
そんな餡子の口元に生クリームが付いている事にアリスは気付く。
席順はみのり、アリス、餡子となっており、対面が珠緒、白奈、詩となっている。そのため、餡子には誰よりもアリスが近い。
それは、特に考えた行動ではない。
近くに紙ナプキンが置いてあったのと、喋るよりも手を動かす方が面倒では無かった事。加えて言えば、心配させてしまった事に対する申し訳無さもあった。
アリスはおもむろに紙ナプキンを手に取ると、餡子の口元に付いているクリームを拭ってやる。
「ほえっ!?」
「付いてた」
言って、クリームを拭った紙ナプキンを畳んでテーブルに置くアリス。
「あ、あああ、ありがとうごあいまし!」
「なんて?」
「ありがとうございます!」
「……別に良い」
そんな二人の様子を見ていたみのりが「あわわ」と慌てた様子で急いで大口を開けてケーキを食べ、口の周りに生クリームをわざと付ける。
「あ、ああ、アリス! わ、わたしも、く、クリーム付いちゃったなぁ!」
みのりがわざとらしく言えば、アリスは広げた紙ナプキンで乱暴にみのりの口元を覆ってがしがしと拭う。
乱暴にされているにも関わらず、みのりは至極幸せそうな顔をしてされるがままになっている。
「なにやってんの?」
そこに、ケーキとカットフルーツ、サラダスティックをトレーに乗せた珠緒が戻ってくる。
「子供の世話」
「いや、あんたら同い年でしょ」
「大きな子供」
「意味わかんないし……」
言いながら、珠緒は席についてサラダスティックを齧る。
「みのりが張り合ってるだけよ」
「ああ、いつものね」
よくやるわと呆れた様子の珠緒。
「……」
ふと、詩がアリスに向かって携帯端末を差し出す。
そこには、ゲームのガチャの画面が映っている。
ずっと携帯端末をいじっているなと思ったら、ケーキを食べながらずっとゲームをしていたらしい。
何故ガチャの画面を映して差し出してきたのか分からず、アリスは詩を見やる。
詩は何も言わず、『10連』と書かれたボタンを指差す。恐らくは、引けという事なのだろう。
「……引けば良いの?」
確認すれば、詩はこくりと頷く。
「……神引き、期待」
ゲームをやらないので何を期待されているのか分からないけれど、とりあえず引けば良いという事は分かった。
アリスは『10連』と書かれたボタンをタッチする。
すると、一つ一つキャラやらなにやらが映し出される。
「……ッ! ……ッ! ……ッ!」
よく分からないアリスは何が出ているのか理解していないけれど、あまり表情に出ない詩の表情が珍しく表に出ているので、何かが起こっているのかは分かっている。ただ、良いのか悪いのかは分からないけれど。
「……さ、三枚抜き……ッ! ……アリスは……神?」
「違うけど……」
「……次から、アリスに引いてもらう」
「嫌だけど……」
「……じゃあ、指を貰う」
「嫌だけど」
「普通に猟奇的で怖いんだけど」
じっと詩がアリスの指を見るので、アリスは手をテーブルの下に仕舞う。
「…………残念」
「珍しく喋ったと思えば、ろくなこと言わないわね」
珠緒が呆れたように言うけれど、詩は素知らぬ顔でゲームの続きをする。
と見せかけて、スクリーンショットを撮り、SNSで自慢をしている。内容は『アリスに三枚抜きして貰ったwww アリスしか勝たんwww』とスクリーンショットと無音カメラで撮影したアリスの写真を投稿する。
自由人が多い童話の魔法少女達だけれど、基本的に仲は悪くはない――朱里と珠緒は除く――ので、こうして集まってご飯を食べたりすることもある。
それを、アリスも知っている。
その事に少しだけ疎外感を覚えるも、それもアリスの選んだ道であり、当たり前の帰結でもある。
ただ、願わくば、彼女達がこうして楽しく毎日を過ごせるようにと思う。
近寄る事を拒んではいるけれど、彼女達の事が嫌いという訳では無いのだから。
「あ、アリス! ほ、ほらまた! また付いちゃった!」
訂正。みのりの事は、少しだけ度し難いと思う。




