異譚56 憧れを超える
ロデスコに憧れた。一つの魔法で異譚を切り抜けるその実力に憧れた。
アリスに憧れる事は無かった。尊敬はあったけれど、アリスにはなれないと直ぐに分かったから。
アリスは特別だ。アレは憧れたところで意味が無い。自分達とは違う力を持つ存在だと思うしかない。もう、そういう領域の魔法だ。
たった一つの魔法を才能と努力でアリスと並ぶまでに力を上げたロデスコに憧れた。
己を磨き続けた。並び立てる程に強く、いや、アリスもロデスコも、誰も彼も追い抜こうと鍛錬を続けた。
だが、薄々分かっていた事ではあるけれど、チェウォンの成長はある一定で止まってしまった。理由は自分でも分かっている。
強い魔法には強い想像力が求められる。だが、自身でもよく理解しているが、チェウォンは他人より想像力が無い。
チェウォンの人生は勉強漬けの日々だった。ゆえに、サブカルチャー的なモノには触れてこなかった。
そのため、他人よりも空想的な想像力が無い。それでも基礎能力さえ上げれば地力はちゃんと上がっていった。問題無いとは思わなかったけれど、今直ぐに力が必要だとも思ってはいなかった。
そんな折に、今回の異譚に抜擢された。
正直、不安はあった。他の面々と顔を合わせた時に、リーダー格の魔法少女は自分よりも頭一つ抜けた強さを持っていたから。基礎能力であれば遅れは取らないけれど、魔法という能力を見れば自分は数段劣っている。
その不安が、動きにも考え方にも出ていた。自分でも分かっている。
情けない。皆を引っ張って行って、皆を護ると決めたのにこの有様だ。
悔しさで奥歯を噛みしめる。
才能があると自負している。だがその才能も使いこなせなければ宝の持ち腐れだ。
真に自分に才能があると思うのなら、今この場で魔法少女として進化するべきだ。
イマジネーション能力は無い。だが、憧れは胸の中にある。
思い起こすのは炎。
思い起こすのは龍。
思い起こすのはあの日の想い。
内側から魔力が溢れる。
魔力は炎となり、チェウォンの全身を包み込む。
何も言わずに完全に無防備な姿を晒しだしたチェウォンだけれど、全員が何も言わずにチェウォンを護るために動く。
「良いね、ここぞという時の覚醒」
「わくわくしちゃうわねぇ~」
「全裸待機」
「は、裸になるのです!?」
レディ・ラビットの冗談を真に受けたオリーが顔を真っ赤にする。しかし、きちんと仕事はこなす。
この時間を無駄にはしない。
憧れを超えるのに、憧れを捨てる必要は無い。憧れを自分のモノにして、憧れを自分の力に変える。
チェウォンの身体を包み込むだけだった炎は凝縮し、チェウォンの身体に段々と形を成していく。
元々青みがかったような色をしていた衣装は全てが赤に変わり、尾骶骨辺りからは爬虫類を思わせる尻尾も、側頭部から伸びる角も、爬虫類を思わせる瞳も、全てが赤に染まる。
先程までは無かった蝙蝠を思わせる羽が背中から生え、両手両足の鎧は龍と人とを完全に交わらせたような、より洗練された形へと変わる。
炎の中から生まれたのは、炎を司る龍の化身。
「お待たせしました」
「へーき。変身シーンの邪魔させん。それが、特撮魂」
親指を立てて答えるレディ・ラビットだが、彼女はチェウォンが変身する間は何もしてない。
「何を言っているのか分かりませんが、ありがとうございます。早速、仕事に移ります。私は空から鼻付きを叩きます。地上はお任せして構いませんか?」
「良いけど、空中戦は初挑戦だろう? 大丈夫なのかい?」
「任せてください。十秒あれば十分です」
言うが早いか、チェウォンは空へと飛びあがる。
空に飛び上がったチェウォンは幾度か羽を羽ばたかせ、空を自由自在に飛び回れば即座に要領を掴む。
「これが空の景色……こんな状況でも無ければ感動ものなのですが」
飛行機は何度も操縦した事があるけれど、生身で空を自由に飛び回るのは今日が初めてだ。自分の身一つで空を自由自在に飛べる解放感は筆舌に尽くしがたい。
だが、感動は後回しだ。今は、鼻付きを倒すのが先決。
「借りますよ、ロデスコ」
チェウォンは具足に炎を纏う。
「燃えろ……だと、芸が無いですね。だだ被りです」
高速で飛行しながら、炎を纏った具足で迫る触手を蹴り裂く。ロデスコよりは洗練されてはいないけれど、それでも龍の力で強引に引き裂く事は出来る。
迫る触手を華麗に回避しながら、チェウォンは鼻付きの眉間へと迫る。
力を溜め、勢いそのままに素早く蹴りを放つ。
炎を纏った蹴りが鼻付きの眉間に直撃する。その際、炎はどういう訳か龍の頭を模した。
「なるほど……」
チェウォンは連続で蹴りを叩きこむ。その度、炎は龍の頭を形作り、蹴りと同時に鼻付きの眉間に噛みつく。
蹴りを放ち続ける間に、チェウォンはある事に気付く。
「――っ、まったく、便利になりましたね、私の魔法も」
連続で蹴りを放ち続けるチェウォンを鼻付きが放っておくわけも無く、チェウォンに向かって触手が迫る。
常に周囲を警戒していたチェウォンは迫る触手を難なく回避する。
耳や眼、五感が以前にも増して鋭くなった。触手の風切り音だけで、触手との距離を正確に掴めるくらいに。
再度鼻付きから距離を取り、チェウォンは自身が抉った鼻付きの眉間を見やる。
気のせいかとも思ったけれど、やはり気のせいでは無かったようだ。
チェウォンが抉った眉間にアーサーが聖剣の斬撃を叩きこむ。
すかさず、チェウォンは鼻付きに急接近して眉間に蹴りを叩きこむ。
自分の炎にアーサーの聖剣のような力が無い事は分かっている。再生を無効化する事は出来ない。けれどどうやら――
「はぁッ!!」
――燃え盛る炎で、再生を遅らせる事は出来るようだ。
チェウォンの強化された蹴りによって鼻付きの眉間は大きく抉れ、再生は炎によって妨害される。
炎がまるで一つの生き物のように、自発的に鼻付きを燃やそうと食らいついているのだ。
チェウォンの炎で再生を妨害できるのであれば、アーサーと二人でアタッカーを務めて、空と地上から連携をする事によって先程よりもスムーズに鼻付きを攻略する事が出来るはずだ。
だが、そう簡単に事は進まない。
鼻付きは雄叫びを上げながら、速度を増す。
戦う事が不利と感じたのか、それともこの程度のダメージであれば問題無いと考えたのか、戦う事よりも海に行く事を選んだ。
確かに、二人の攻撃は有効打になり得た。だが、一撃の威力が足りない。幾らか削ったとはいえ、眉間の奥底に辿り着くまでには至らない。
海上都市はいつ完全に崩壊してもおかしくは無い。緩やかな崩壊だけれど、戦闘の余波で崩壊を後押ししてしまっている。
押し留めたとしても、海上都市が崩壊すれば鼻付きは海へと一緒に落ちていく事になる。
諸々の事情を鑑みれば、もう時間は残されていない。チェウォンも度重なる戦闘と唐突な強化で魔力をかなり消耗している。
「考えてる暇は無いですね……!!」
チェウォンは高速で鼻付きの前へと先回りし、空中で静止する。
迷っている暇は無い。が、打つ手も無い。
先回りしたチェウォンに向けて、幾つもの触手が伸びる。
掻い潜り、眉間に届いたところで、決定打にはならない。
「……此処まで来て、弱腰になってどうするんですか」
チェウォンはネガティブな思考を振り払う。
どうあっても、今出来る事をするしかないのだ。
今は力を全力で振るうしかない。
「全部……全部燃やし尽くします!! 私は――」
身体中から炎が迸る。
此処で全てを出し切る。全て出し切って、鼻付きを倒す。
「――憧れを超えると、決めたのだから!!」




