異譚55 覚醒、二人
中継ぎ的な話なので短め。
温もりに包まれているのを感じる。
此処は冷たくない。温かくて、優しくて、とても落ち着く。
温もりの中で、誰かが自分を呼んでいるのが分かる。
ゆっくりと瞼を上げる。
「――っ、アリス!!」
目を覚ましたアリスを見て、サンベリーナは安堵と歓喜の声を上げる。サンベリーナを持っていたマーメイドも、ほっと胸を撫でおろす。
三人が居るのは、航空母艦の甲板の上だ。
海中に沈んでいくアリスをマーメイドが救出し、アリスを抱えて空を泳いで途中で燕に乗ったサンベリーナと合流して航空母艦まで戻って来たのだ。
マーメイドがアリスを救出した時点で、アリスは呼吸こそしていたけれど目を背けたくなるほど重傷だった。サンベリーナの多大な魔力を費やしてようやく重傷から持ち直すくらいには回復する事が出来た。
それでも、万全ではない。身体にはダメージが蓄積しており、骨だって折れたままの所が残っているし、臓器も幾つかは破裂したままだ。
瀕死から重傷になった程度。依然、戦える状態では無い。それはアリスも分かっているはずだ。
にもかかわらず、半透明の巨大な花の中で横たわるアリスは、身体に鞭を打って起き上がる。
「だ、駄目だようアリス! ま、まだ万全じゃ無いんだよ?!」
「大丈夫。もう戦える」
確かに身体中が痛むけれど、我慢できない程では無い。
立ち上がり、半透明の花の中から抜け出す。
姿はアリス・エンシェントのままだが不都合は無い。
「助けてくれてありがとう。二人は、此処に残って」
「あ、アリスが行くなら、わたしも一緒に行くよ! 少しでも、力になりたいもん!」
「……まだまだ、歌えるぜ……」
「魔力の消耗も激しいはず。無理はしないで、此処で休んでて」
マーメイドは歌いっぱなしで魔力を消費し続けていたはずだ。サンベリーナはまだ魔力に余裕があるけれど、戦いの後に魔法少女を癒せる魔法を持つサンベリーナの魔力は温存しておきたい。
「大丈夫。絶対に帰ってくるから」
二人の頭を撫でた後、アリスは甲板から飛び立つ。
瀕死になって気を失っている間、なにか変な夢を見ていたような気がするけれど、今はもう思い出せない。ただ、この姿で出来る事を思い出せたような気もする。
確証の無い確信がある。
アリスの確信に呼応するように、手に持った致命の大剣の古代的な意匠が光り輝く。
何故だか、もう負ける気はしなかった。
チェウォンが憧れたのは、赤い靴の少女だった。
日本との合同作戦の時、チェウォンは明らかな才能を持つ二人を見た。
一人は、とんでもない魔法を使う魔法少女。他の追随を許さない、誰よりも自由で強い魔法。それだけでも圧倒的な強みだというのに、全ての致命を放出する大剣などという反則にもほどがある魔法を使う事も出来る。
誰よりも魔法に愛された少女。チェウォンにはそう見えた。
一人は、そんな魔法少女に必死に追従する泥臭く戦う魔法少女。
彼女の魔法は炎を纏う靴で相手を蹴るというシンプルなものだった。それ以外は出来ない。炎を飛ばしたり、炎を拳に纏ったりする事は出来ない。炎を纏った赤い靴だけが、彼女の魔法。
到底、自由度の高い魔法に追い付けるような魔法では無い。
最初は大した事の無い魔法少女だと思った。だが、戦闘が開始されるとその評価は覆る事になった。
洗練された動き。素早く、迷いが無く、的確に相手の急所を蹴り付ける。
有象無象を一撃で蹴り殺し、誰よりも速く敵を殺して回る。
「ロデスコ、勝手に動かないで。狙いが定まらない」
「アンタがちんたらしてんのが悪いのよ! 獲物取られたく無かったらもっと速度上げなさい!」
口喧嘩をしながら二人は誰よりも速く異譚を駆ける。
たった一つの魔法。そのたった一つを磨き上げる努力を積み重ね、たった一つで強敵を蹴り倒していく姿が、チェウォンにはとても鮮烈に記憶に残った。
元々才能もあるのだろう。だが、才能に胡坐をかく事無く、圧倒的な魔法を持つ魔法少女に並び立つために努力を積み重ねて来たのだろう。
チェウォンは自分に才能が有る事を理解している。その才能に胡坐をかかず、努力を積み重ねてきた自負もある。
りゅう座の魔法少女であるチェウォンは両手両足に手甲と具足を嵌めている事から、赤い靴の少女と戦い方が似ていた。そして、自分の先を行く実力の持ち主だとチェウォンは理解した。
その日から、彼女を参考にするようになった。彼女の戦い方を学び、真似し、自分に合った戦闘スタイルに組み替えていく。
強くなっていく自覚はあった。様々な異譚を戦い抜き、生き残って来た。
今の戦い方が間違えているとは思っていない。だが、鼻付きに通用していないと言う事は、それだけでは駄目なのだろう。
それに、チェウォンはチェウォンで、ロデスコはロデスコだ。似通っているだけで、まったく同じではない。
だから、チェウォンの戦い方を見つけるしかない。チェウォンに出来る事を広げていくしかない。
ロデスコに出来ない、アーサーにも出来ない、アリスには出来ちゃうかもしれないけれど、それ以外の誰もが真似できない戦い方で鼻付きを倒す。
今が、憧れを超える時だ。




