異譚51 聖剣
アリス達が羽付きとの戦闘を繰り広げ、海上都市を巨大な竜巻が襲う。
羽付きと鼻付きの戦闘場所は距離が空いているけれど、行使される魔法の規模が桁違いに大きいため、鼻付きと戦闘しているチェウォン達の方にまで竜巻は猛威を振るっている。
竜巻だけでは無く、空の川から無限に湧き出てくる魚達もまた、チェウォンや手近にいる魔法少女達を襲っている。
「くっ、面倒くさいですね……!」
こちらの面倒もお構いなしに、鼻付きは触手を伸ばす。
触手は不定形であり、自由自在に形を変えてチェウォン達に襲い掛かる。
羽付きのように多種多様な攻撃方法では無いが、圧倒的に数が多く、硬質、粘性、弾性、などと様々な性質に形態変化して襲い掛かる。
三人は上手く対応をするけれど、防御と回避一辺倒になってしまい、中々攻撃に移れない。
防戦一方を強いられていると、突如として光の斬撃がチェウォン達に迫る触手を両断する。
「も~、遅いわよぉ~」
光の斬撃を見たベラは頬を膨らませて不満を口にする。
不満が聞こえたのかそれとも追撃はする予定だったのか、今度は五つの光の斬撃が触手を両断する。
「すまないね。これでも、崩れ行く都市を必死で走り抜けて来たんだ」
こんな状況でも涼し気な声音で謝罪をする遅れてやって来た騎士様。
チェウォン達の近くに着地して、再度剣を振るう。
振るわれた剣からは光の斬撃が放たれ、迫る魚の群れを巻き込みながら、光の斬撃は鼻付きを直撃する。
光の斬撃が直撃した鼻付きは、悲鳴とも雄叫びともつかない不快な音を発する。
「……やっと来ましたか」
「主役、遅れて登場当たり前」
ぴょんっと着地をしてどや顔をするレディ・ラビット。
「先輩は何もして無いのです!」
「居るだけ、バフモリモリ。憶えてけ、後輩」
「はいなのです!」
「適当な事を言うな、レディ。チェウォン、遅れてすまない」
「遅れた分はきっちり働いてください。再生持ちです。触手攻撃は複数の性質を持っています。硬質、粘性、弾性、様々なので注意してください。……まぁ、貴女なら関係無いでしょうが」
言いながら、チェウォンは光の斬撃が直撃した部分を見やる。
破損個所からは夥しいまでの出血が確認できる。通常の攻撃であれば、触手はたちまち再生して元の形に戻る。
だが、光の斬撃が直撃した個所はいつまで経っても再生せず、出血も止む気配が無い。
「やはり、貴女の聖剣なら効果が在りますね。貴女主体で攻撃を行いましょう」
「了解した。援護はお願いするよ」
アーサーは合図も出さずに走り出す。無論、他の四人も即座に追従する。
アーサーの剣はただの剣では無い。アリスの致命の大剣と同じく特別な剣だ。
聖剣エクスカリバー。アーサー王伝説に登場する世界一有名な剣と言っても差し支えない聖剣だ。
聖剣と名が付くだけあって、その剣には聖なる力が宿っている。聖なる力は邪なる力に対して強い効力を発揮する。
相手の属性が火であろうが水であろうが、異譚支配者の本質は邪悪である。つまり、相手がどんな属性を持っていようとも、その本質が邪悪である以上エクスカリバーは強い効力を発揮する事が出来る。
相手を選ばずに弱点属性を叩きこむ事が出来る。それが聖剣の力である。
聖剣の力は邪な力を抑制する。聖なる力によって鼻付きの再生能力を阻害しているのだ。
アーサーであれば、鼻付きの再生能力を削ぐ事が出来る。眉間を集中攻撃すれば、いずれは核に届く。聖剣の一撃は重く、チェウォンやベラよりも圧倒的に威力が高い。
アーサーを主軸に戦うのがベストだ。
そう、ベストなはずなのだ。
チェウォンの胸中に、一瞬だけ浮かんだもやもや。
だがそんな胸のもやもやなんて気にしている時間が無い。
「ベラベラ、給水給水」
レディ・ラビットはゲートを開いて海水をベラにぶっかける。
レディ・ラビットが開いたゲートは海に直接繋がっており、間欠泉のように海水がドバドバ噴き出している。
「あびばぼぼぉ」
口に水が入っているにも関わらずがぼがぼとお礼を言うベラ。
レディ・ラビットが給水ポンプの代わりになる限り、ベラは低コストで水魔法を行使し続ける事が出来る。
ベラは水の刃を幾つも作り出し、迫る触手を連続で切断していく。勿論、アーサーの聖剣のように再生不可能にはならないけれど、再生するまでには時間がかかる。肉薄するまでの時間を稼ぐには十分だ。
「水は貴女達だけの物じゃばびぼぼぼぉ」
「ラビットさん! ベラさんが溺れそうなのです!」
「陸で溺死。珍妙」
「口は勘弁してあげてほしいのです!」
がぼがぼしながらもベラは絶えず水の刃を放ち続ける。
相手が物量で押してくるのであれば、こちらも物量で返す。
アーサーは聖剣を振るいながら、触手を切り裂きながら鼻付きに肉薄する。
そして、鼻付きの眉間まで迫ると、大きく剣を振るう。
「はぁッ!!」
聖剣から放たれる光の斬撃は大きく眉間を抉る。
眉間を抉られた鼻付きは耳を塞ぎたくなる程不快な声を上げる。
確実に鼻付きにダメージを与えられている。
その事実を目の当たりにして、チェウォンは安堵した。
安堵したと同時に、チェウォンの胸中に再度言いようの無いもやもやが現れる。
「さぁ、もう一度だ」
素早く合流したアーサーは、もう一度鼻付きに迫ろうとしている。
その事に異論はない。アーサーが戦うのがベストであり、アーサーでなければダメージを与えられないのもまた事実だ。
分かっている。理解している。だが、心底から納得しきれていない自分が居る。
頭ではアーサーを主軸に加えるのが最適解だと理解している。この場に居る全員が同じ気持ちであり、同じ答えを導き出した。加えて言うなら、チェウォンの方からアーサーにその役目を頼んだのだ。
この答えは正しい。現に成果も出ている。
このまま戦えば、鼻付きを倒す事は出来るだろう。
だがそれで良いのか? アーサーが来なければ、チェウォン達は負けていた。誰も鼻付きの核には届かず、鼻付きは海の中に姿を消した事だろう。
それはつまり、自分の実力が足りていないと言う事に他ならない。
「……なるほど」
そこまで考えて、チェウォンは自身の胸中にあるもやもやの正体に気付いた。
それは何処までも幼稚で、何処までも単純な答えだった。だが、今までのチェウォンに無い感情だったからこそ、気付く事が出来なかった。
チェウォンはこの異譚に来てから窮地を救われた側だった。ベラにもアーサーにも救われた。何一つ、独力で解決なんて出来なかった。
きっと他の面々は違うのだろう。皆、華々しい活躍をしているに違いない。
チェウォンは自分が優秀な事を知っている。だが、優秀な自分よりも特別な存在が居る事もまた知っている。
目の当たりにしたのだ。認めざるを得ない。
そんな彼女達に出会って、チェウォンは変わった。
自分でも分かるくらい、良い方に変わっていった。
友達が出来た。仲間が出来た。頼る事を憶えた。頼られる事も憶えた。
だから頼る事に慣れてしまっていた。
違うだろう。頼ると言う事はつまり、全部任せて良いという事では無い。そんなの頼るとは言わない。ただの押し付けだ。
今の自分は、自分に出来ない事を他人に押し付けてしまっているだけだ。
きっと、アーサー達はそんな事は思っていない。相互助力の精神で一緒に戦ってくれている。それがチェウォンにも分かっているから、こんなにも心がもやもやしていたのだ。
相互助力は魔法少女の基本。だが、チェウォンはチームドラゴンのリーダーだ。皆を引っ張って行って、皆の先を進むのがリーダーの務めだ。
今のチェウォンはただ付いて行っているだけのひよこ同然だ。
仲間も、アーサー達も、そんな事は言わないだろう。この異譚が終わっても、その場で出来る最善を尽くしたと言ってくれるだろう。
だがそんな言葉を受けて安堵する自分をチェウォンは許せない。
ああなるほど。ようやくすっきりした。自分の心の中に燻っている火種の正体が、ようやく分かった。
負けん気、勝ち気、もっと言うなら、不甲斐無い自分に対する怒りだ。
強くなる事に順序は無い。勿論、基礎能力は必要だ。地力を鍛える事を疎かにしてはいけない。
だが、魔法少女の覚醒はいつも突然だ。土壇場が、逆境が、彼女達を強くする。
チェウォンの中の火種が大きくなる。それは強く、熱い、確かな炎となる。
「負けっぱなしで、終われますか……!!」
炎がチェウォンの全身を包み込む。
ふと、いつか見た憧れが、炎を纏っていたのを思い出した。




