異譚49 心に燻る火種
おくれちった…
アリスのごめんなさい放送が流れた後、魔法少女達は直ぐにこの戦闘にタイムリミットが存在する事を覚る。
「まったく。せっかちな方々です、本当に」
チェウォンは呆れながら、巨大な半魚人を一撃で仕留める。
「各員、異譚支配者に注意しながら露払いをお願いします! ベラさんとオリヴィアさんは私と一緒に鼻付きをお願いします!」
「羽付きはどうするのぉ?」
「アリスさんとロデスコさんに任せます。それに、觔斗雲が見えました。凛風さんも一緒ですから、こちらから戦力を割く必要は無いでしょう」
普通の異譚支配者が相手なら、その三人だけで事足りる。だが、羽付きは普通の異譚支配者とは一線を画す存在だ。さしもの三人と言えど、苦戦は確実だろう。
「ジアン、ユナ、この場は頼みます!」
「まっかして!」
「任されたよ、大将!」
ジアンもユナも巨大な半魚人の対応が迅速になってきている。このまま場の統率を任せても問題は無い。
チェウォン、ベラ、オリーの三人は鼻付きの元へと急行する。
鼻付きは巨体を引きずりながら移動を続ける。
何を気にする事も無く、目の前の全てを轢き潰しながら進む。
「ベラさん、好きに動いてください。私が合わせます」
「分かったわぁ」
三人は鼻付きの元へと到達すると、即座に攻撃を開始する。
「まずは小手調べねぇ」
ベラは足元の水を操作し、水の刃を生成すると手近な触手へ放つ。
水の刃は触手を切り裂くけれど、切断まではいかない。加えて、まるで何事も起こらなかったかのように瞬く間に傷が修復される。
傷が修復する事など珍しい事ではないので三人が驚く事は無い。
驚くべきはその強度だ。巨大な半魚人を容易く両断した水の刃が触手の半分も通らなかった。触手の一本一本が太いとは言え、両断出来ない程の強度を持っているとは思っていなかった。
「ごめんなさぁい、チェウォンちゃん。私じゃ火力不足みたい。さっきの話、やっぱり無しでお願いするわぁ」
「分かりました。では、私の補助をお願いします」
「りょうかぁい」
「了解なのです!」
ベラの言葉に慌てふためく訳でも無く、チェウォンは即座に了解する。
この三人の中ではベラが一番の実力者である事は確かだ。だからこそ、ベラを主軸にした戦闘を行おうとしたのだけれど、そのベラが自身では力不足だと判断したのであれば素直に引き受けるだけだ。
「行きますッ!!」
チェウォンは地面を蹴り付け、触手を足場にして鼻付きの眉間へと迫る。
「はぁッ!!」
高速で眉間の前まで跳び、全力で魔力を込めた拳を叩きこむ。
衝撃が響き、眉間が大きく陥没する。
「くっ、硬いですね……!!」
だが、核には届かない。大きな陥没ではあるけれど、鼻付きの体積からしたら大した事の無い程の陥没具合である。
眉間に到達するまでに鼻付きからの攻撃が無かったので、余裕を持って全力を叩きこんだにも関わらず、大したダメージを与えられなかった。
「自信無くなりそうです……。――ッ!!」
攻撃をしてきたチェウォンを脅威と判定したのか、数多の触手がチェウォンに殺到する。
チェウォンは華麗な身のこなしで迫る触手を回避する。
「いったん下がりましょうかぁ」
チェウォンが退避するための余裕を作るため、ベラとオリーも触手を迎撃する。
「オリー、強化お願いねぇ」
「はいなのです!」
オリーは即座に自分を含めた三人に補助魔法をかける。耐衝撃、攻撃力上昇、速度上昇等々。様々な効果を付与する。
だが、耐衝撃魔法も万能では無い。時間経過で効果も薄れていくし、何より耐衝撃魔法が耐えられる限界を超えた攻撃を受ければ即死する可能性もある。
仲間の魔法を信頼できないのは駄目だけれど、過信をし過ぎてもいけない。御守みたいに思っているのが一番良い。
「陥没も直ぐに戻ってしまいますね……!」
「なら、一撃で決めるしか無いわねぇ。チェウォンちゃん、出来そう?」
「……出来ないだなんて言えないですよ、こんな状況じゃ!」
そうは言うけれど、今のチェウォンに出来る事はそう多くはない。
膂力だって人並み外れているけれど、それも通用しなかった。
戦いながら解決策を見つけるしかない。だが、一つ一つ試している余裕は無い。海上都市の崩壊までもう幾ばくも無いのだから。
それに加え、常時振りまかれている石化の呪いもある。海上都市の崩壊が無くとも、時間との勝負になる事に変わりない。
チェウォンが戦ってきた中でも、かつてない程の強敵。
どうやって倒すか、まるでビジョンが見えない。この三人が弱い訳では無い。ただこの異譚支配者が強いのだ。
三人だけでは、恐らく勝てない。
だが諦めるつもりは毛頭無い。今の三人で駄目なのなら、今この場で強くなれば良い事だ。
ヴルトゥームとの戦いで、ロデスコが強くなった事を知った。ロデスコだけでなく、アリスもまた致命の大剣の使用回数が増えたり、別の能力を持つ姿に変身する事が出来るようになった。
人は、土壇場で強くなれる。
きっと以前の自分なら否定していただろう。自分が今まで積んできた物以上の事を人間は発揮できない。敵わないのは、自分の努力不足だと、そう言ってのけるだろう。
感情なんて物を信じもせず、心なんて物を肯定もせず、ただ自分が積み重ねてきたものが正解だと思っていたのだから。
確かに、チェウォンは強くなるために勉強や鍛錬を積み重ねてきた。その積み重ねを否定するつもりは無い。
積み重ねてきた事はその者の土台となり、その者本来の地力を底上げする事となる。
そして、感情論だけで戦える訳でもない。感情も、積み重ねも、強くなるには必要な事なのだ。
チェウォンは自分に足りないモノを知っている。だが、その足りないモノを発露させる方法を、チェウォンは知らないのだ。
心の奥底に燻っている火種を燃え上がらせる方法を、チェウォンはずっと探している。




