異譚45 合流 2 & kiss
ちょっと長いです
「あ」
「お」
霧の中、敵を倒しながら進んでいると、辻でばったりと遭遇する、アーサー、レディ・ラビットと凛風。
「お前達、何してるネ? アリスと一緒じゃ無かったカ?」
「一緒だったのだけどね。敵に別々の場所に転移させられてしまってね」
「転移カ……これまた、おったまげだヨ」
転移の魔法を使える者は少ない。それこそ、片手で数えられる程しか存在しない。
「人型、二人居た。どっちも強そ」
「それに、異譚支配者クラスの敵もうじゃうじゃ出て来てる。流石は、異譚侵度Sってところかな」
「それって、触手の塊みたいな奴カ?」
「いや違う。巨大な半魚人だ。そこまで強くは無いが、如何せん数が多い。此処に来るまでに、何体も出て来た」
「そうカ。なら、我は当たりを引いた訳だナ」
「そっちも、強いのと戦った?」
「ああ。強い触手と戦ったネ」
「触手……その話、詳しく」
「後で聞きなさい。どうせろくでもない事考えてるんだから」
「って……」
鼻息荒く凛風に訊ねるレディ・ラビットの頭に手刀を落すアーサー。
「そういえば、そっちはどうして一人なんだ? その様子からして、君以外全滅、という事は無さそうだが」
「触手が強かったから、タイマン張ってたヨ。危ないから、チームとは離れたネ」
「なるほど。まぁ、行先は一緒だからね。合流は容易か」
「そうそう。それに、ウチの子達は強いネ。問題無く合流出来るヨ」
「なら、さっさと移動――ん?」
三人で話をしていると、突如としてレディ・ラビットが上を向く。
「どうした?」
「炎の音」
ぴこぴこと耳を動かしながら、霧煙る上空を指差す。
レディ・ラビットが指差す方向には、濃霧が掛かっていても分かる程に光を放つ存在が高速で飛翔していた。
上空。炎の音。三人が知る限り、こんな事が出来るのは一人しか居ない。
「シューティングスター。願い事、三回」
手を組んで煩悩が詰まった願いを脳内で三回唱えるレディ・ラビット。因みに、内容は口では言えないあんな事やこんな事である。
「どう考えたってロデスコだろう。方向は、確認するまでも無いか」
言って、アーサーは止めていた脚を動かす。
「流石のロデスコでも、あの二人を相手に勝てるとは思えない。あの二人、下手な異譚支配者よりも魔力が濃密だった」
対面した全員がそれは理解しているはずだ。それはロデスコも変わらない。
一人で飛んでいたのか、誰かを抱えていたのかは分からないけれど、どちらにせよ万全を期すのであれば、二人では足りない。
「我だけ觔斗雲で先に行くカ?」
「頼めるかい?」
「任せるネ。来い、觔斗雲!」
凛風は觔斗雲を呼び出し、高速で飛翔する光に向かって飛び立つ。
「レディ。こちらも急ごう」
「りょ」
速度を上げるアーサーに追従するレディ・ラビット。
速度を上げたとは言え、トップスピードで飛べるロデスコと凛風には敵わない。どうあっても、二人よりも到着は遅れるだろう。
「頼むから、先走ってくれるなよ、二人共……」
濃霧の中を迷い無く飛翔するロデスコ。
トップスピードで飛び続け、あっという間に城へと到達する。
しかし、ロデスコは速度を抑える事も無く、そのままの勢いで城と衝突する。
ロデスコのトップスピードで放たれた蹴りは城壁を難なく破壊し、衝撃波は城内を蹂躙する。
だが、ピンポイントで宴会場に衝突したにも関わらず、宴会場の中に居た少年と乙姫は何事も無かったかのようにその場で寛いでいた。
「……まったく、ノックも知らないのか赤豚は……」
呆れたような顔をする少年に、ロデスコは即座に肉薄する。
爆速で接近するロデスコは何の躊躇いも無く蹴りを放つ。
「障壁展開」
しかし、少年に直撃する寸前でロデスコの蹴りは見えない壁に阻まれる。
「衝撃発動」
「――ッ!!」
蹴りを阻まれたロデスコは、直後に見えない衝撃を身体に受けて吹き飛ばされる。
寸前で後退したので、威力は殺せたが、それでも内臓に深く響く程の衝撃だった。直撃すればただでは済まない。
「燃えろ、赤い靴!!」
ロデスコの具足が赤熱する。
周囲の空気を歪める程の熱は畳を燃やし、徐々に城全体に炎の火の手を広げていく。
「つくづく、迷惑な奴だな、赤豚……。これではアリスと楽しく宴会が出来ぬではないか」
「アンタと楽しく接する事が出来る奴なんてこの世に居ないわよ。勘違いキモ男」
先程よりも速度を上げて少年に肉薄する。
一瞬で視界から消え、少年の視界の外から蹴りを放つ。
「猪突猛進。流石は赤豚だ。障壁展開」
だが、ロデスコの蹴りはまたもや見えない壁に阻まれ――
「自意識過剰で自信過剰。流石勘違いキモ男」
――たのも一瞬の事。赤熱した具足は見えない壁を蹴り裂く。
「何……!?」
防げると思ったのか、少年の表情に焦りの色が見える。
ロデスコはすかさずもう一撃放つ。
だが、ロデスコの蹴りは実体を持ったナニカに阻まれる。
ぐにっとした柔らかく気色の悪い感触。
即座に、ロデスコは距離を取る。
「御戯れが過ぎますよ」
ロデスコの蹴りを遮ったのは、幾本もの吸盤の付いた触手だった。
触手はうねりながらばらけ、触手の向こうに座っていた少年の姿が現れる。
「すまない。助かった」
「野生動物は侮ってはいけません。と、古い世界の本に書いてありました」
「そうだな」
少年の背後に控える乙姫。
その姿に大きく変わりはないけれど、乙姫の髪には変化があった。
髪の毛が途中から触手に変わっており、一本ずつ意識でもあるかのように不気味に蠢いている。
「伸びロ、如意棒!!」
城の外から、一本の棒が少年目掛けて高速で伸びる。
乙姫は触手で防ぎながら、余った触手を伸ばして外から攻撃を仕掛けて来た下手人――凛風を迎撃する。
「うわっ、また触手ネ!!」
何処までも伸びる触手を如意棒で叩き落としながら、華麗に觔斗雲を操って回避する凛風。
凛風が注意を引いている間に、ロデスコは再度攻撃を仕掛ける。
「斬撃発動」
が、その前に少年の方が先に動いた。
見えない斬撃が少年の元から放たれる。
見えない。けれど、感じとる事は出来る。
ロデスコは斬撃を避けながら、少年に肉薄する。
「すばしっこい赤豚だ。斬撃発動」
先程と同じように、見えない斬撃を放つ少年。
しかし、先程とは数が違う。十を超える見えない斬撃がロデスコに迫る。
「させない」
だが、何処からともなく飛翔した剣によって、斬撃は全てロデスコに到達する前に落とされる。
突如飛来した剣に、ロデスコは驚いた様子も無く迷わず少年に突っ込む。
「障壁展開」
「無駄だっつうの!!」
ロデスコは障壁ごと少年を蹴り殺すべく蹴りを放つ。
「――なっ!?」
だが、先程は壊せた障壁が今度は硬くロデスコの蹴りを阻む。
「先程のが全力だと思われていたなら心外だ。雑魚相手に、最初から本気を出す訳が無いだろう。……まぁ、破られたのは予想外だったがな」
防がれた。と言う事は、次は反撃が待ち受けている。
一瞬でそう判断し、もう一度距離を取るロデスコ。
しかし、ロデスコの予想に反して、少年からの反撃は無かった。
少年はロデスコから視線を外し、剣が飛来した方へと視線をやる。
「遅かったね、アリス。丁度、全部終わったところだ」
燃える畳を踏みしめ、雷の大剣を構えるアリス。
その背後には、透明な大剣が十本浮いており、首元にはマーメイドが抱き着いていた。
アリスの首に抱き着いているマーメイドを見た少年は一瞬だけ不機嫌そうに眉を潜めるけれど、直ぐに余裕綽々の笑みに戻る。
「このまま君と愛を語らいたいところだが、今日の所は大人しく退去するとしよう」
「そう簡単に逃がすと思う?」
「ああ。見逃すさ。だって君は、コレを見逃せないだろう?」
少年はぱちんっと指を鳴らす。
直後、城が振動する。
いや、城だけでは無い。都市全体が激しく振動する。
振動に耐えられずに建物は崩れ、地面が割れる。
アリス達の居る城も例外では無く、ぼろぼろと崩れ落ちていく。
「――ッ!! この魔力反応は……ッ!!」
城の真下から突如と現れる二つの強大な魔力反応。この都市で出会ったどの異譚支配者よりも隔絶した存在感。
肌がひりつくこの感覚は、まさしくあの時の異譚と同じ。
風と炎、両名に勝るとも劣らない異譚支配者。
「此処では、星辰は関係無い。それと、大盤振る舞いにもう一体厄介な奴を連れて来た。頑張ってくれ、アリス」
「逃がすかぁッ!!」
ロデスコが肉薄し、更に火力を上げて蹴りを放つが、乙姫の触手に巻かれて少年は攻撃範囲から離脱する。
「致命複合・五剣」
アリスは即座に致命複合・五剣を生成し、退避した少年に向けて斬撃を放つ。
「障壁展開」
しかし、アリスの致命複合・五剣の斬撃は見えない壁に阻まれる。
致命属性五つだけとはいえ簡単に防がれた事に、アリスは驚愕に目を見開く。
驚愕するアリスを見て、優しく微笑む少年。
「また会おうアリス。何、直ぐに迎えに行くさ。だって俺は君の王子様で、君は俺のお姫様だからね」
「……それは、無い……」
気障ったらしく言ってのける少年に、アリスでは無くマーメイドが答える。
「……アリスは、私の嫁……」
言って、マーメイドはアリスの頬にちゅっちゅっとキスをする。
突然の行動にアリスもロデスコも驚愕するけれど、マーメイドの奇行はいつもの事。直ぐに思考を切り替える。が、二人以上に衝撃を受けている人物がいた。
「な、なっ……」
今までにないくらいに表情を崩し、わなわなと震える少年。
「な、にを………………貴様……貴様ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああッ!!」
目の前の光景を正しく理解した少年は、青筋を浮かべ怒りの声を上げる少年。
「斬撃発――!!」
「おっと、いけませんよ。もう帰宅の時間なのですから」
魔法を発動しようとする少年の口を触手で覆う乙姫。
もごもごふーふーと何やら怒声を上げている少年だけれど、言葉は触手に埋もれて出てこない。
「私達を倒したところで、異譚は終わりません。それに、今此処で私達を倒したところで、本体に刃が届く事はありません。貴女方は大人しく下の二体を倒すのがよろしいでしょう」
乙姫の言う通り、異譚を終わらせるのであれば異譚の形成を担っていない人型に構っている場合では無い。
大人しく退散をしてくれるのであれば、それに越した事は無い。例えそれが根本的な解決にならなくとも、だ。
「分かっていただけたようで何よりです。それでは、星の揃うその時まで――」
「待ちなさいよ」
異譚から退去をしようとする二人に、ロデスコが制止の声を掛ける。
「なんでしょうか?」
乙姫がロデスコの方へ視線をやれば、ロデスコは一足でアリスの元へ向かい、二人――というより、少年へ視線をやりながらアリスの顔を掴む。
「最初に謝っとくわ。御免」
「何が?」
急に謝罪されたアリスが、ロデスコが何に謝っているのか聞こうとしたその時、アリスの口を柔らかいものが塞ぐ。
一瞬、何が起こったのか分からなかった。だが、少しして自分に何が起こったのかを理解する。
ロデスコはアリスの口から自身の口を離すと、少年の方に勝ち誇ったように笑みを向ける。
予想外の出来事に完全に固まってしまっている少年に、ロデスコは容赦無く追撃をかます。
「コイツ、アタシのだから。アンタみたいな変態クソキモナルシストストーカー勘違い男はお呼びじゃ無いのよ。分かったら、二度と顔見せんな。中二病拗らせ男」
言って、中指を立てるロデスコ。
数秒の硬直の後、目の前で起こった出来事を正しく認識した少年は怒り狂ったようにロデスコに腕を伸ばす。
「殺す!!!!」
「何言ってっか分かんないわよ、キモ男!!」
魔法が飛んでくるかと身構えるも、その腕を乙姫の触手が拘束する。
「挑発に乗らないでください。機会はまた訪れます。あの女を殺すのは、その時でよろしいでしょう」
血走った目を宥める乙姫に向ける少年。
しかし、乙姫は穏やかな表情を崩す事無くアリス達を見る。
「それでは今度こそ、さようならです。生きていれば、また会いましょう」
「gjはおがうおなpがいksjがおがが――――――!!」
優雅にお辞儀をする乙姫と、最早言葉になっていない怒声を上げる少年は、瞬きする間も無く姿を消した。
その直後に城は大きく崩壊する。
「やばっ、速く脱出するわよ!!」
「うん」
落ちて来る瓦礫を掻い潜り、三人は城の外へと脱出する。
崩落する城。瓦礫は山となって積み重なるけれど、その瓦礫の山を押し退けて二つの影が姿を現した。
 




