異譚44 合流 1
大型の半魚人は個々の能力はそこまで高くは無い。
確かに、鱗は硬く、動きも俊敏だ。だが捉えられない訳では無い。鱗を砕けない訳でも無い。
相性もあるだろうけれど、ロデスコのように一瞬で高火力を叩き込める魔法や、アーサーやアリスのようにいとも容易く両断できる武器と腕前があれば倒せる相手。
だが、相手と同じ土俵で戦うのであれば、純粋な能力とバリエーションで上回るしかない。
現状、チェウォンが一人で異譚支配者と戦い、ジアンとユナが二人がかりで異譚支配者と戦っている。
異譚支配者の攻撃をいなし、受け流し、反撃をするチェウォン。
野性的な相手の攻撃に対して即座に最適解を導き出し、最善手にて迎え撃つ。
ジアンとユナの二人は、ジアンが後衛、ユナが前衛を務めて異譚支配者の相手をしている。
韓国チームの強みは、巧みなチームワークだ。
個の強さも勿論必要だけれど、複数人で連携をすれば一人で戦うよりも何倍も効率よく敵を倒せる。
また、一人では勝てない相手でも、複数人であれば勝つ事が出来る。単純な戦力の増強という意味でも、一人で戦うよりもチームを組む事にメリットしかない。
そのメリットを崩してまで単身で戦わなければいけない程、切迫した状況に陥っている。
一対一でも十分に対応出来るけれど、如何せん数が多すぎる。
チェウォンは最後の一人まで生き残る自身がある。チェウォンと異譚支配者の実力差はそれほどまでに離れている。
だが、それはチェウォンに限った話だ。
精鋭を引き連れてはいるけれど、全員が異譚支配者に単身で勝てる訳では無い。チェウォン達のようにチームを崩す事も出来ず、現状の手数のみで対応をする他無いのだ。
当然、数は相手の方が上なので手数は圧倒的に足りない。今は持ち堪えているけれど、それも長くは続かないだろう。
チェウォン一人では生き残れる。だが、一人だけ生き残ったって意味が無いのだ。
仲間を死なせず、戦いに勝つ。そして生きて帰る。それが、チェウォンが異譚に赴くたびに掲げている目標だ。
予定よりも早いけれど、もっと力を解放して――
「あらあらぁ? こっちの方まで飛ばされてたのねぇ」
――相手の数を大きく削ぎ落そうとしたその時、のんびりとした声が戦場に割って入る。
水の散弾が巨大な半魚人達を貫き、オリーブ色の光が怪我をした魔法少女達を包み込む。
「助太刀するのです!!」
「嫌かもしれないけど、御免遊ばせぇ?」
合流をしたのは、イギリスの魔法少女ベラとオリーだった。
まったく反対方向から侵攻した二人がどうしてこの場に居るのかと疑問に思うけれど、今はそんな事を気にしている場合ではない。理由は後で聞けば良い。
「いいえ、助かります。申し訳ありませんが、御助力願います」
「うふふ、はぁい」
柔らかく笑いながら、ベラはすっと巨大な半魚人へと音も無く肉薄する。
巨大な半魚人はベラを引き裂こうと腕を振るうけれど、ベラは笑みを湛えたまま巨大な半魚人の腕に手を添える。
次の瞬間、巨体が宙を舞い無様に地面に叩き付けられる。
地面に叩き付けられた巨大な半魚人の頭を踏み砕き、ベラは即座に次の敵へと向かう。
ベラの背後に置き去りになった死体から血液が浮上し、ベラを追うように宙を舞う。
「血だって水よねぇ」
即座に、血液を散弾にしてぶちまけ、通常の半魚人達を蹴散らす。
巨大な半魚人がベラに肉薄し前蹴りを放つも、ベラは紙一重で避けがら空きになった腹部に拳を叩きこむ。
ベラに拳を叩きこまれて吹き飛んだ巨大な半魚人を、すかさず水の刃を生成して両断する。水の刃は背後に居た半魚人達をも両断する程の切れ味と威力を持っていた。
流れるように敵を倒して回るベラに、チェウォンは一瞬見惚れてしまう。
無駄の無い綺麗な川面を思わせる、流水のように淀みの無い動き。
体術、魔法、どちらも淀みなく、迷いなく、無駄もなく行使される。
「ベラさん、あんまり一人で突っ込まないで欲しいのです! 付いて行くのが大変なのです!」
「あらあら、うふふ。オリーちゃんなら大丈夫よぉ。このくらい余裕余裕~」
「さっきからひーこら言ってるの気付いて欲しいのです!!」
申告通り、オリーは必死に周囲に目を向けて、ベラと同じ速度で対応を行っている。だがそれは、ベラには余裕でもオリーにとってはとてもしんどい状態だ。
それでもベラはあらあらうふふと笑いながら先へ進む。
ベラはオリーの事を見ていない、という訳では無い。オリーの状態を分かっていながら、大丈夫まだやれると言い続けているのだ。
傍から見ればベラがオリーに無理を強いているように見えるけれど――実際、無理はさせている――ベラはこの状況下において、オリーに経験と修練を積ませているのだ。
自分と同じ速度で敵を倒せなくて良い。だが、自分と同じ速度で周囲を見渡し、状況判断をし、回復と補助を行えるようになればチームのためにもなるし、オリーが生き残るための力にもなる。
こんな状況下でと思うかもしれないけれど、こんな状況だからこそ、生き残るためには無理を押し通さなければいけないのだ。
この先、ベラが死んだとしても、オリーが一人で生き残る確率を少しでも上げておく。付け焼刃でも生き残れる可能性が上がるのであれば、どんな状況でも後輩であるオリーに教えを施す。
それが、ベラの方針である。
勿論、ベラもフォローはする。オリーが出来そうな範囲で敵を残し、かつ、韓国チームに被害が出ないように敵を殺していく。
ベラ・サンチェス。御年四十三歳。十代の頃から魔法少女として活躍し、生き抜いてきた百戦錬磨の魔法少女である。
ベラの動きを見て、チェウォンは一旦目の前の敵から距離を取る。
「なるほど」
再度ベラの動きを見て、納得したように頷く。
チェウォンは自身の中での最適解を見つけて対応してきたけれど、どうにも殺すまでの工数が必要だった。
だが、ベラの戦い方であれば、今までよりももっと楽に殺せる。
相手に対応する戦い方では無く、相手を叩きのめす戦い方に変える。
距離を取ったチェウォンに肉薄する巨大な半魚人。
巨大な半魚人が放つ拳を、チェウォンは先程ベラが見せたように流れるような動作で巨大な半魚人を投げる。相手の動きを利用し、魔法少女の膂力があれば、付け焼刃だろうと簡単に投げ飛ばす事が出来る。
だが、ベラは膂力に物を言わせた戦い方では無かった。相手の動きを利用して、その動きの先が何処に行くかも計算をして投げていた。
まだベラには遠い。けれど、数をこなせばモノに出来る。
幸いなことに練習台は幾らでも湧いて出てくる。
倒れた巨大な半魚人の頭を踏み抜き、即座に別の巨大な半魚人へと肉薄する。
何度か同じように対応をして見れば、徐々に徐々にその動きが身体に馴染んでくる。
相手の攻撃の隙を突いたカウンターが得意なチェウォンは、相手の土俵で戦う事が多い。そのため、一対一の戦いは得意なのだけれど、現在のような速く次の敵に移らなくてはいけないような乱闘状態が苦手だ。
相手の土俵を一瞬でひっくり返すような戦い方をするベラに見惚れてしまったのだ。
「これなら、楽が出来そうです」
呟き、チェウォンは前へ前へと進む。
巨大な半魚人はみるみるうちにその数を減らしていった。




