異譚43 魔導士■■■■
突如としてロデスコの目の前に現れた謎の青年。
城で出会った少年とも乙姫ともまた別の人型の登場に、ロデスコは警戒を強める。
「異譚侵度Sったって、人型多すぎやしない?」
「うん? ああ、こういうの人型って言うんだっけ? 異譚は暫くぶりでね。忘れていたよ」
にこやかな笑みを崩さない少年。
にこやかだけれど、何処か胡散臭い。
「ま、そう警戒しないでくれ。僕は君達と戦うつもりは無いんだ」
「異譚生命体にそれ言われて、アタシが『はいそうですか』って信じると思う?」
「それもそうだ。だがまぁ、君が信じるにせよ信じないにせよ、僕のスタンスは変わらない。よっこらせ」
爺臭く言いながら、青年はいつの間にか出現していた椅子に座る。
突然現れた椅子に更に警戒を強めるロデスコ。何も無い場所から物質を生み出す事が出来る者を、ロデスコは一人知っている。その魔法が強力無比であることもまた、十分に理解している。
「ああ、椅子? 安心して良い。僕はアリス程万能じゃない。アレは魔法と言うか……いや、この話はよそう。今は、そんな事よりも、もっと重要な話があるからね」
またもや、何も無い所から椅子が出現する。今度はロデスコの前だ。
「座ると良い。それなりに長い話になる」
椅子に座るように促すが、ロデスコはその椅子を蹴り飛ばす。
「悪いけど、こっちはアンタ程暇じゃ無いの。あの城に居る気障野郎をぶっ殺さなきゃなんないんだから」
歩き出し、青年の横を通り過ぎようとするロデスコ。
無論、警戒は怠らない。相手にどういう意図があるのか分からないけれど、目の前の青年が異譚生命体である事には変わりないのだから。
青年の横を通り過ぎ、駈け出そうとしたその時――
「有栖川春花に関わる事、と言えば、君は止まってくれるかな?」
――青年は、ロデスコが看過できない名前を口にした。
「……アンタといい、あの気障野郎といい、どうしてこう勿体ぶった言い方が好きなのかしらね」
「あっちの子はともかく、僕はミステリアスなお兄さんだからね。それに、こっちも探り探りなんだ。色々制約の多い身でね」
「そっちの事情なんて知ったこっちゃ無いわ。それにアンタ、ミステリアスというより胡散臭いの方が合ってるわよ」
「う、胡散臭い!? 僕の何処が!? 頑張って笑顔を意識して、気さくな態度で声を掛けたというのに!」
ちょっとした意趣返しのつもりで言ってみたロデスコだけれど、思いの外動揺を見せる青年。
「いや、異譚で気さくな時点で胡散臭さマックスでしょ。それに、アンタの恰好もそうよ」
「そ、それは、異譚で神妙な顔をしてたら敵だと思われるかと思ったからで……か、恰好に関しては、僕の一張羅だ。おかしなところなんて無いだろう?」
「その一張羅が妖しいわよ」
魔法使いのような長いローブ。手には革張りの大きな本を持ち、左目には片眼鏡を装着している。異譚で出会うにはあまりにも胡散臭い格好だ。そも、異譚に出現する人型というだけで胡散臭いのだ。誰がどんな格好をしていようとも胡散臭くはなる。
「そんな……僕の一張羅が胡散臭いだなんて……」
がっくりと項垂れる青年。
少しだけ振り返ってその様子を確認した後、ふんっとつまらなそうに鼻を鳴らすロデスコ。
背中を向けたままで居たのは、相手の攻撃を誘うため。あえて隙を晒していたのだけれど、青年にロデスコを攻撃する素振りは一瞬も無かった。
どんな思惑が在るにしろ、青年はアリスの正体を知っている。
あの少年が素直にアリスの事を話すとは思えない。何かを知っているのであれば、この青年から少しでも聞き出す方が得策のようだ。
背を向ける青年の方に向き直り、ロデスコは警戒を解かずに話を促す。
「アンタの恰好なんてどうでも良いけど、アイツについて何かあんなら手短にお願いするわ。見て分かる通り、今滅茶苦茶忙しいから」
「…………はぁ。それもそうだ。恰好は後で考えるとしよう。この一張羅高かったんだけどなぁ……」
溜息を吐きながら、椅子ごとロデスコの方に向き直る青年。
「僕もね、多くは語れないんだ。今はこうして結界を作って外からの観測を妨害しているけれど、その妨害も完璧ではない。監視者に見つかれば面倒な事になるからね」
「監視者って、アイツよね。あの闇の中に三つ眼がある」
「そうそう。アレが監視者だ。同時に、異譚の管理者でもある」
「管理者? つまり、アイツが黒幕って事?」
「その一人、と言う事にはなる。だが、アレを倒した所で異譚は終結しない。アレが担っているのはあくまで監視と管理だ。アレに異譚を作り出すだけの能力は無いよ」
「そう……」
今は無理でも、いずれはあの燃える三眼すら倒すつもりでいた。ヴルトゥームでさえ恐れた存在であり、異譚支配者側が核心に触れるような言葉を紡ごうとした時にばかり現れた。
異譚の何かに携わっているのは明白であり、異譚の原因の一つである可能性が高かった。
だが、青年の言葉を信じるのであれば倒しただけでは、異譚は終わらない。監視と管理が無くなるだけだ。
「だが、アレが異譚への干渉権を与えているのは事実だ。アレを倒せば、今よりも異譚の発生は抑えられる。それこそ、十年に一度くらいにはね」
「……つまり、あの三つ眼は、十年に一度の災害を年内に幾つも故意に引き起こしているって事?」
「その通り」
「なんのために?」
「それを語るには時間が足りない。監視者自身のため、とだけは伝えておこう」
あれ程の存在であれば、異譚を発生させる事のメリットがあるとは思えない。
異譚とは、世界を飲み込む侵蝕現象。異譚が広がれば世界が蝕まれ、現在とはまた別の世界に改変される。
だが、あれ程の存在であれば、異譚を発生させるよりも、自分でこの地に降り立った方が世界を支配するのは容易いだろう。
ロデスコの見立てでは、あの存在に勝てる魔法少女は現在存在していない。
支配が目的ではないとすれば、何のために異譚を発生させているのかが分からない。
「アレも大きな障害の一つだが、目下最重要項目はアレじゃあない。異譚に間借りしてる制約上、詳しくは話せないが……これ以上アリスを戦わせてはいけない」
「どういう意味よ」
「言葉通りの意味だ。アリスを戦わせてはいけない」
「言葉通り聞いて納得できないから訊いてんのよ。なんでアイツを戦わせちゃいけないのよ」
アリスが戦う理由を知っている。その覚悟も知っている。
それを、何も知らない不審者に横から口出しをされ、苛立たし気に眉尻を吊り上げるロデスコ。
「アリスが強くなればなるほど、アリスの中の枷が――」
青年が言葉を紡ごうとしたその時、青年の身体がブレる。
まるでノイズが走ったかのようにブレ続ける青年を前に、何かの攻撃かと警戒をするロデスコ。
「どうやら、僕の存在を知られたらしい。今回の所は、これで退散するとしよう」
諦めた様子でこの場から退去しようとする青年に、ロデスコは慌てて問い詰める。
「待ちなさいよ! アリスの枷ってなんなのよ!」
「枷は枷だ。アリスは――クソっ、検閲に引っ掛かるな。もう対策してきたらしい」
青年は口を動かすけれど、音は一切発せられていなかった。
「僕から言える事は一つだ。アリスを戦わせてはいけない。それが無理なら、君が強くなれ。アリスが戦わなくて良くなるくらい、君達が強くなるんだ」
言って、青年はロデスコに何かを投げ渡す。
ロデスコは投げ渡されたソレを受け取らず、いったん地面に落として様子を見る。
「ちゃんとキャッチしてくれないか!? すっごい貴重なんだぞそれ!」
「地面に落とすのは基本でしょ。罠かもしれないんだし」
言いながら、青年が投げ渡した物を拾い上げる。
それは、赤色の鍵のトップが付いたネックレス。見たところ、何の変哲も無いただのネックレスだ。
「それは保険だ。肌身離さず持っておいてくれ。……できれば、それを使う事が無いことを祈る。っと……どうやら、時間のようだ」
青年の姿が不自然に消えていく。
「そう言えば、自己紹介がまだだったね。僕はエイボン。魔導士エイボンだ。また会おう、ロデスコ」
ロデスコが鍵の真意を問う前に、青年――エイボンはノイズにかき消されるように姿を消した。
「なんだったの、アイツ……」
燃える三眼が黒幕の一人だの、アリスを戦わせるなだの、色々気になる事を言っていたけれど、今は全て後回しだ。
「強くなれ、ね。言われなくても、そのつもりだっつうの」
ロデスコは渡されたネックレスをポケットに仕舞い、城へ向かって走り出す。
今はまず、この異譚を終わらせるのが先決なのだから。




