異譚42 転移後、それぞれ
それぞれがそれぞれの戦闘をこなしている同時刻、城主の少年によって強制的に転移させられた少女達は、全員が霧の向こうに聳え立つ城へと向かっていた。
「ほいっ、ほいっ、ほいなのです!!」
迫り来る半魚人を迎撃しながら前へ前へと進む、ベラとオリー。
「結構端っこに飛ばされちゃったわね~。他の子達は大丈夫かしら?」
「今は信じるしか無いのです! それに、レディとマーメイドはともかく、他の三人は一人でも平気なのです!」
「そうねぇ。二人が他の三人の誰かと一緒である事を願いましょうかぁ」
ほんわかとした口調ながらも、絶え間なく水の散弾で半魚人達を穴だらけにしていくベラ。
二人は半魚人達を迎撃しながら先を急ぐ。
口では心配無いと言ってはいるけれど、本心では皆の事が心配なのだ。
だが、此処は異譚だ。予定通り、思い通りに事が進む場所では無い。
「――っ!! オリー、下がって!!」
「了解なのです!!」
ベラは即座にオリーに退避を命じる。
直後、突如として二人の前に巨大な半魚人が飛来する。
二人は知らない事だけれど、巨大な半魚人は韓国チームが戦っている個体と同種の半魚人である。
それが、一体、二体、三体――数えるのが嫌になるくらいに増えていく。
一体一体が異譚支配者と同等の魔力量を持つ巨大な半魚人を前に、二人は即座に陣形を変える。
今まではオリーが前衛、ベラが後衛で戦っていたけれど、ベラが前衛に回り、オリーが後衛に下がる。
「異譚侵度Cくらいかしらぁ? まぁでも、問題無いわねぇ」
ぐぐっと腕を伸ばして身体を慣らす。
「さぁて、お姉さん頑張っちゃうぞぉ」
「むむむん。ワシ、アリスと一緒良かった」
「文句を言わない。はぐれなかっただけマシだろう?」
大剣を振るい半魚人を倒していくアーサーの後ろを、不貞腐れた様子で付いて行くレディ・ラビット。
流麗な剣技で半魚人達をいとも容易く両断するアーサー。
「場所は憶えてるだろう? 跳べないのかい?」
「無理。霧、邪魔。穴の中で方向見えん。ぴえん」
異次元空間に入る事は出来るけれど、現実世界の霧は異次元空間にまで波及するらしく、レディ・ラビットのホームである異次元空間で方向感覚を失う程である。
「緊急脱出用って考えた方が良さそうだね。そうなると、使えてタイムストップだけか」
「ちっちっちっ。近くなら、穴同士繋げられる」
言いながら、半魚人が投げて来た槍を展開した穴で迎え入れ、異次元空間に入れる。
同時に槍を投げた半魚人の背後に穴が空き、その穴から槍が飛び出して来て半魚人を串刺しにする。
「なるほど。それが使えるなら、まだ戦えるか」
ヴルトゥームの極光を、ヴルトゥームの真上から落とした時と原理は同じだ。
魔法で異次元空間に繋がる穴と穴を無理矢理繋げたのだ。穴を繋げる距離が近ければ近い程魔法の負担は小さく、距離が遠ければ遠い程負担は大きくなる。
「でも面倒。アーサー戦って」
「はいはい。分かっているさ。いざという時に取っておいてくれたまえ」
「応援だけはしてる」
「出来れば援護もして欲しいものだけどね……」
などと言うけれど、アーサーの戦いぶりを見るに、援護する方が邪魔をしてしまうくらいには一人で完成された立ち回りをしている。
そもそも、アーサーもレディ・ラビットに援護を期待はしていない。レディ・ラビットは緊急脱出要員であり、最後の最後まで余力を残さなければいけないため、極力戦闘には参加させない方針だ。それは、二人体制となった現状でも変わらない。
「ふれっふれっアリス。頑張れ頑張れア・リ・ス」
「せめて私の応援をしてくれないか!? 今戦ってるのは私なんだが!?」
「アーサー。そんな事言うの、良くない。皆、戦ってる」
「そうだけども!! 今目の前で戦ってるのは私だろう!?」
「ワシ分かる。アリス、今も戦ってる。心で通じ合ってる。がっちり、繋がってる」
一方その頃アリス達はまったく戦闘をしておらず、第一陣である半魚人を倒し終え、真っ直ぐに城の方へと走っている最中である。
「ああ……もう良い……。君はそういう奴だよ、まったく」
呆れたように言いながらも、怒った様子は無いアーサー。
むしろ、レディ・ラビットはこうでなくてはとも思えるものだから、不思議なものである。
「君は私の応援すらしてくれなかったと、アリスに告げ口してやる」
「ふふふっ、アリス、ワシを信じる。アーサー、嘘吐き認定」
「その自信はいったいどこから来るんだ……」
「溢れんばかりのLOVE」
「ねっとり言うな気持ち悪い」
ヴッ、ヴッと背後で下唇を噛んでアピールするレディ・ラビット。
しかし、レディ・ラビットがふざけている間に、戦況は一変する。
突如として巨大な半魚人が二人の前に飛来し――
「はぁッ!!」
――その直後に、アーサーによって真っ二つに両断される。
一変した戦況はまた一変する。つまり、元通りに戻る。
次々に飛来する巨大な半魚人だけれど、アーサーは相手が動く前に先手を取って一刀両断する。
まるで迷いが無く迅速な対応に、巨大な半魚人達は対抗する前にその命を散らす。
「バケモノ……」
「そうだな。一体一体が異譚侵度Cの異譚支配者クラスだ。気を抜くなよ、レディ」
「ブゥアケモノォ」
言いながら、アーサーを高速で指差しするレディ・ラビット。
流石に背後の様子を気にしている余裕が無いアーサーは、レディ・ラビットが誰に対して化け物と言っているのかを正しく理解していない。
「ちゃんと付いて来るように。此処からは、おふざけ無しで推し通る」
「ラジャ、バケモノ」
「……それもしかしなくても、私の事か?」
「ノーコメ。さっさと進む」
「……後でお説教だからな」
少しだけ怒ったように言いながら、アーサーは迫り来る巨大な半魚人達を一人で捌きながら前へ前へと推し進む。
同時刻。
海上都市の端へと転移させられたロデスコは、爆速で目的地へと進んでいた。
ロデスコには他の面々が一緒に転移している事や、どの位置に転移させられたかなどは分からない。それでも、即座に判断を下し城へと直行する。
やるべきことが変わらないのなら、目的地も変わらない。
半魚人達を捌きながら、途中で出て来た巨大な半魚人達も蹴り裂き、一心不乱に前へ前へと進む。
あの男はアリスの事を知っていた。何を知っているのかは分からないけれど、謎の存在からストップがかかる程の情報を持っている事は理解できた。
「あのクソ気障野郎!! 洗いざらい全部吐かせてやるんだから!! そんで最後に豚って言った事土下座させてやる!!」
怒り心頭になって吠えながら前へ前へと進むロデスコ。
だが、暫く進んだところで違和感を覚える。
あれだけわんさか居た半魚人達や、何処からともなく飛来して来た巨大な半魚人達の襲撃が、ある時を境にぴたりと止まったのである。
最初は弾切れかとも思ったけれど、感じ取れる空気感も先程までとはまた少しだけ違う。
違和感に思わず脚を止めると、まるでタイミングを見計らったかのようにロデスコに何処からともなく声がかかる。
「ようやく止まってくれたね。いやぁ、君を追いかけるのは一苦労だから助かったよ」
それは男の声。けれど、先程の少年とは違う。
ロデスコが誰何をする前に、ロデスコの前方から一人の青年が姿を現す。
「初めまして、ロデスコ。ちょっと、僕とお話しないかい?」




