異譚23 帰路
異譚が終わり、魔法少女達は撤退する。
まだ異譚生命体は残っており、余力のある者や後詰めにやって来た魔法少女はまだこの場での戦闘が残っている。
しかし、アリス達の仕事は終わりである。
帰還をするためにアリス達は装甲車に乗り込む。
「はぁ……つっかれたぁ……」
変身を解き、足を伸ばしてだらんとシートに腰掛ける朱里。
「そ、そうッスねぇ……自分も疲れたッス……」
朱里に倣い、変身を解いた瑠奈莉愛もでろーんっと熱さに負けた犬のように伸びる。
白奈とみのりも変身を解いて、疲れた様子で車のシートに座り込む。
唯一アリスだけが変身を維持したままシートに座る。
しかし、全員疲れた様子なのは変わらない。
アリスと朱里は異譚支配者と戦い、他の三人は吹き飛ばされた先で異譚生命体と戦闘をしていた。
「どうだった? やっていけそう?」
瑠奈莉愛に、白奈が優しく声をかける。
白奈の言葉に、瑠奈莉愛は難しそうな顔をしながらも、居住まいを正してから瑠奈莉愛は答える。
「……分かってた事ッスけど、人の生き死にがかかってる仕事はやっぱり重いッスね……」
やりがいというよりも、責任を重く感じてしまう。
それは、一人の少女が背負うにはあまりにも大きい責任だ。
「それに、アリスさんでも死にかけるのが異譚なんだと思うと、正直やっぱ怖いッス……」
申し訳なさそうに顔を俯かせる瑠奈莉愛。
「戦ってる時は無我夢中で、必死に身体動かして頑張ってたッスけど……落ち着くと、あの攻撃で死んでたかもしれないとか、元は人間で家族とか友達とか居たと思うと、なんかすごく申し訳ない気持ちにもなるッス……っ」
落ち着いてきて、緊張がほぐれて、ようやっと感情が正常に働く。
怖かった。申し訳なかった。戦う度に心が締め付けられた。
知らず涙が溢れる。
ずっと鼻をすすり瑠奈莉愛に、白奈はポケットからハンカチを取り出し、瑠奈莉愛の涙を拭ってやる。
甘っちょろい。だなんて、口が裂けても言えやしない。申し訳無さも、恐怖も、誰もが通る道なのだ。
魔法少女であれば、魔法少女であり続けるのであれば、必ず通る道だ。
瑠奈莉愛のすすり泣く声だけが響く車内で、アリスは静かに言葉を放つ。
「私も同じ」
瑠奈莉愛の言葉に、アリスが同意を示す。
「私も、異譚は怖い」
はっきりと、アリスは異譚を恐れていると認める。
アリスの言葉に、瑠奈莉愛は驚いたように目を見開く。
けれど、他の三人に驚いた様子はない。
「……アリスさんでも、異譚は怖いんッスか?」
瑠奈莉愛の言葉に、アリスはこくりと頷く。
「私だけじゃない。誰もが異譚は怖いものだと思ってる。程度の差はあると思うけど」
「てか、異譚を恐れない方がおかしいわよ。死ぬかもしれない場所に行くんだもの。そりゃ、怖いでしょーよ」
「実際、何度も死にかけたからね、私達」
「あ、わたしは後方支援だから、あんまり無いけど……それでも、やっぱり異譚は怖いって思うよ」
「アンタは素で怖がりでしょうよ」
「そ、そうだけど! 異譚はもっと怖いよって話だよぉ! わ、わたし変身すると小っちゃいから、すぐ食べられそうになるんだからぁ!」
「キヒヒ。君はちょろちょろしてて美味しそうだからね。仕方ないね。キヒヒ」
「ぴぃっ!?」
今まで姿をくらませていたチェシャ猫が、いつの間にかアリスの膝の上に座りながらにんまりと不気味に笑う。
「アンタ今までどこに居たのよ」
「キヒヒ。猫は戦えないからね。高みの見物をしていたよ。キヒヒ」
チェシャ猫は基本的には戦えない。アリスがチェシャ猫を大きくすれば戦えるけれど、戦闘能力自体はそう高くは無いので、アリスとしてはあまり戦ってほしくはない。生意気な猫だけれど、居ないと悲しいのだから。
「怖いと思う事は悪い事じゃない。大事なのは、恐怖から逃げない事。必要なのは、恐怖を乗り越える心」
チェシャ猫を撫でながら、悠然とアリスは言う。
「恐怖は受け入れる他無い。目を背ければ背ける程、恐怖は貴女を縛る枷になる」
「……まだ、ちょっと難しいかもしれないッス……」
「そんな直ぐに直ぐどーこーなる話じゃないってのは分かってるわよ。アタシらだって通って来た道なんだし」
「ゆっくりで良いわ。ゆっくり、少しずつ前に進んで行きましょう」
「そ、そうだよ! わたし達も付いてるよ!」
「皆さん……ありがとうございますッス……!」
ずびっと鼻を鳴らしながらお礼を言う瑠奈莉愛。
「そういや、アリスがケーキバイキング奢ってくれるみたいよ」
「え、ほ、本当?」
みのりの言葉に、アリスはこくりと頷く。
「それはまた、どうして?」
「……諸事情あって」
「しょ、諸事情?」
「まー細かい事はいーのよ。奢らせるってのが大事なんだから。英雄様に奢ってもらえるだなんて、気分良いわー」
「貴女は……またそうやって……」
「じ、自分、ケーキバイキング行った事無いから楽しみッス!」
「わ、わたしも、アリスと一緒にお食事行くの久し振りだから、た、楽しみだなぁ」
わいわい、やいのやいの。装甲車の中では姦しくも少女達が楽しそうにお喋りに興じる。
そんな中、アリスだけは無言で目を瞑り今回の事を振り返っていた。
今まで見る事の無かった異譚支配者の情報。
それに、誰にも報告をしなかったけれど、夢の中に出て来た赤のドレスの女。夢であるのに、アリスは赤の女の事をはっきりと憶えていた。それに、あの赤の女は何処か見覚えがあるようにも思えた。
アリスが見覚えがあるという事は、ここ二年程の期間の話になるだろう。二年よりも前の記憶が無いアリスには、この二年しか確かな記憶が無いのだから。
しかし、この二年間で見た記憶も無い。となれば、それ以前に出会っている可能性が在るのだけれど、そうなると思い出すのが難しい。
自分の事は何も分からない。憶えているのは名前と、終息した異譚の跡地で見つかったという事実だけだ。
ともあれ、自分だけでは判断に悩むところだ。帰ってから報告書をまとめて、それから調書を取って貰って……。
「ぴぇっ!? あ、アリス!?」
色々と考えている間に、疲れからか、ゆっくりとアリスの意識は遠のいていき、そのまま眠りについてしまう。
隣に座るみのりの肩に頭を預けるようにして眠るアリスに、みのりは興奮したように鼻息荒くアリスの方を見やる。
すぅすぅと小さく寝息を立てるアリスを見て、みのりはすかさずポケットから携帯端末を取り出してパシャパシャと写真を撮り始める。
そんな事になっているとはつゆ知らず、アリスはすぅすぅと小さく寝息を立てて眠る。
「おやすみアリス。今日もよく頑張ったね。キヒヒ」
眠っているアリスに、チェシャ猫が労りの言葉をかける。
すやすやと眠っているアリスを見ていたからか、それとも疲れがあったからか、みのり以外の全員がゆっくりと眠りにつく。
これが、魔法少女の日常。
異譚を終わらせ、人であった者を殺す事に苦悩し、自身が死ぬかもしれない恐怖と戦う日々。
魔法少女達は日夜戦い続ける。目的のために、平和のために、誰かのために。それが、自分のためであると信じて。
これにて一章終了です。
二章に行く前にSSを挟みます。