異譚38 りゅう座
アリス達が城で人型と邂逅している頃、チームドラゴンは異譚支配者と思われる巨大な半魚人と戦闘を行っていた。
巨大な半魚人は見た目通りの能力をしており、硬い鱗は生半可な攻撃を弾き、鋭い爪は魔法少女の肉体を簡単に裂く。何より、巨体からは想像もできない程の速さを持ち合わせており、素早い動きから繰り出される攻撃は化物というより人間の戦い方に似ていた。
「中々硬いね!!」
巨大な半魚人から繰り出される攻撃を捌きながら、ジアンは周囲を気に掛ける。
巨大な半魚人だけでも面倒なのに、周囲の建物からわんさかと半魚人が現れる。
現状、巨大な半魚人の対応はチームドラゴンで上位の実力を持つ三名が行っており、それ以外の敵を他の魔法少女に任せている形だ。今は何とか戦えているけれど、これ以上雑魚の数が増えれば文字通りの乱戦になる。
そうなれば、自由に戦う事が出来なくなる。
「ふっ!!」
だが、そうはならない。
このチームのリーダーがそんな事を許す訳が無い。
鋭く放たれた蹴りが巨大な半魚人を吹き飛ばす。
吹き飛ばされた巨大な半魚人は建物に直撃し、瓦礫の下敷きになる。
「さっすがチェウォン! 良い脚してるぅっ!」
「そこは蹴りを褒めてください。……まぁ、脚を褒められて悪い気はしませんが」
さっと髪をかき上げるチェウォン。
チェウォンの両手両足は巨大な半魚人と同じように、強靭な鱗と鋭い鉤爪が備わっている。ただ、これは直接腕が変化している訳では無く、ロデスコと同じような鎧である。
だが、身体が変化している部分も見受けられる。
側頭部から生えた角、口から覗く獰猛な牙、爬虫類特有の縦に割れた瞳孔、尾骶骨あたりから伸びる太く逞しい尻尾。
そんな物々しい見た目を中和するように、可愛らしくもスポーティーな衣装を身に纏っている。
チェウォンは星の魔法少女。星座はりゅう座である。
数ある星座の中でも、りゅう座の力が発現する魔法少女はあまりにも数が少ない。数が少ないからなのか、本当に選ばれし者しかりゅう座になれないから数が少ないのかは、今のところ定かにはなっていないけれど、龍の力をその身に宿す魔法少女の実力は世界でもトップクラスである。
チェウォンもまた例外では無く、その実力は国内でも五本の指に入る。
因みに、リーダーである彼女がりゅう座であるからこそ、チームドラゴンなのだ。
チェウォンが吹き飛ばした巨大な半魚人が瓦礫の中から立ち上がる。
瓦礫では傷一つ付いていないけれど、チェウォンが蹴り付けたところは抉れており、止めどなく血が流れ出ている。
「似たような力を持つ者同士であれば、よりスペックが高い方が勝るのは必然です。つまり――」
鋭く踏み込み、一瞬で巨大な半魚人へ肉薄する。
「――私の勝ちは揺るがない」
チェウォンは連続で蹴りを放つ。素早く、鋭く放たれたチェウォンの蹴りを、しかし、巨大な半魚人は堅い鱗で受け止める。
先程吹き飛ばされた時程の威力は無く、チェウォンの蹴りでダメージを受けている様子は無い。
だが、チェウォンに焦りも落胆も無い。
「こっちこっち!」
「こっちも居るよ!!」
チェウォンに意識を向けた途端、すかさずジアンとユナが攻撃を繰り出す。
そのジアンとユナに意識を向けた瞬間に、チェウォンが重たい一撃を繰り出す。
ジアンは魚座の魔法少女であり、ユナは蟹座の魔法少女だ。
魚座の魔法は千差万別であり、イメージする魚ごとに魔法が変わる。例えば、イワシなどの群れを形成するタイプの魚であれば、空中に魚の群れを作り出し、囮や目くらましにも使える。
サメであれば牙やサメ肌、ダツであれば鋭い口、トビウオであれば宙を滑空出来るヒレ等、その魚の特徴を自身にトレースしたり、アリスのトランプの兵隊のように空中や水中に生成する事が出来る。
手が豊富にあるのが特徴だと言えるだろう。
今も、空中にダツを生み出して射出している。生成されたダツは自立した行動が可能であり、自由に動き回って相手を翻弄している。
ユナの蟹座は堅い甲羅と強力な鋏が特徴的だ。魚座ほど自由度は無いものの、堅実に立ち回る事が出来る。
ジアンが注意を逸らし、ユナが引き付け、チェウォンが重たい一撃を入れる。
これが、この三人のお決まりの戦略である。前衛であるユナとチェウォンがアタッカーを入れ替わる事もあるけれど、基本は機動力と攻撃力に優れたチェウォンが致命打を引き受けている。
慣れた様子で繰り出される、三人の息も付かせぬ連携に巨大な半魚人はなすすべも無く翻弄される。
チェウォンの蹴りが鱗の上から肉を裂き、ユナの鋏が四肢を断つ。
大きな隙が出来たところで、チェウォンの蹴りが巨大な半魚人の胸部を突き破る。
そのまま流れるように回転し、巨大な半魚人の頭を蹴り付け吹き飛ばす。
サッカーボールのように飛んで行った頭は建物と衝突して破裂する。
「っし! 勝利!!」
倒れる巨大な半魚人を見て、拳を握り締めるユナ。
けれど、チェウォンとジアンの表情は険しい。
「カム、こいつ……」
「ええ。異譚支配者にしては、弱すぎます」
チェウォンはこの巨大な半魚人を異譚支配者だと確信していた。異譚支配者に成れるほどの魔力量と力量はあった。それは、この場に居る全員が感じた事だ。
「確かに。これじゃあ、精々異譚侵度Cくらいだよな」
チェウォンとジアンの言葉に納得を示すユナ。
此処は異譚侵度S。異譚支配者がこんなに弱い訳が無い。
何かがおかしいと思ったのも束の間、三人の目の前に何かが落ちて来る。
「――ッ!! コイツ……!!」
落ちて来たのは、巨大な半魚人。復活したのではない。新たに現れたのだ。何せ、上から落ちて来たし、巨大な半魚人の足元には先程倒した巨大な半魚人の死骸が転がっている。
「んだよ、二体目かよ。ちゃっちゃと片そうぜ」
二体目の登場に驚くも、実力は先程と変わらない。
三人で相手をすれば、危なげなく倒せる。
余裕を見せたユナの発言。けれど、彼女は分かっていない。
余裕は見せたが油断は見せずにユナが構える。その直後、上空からまたしても何かが降り立つ。
「……まじかよ……」
思わず絶句するユナ。だが、絶句をしているのはユナだけでは無かった。
降り立ったのは三体目の巨大な半魚人。
この時点でユナに余裕は無くなる。それは、チェウォンとジアンも同じ事だ。
けれど、やはり彼女達は分かっていない。
此処が何処であるのか。この異譚が彼女達の経験の類を見ない異譚であると言う事が。
「おいおいおいおいまじかよまじかよ……!!」
三体目が降り立った直後、四、五、六、七――幾つもの巨大な半魚人が地面に降り立つ。
詳細な数字は分からないけれど、霧の向こうにも降り立っているのが聞こえてくる。
二体三体までであれば、まだ何とか出来ただろう。だが、目視出来るだけでも五体の巨大な半魚人が確認できる。その上、通常の半魚人達は留まる事を知らずに襲って来る。
チェウォンは険しい表情を浮かべながら構える。
「ああ、最悪です」
誰もが思った言葉を、チェウォンが口にする。
誰もそれに頷く余裕は無かった。




