異譚36 旧知の間柄
人型の後に続いて、アリス達は城内に入っていく。
城門を潜って直ぐ、半魚人達がせかせかと忙しそうに動き回っているのが見える。
庭師のような半魚人は歪に歪んだ庭木を剪定し、海草のようにうねりながら生えている良く分からない植物の周りに生えている雑草らしきものを抜いたり、目に痛い程に色とりどりの珊瑚の形を整えたりしている。
そんな光景を横目に、人型の案内に従って城の内部へと進む。
城内では女中の恰好をした半魚人達がいそいそと忙しなく動き回って仕事をしている。
掃除、食材らしきものの運搬、寝具の運搬等々、普通の温泉旅館の従業員のような仕事ぶりだ。
城内はやはり奇妙な内装をしてはいるものの、時代劇で見るような和を感じさせる見た目をしているため、ちょっと奇妙な旅館のようにすら錯覚する程、人間味のある行動だった。
「普通に働いてるわね……」
思わずロデスコが零せば、先頭を歩く人型は振り返る事も無く説明をする。
「彼等は奉仕種族ですので。我々に奉仕をするのは当然の事なのです」
一行の横を通る時、半魚人達は皆ぺこりと会釈をする。まるで、お客様にするような対応の仕方に魔法少女達は反応に困ったような顔をする。
広大な城内を、人型は迷う事無く進んでいく。
すれ違う半魚人の中に女中以外にも踊り子や、上品な和装、遊女のように和服を着崩した者など、様々な和装に身を包んだ恰好をした者が混ざりだした頃、人型の脚が止まる。
人型の目の前には横並びになった襖で閉ざされた部屋があり、襖には豪奢ながらもグロテスクで気味の悪い絵が描かれていた。
「こちらになります」
人型がすっと道を空ければ、室内で待機していたであろう女中が丁寧に襖を開けた。
「やあ、待っていたよ」
開かれた襖の向こう、部屋の最奥に座る一人の少年が寛ぎながらアリスの来訪を歓迎する。
少年の顔は目も覚めるような美形であり、街を歩けば女性の視線を釘付けにするであろう程だ。
「さぁ、中へ。ああ、靴は脱がなくて良い。畳だが、まぁ気にするな」
「どうぞ。遠慮なく」
促され、アリスは警戒をしながら部屋に入ろうとしたが、アリスよりも先にロデスコがずかずかと入っていく。
そんなロデスコに一瞬少年の眉がぴくりと動くが、ほんの一瞬の変化だったため誰も気付く事は無かった。
先に入ったロデスコに続いて、アリス達も室内へと入る。
最後に人型が部屋に入り、女中が襖をそっと閉める。
「すまなかった、乙姫。お前に下女のような仕事をさせて」
「構いませんよ。私が行った方が話が早いですから」
乙姫と呼ばれた人型は少年の元へ行くと、少年の背後に立ったまま控える。
「さて……久し振りだな、アリス」
少年は他の誰に視線をやる事も無く、真っ直ぐにアリスだけを見る。まるで、それ以外など眼中に無いかのように。
久し振りと言われたアリスだけれど、アリスには全く心当たりがない。
「アンタ、知り合いなの?」
「知らない」
ロデスコの問いに首を横に振るアリス。
少年の顔をよく見てみるけれど、それでもまったくと言って良いほど思い出せない。
「くくっ、まぁそうだろうな」
知らないと言われたにも関わらず、少年に落胆した様子は無い。
「猫が居れば話は早いんだが……今日は不在のようだな。そもそも、俺の前に姿を現せる訳が無いか」
「猫? チェシャ猫の事?」
「そうだ。数少ない旧知の間柄というやつだな」
「それってどういう意味? アンタ、チェシャ猫とどういう関係なの?」
チェシャ猫が訳の分からない存在だと言う事はロデスコも理解している。けれど、異譚生命体と繋がっているとあれば、黙って聞いている訳にはいかない。
目の前の少年の見た目は人間そのものだ。けれど、内包する魔力や気配は異譚生命体そのもの。
アリスを知っている事、チェシャ猫と旧知の間柄であると自称する事。アリスの理解者として、一人の魔法少女として、割って入らずにはいられなかった。
しかし、割って入ったロデスコに少年は厳しい目を向ける。
「黙れ赤豚。貴様にかける言葉は無い。俺とアリスの間に割って入るな不細工が」
「は………………はぁっ!?」
何を言われたのか理解が追いつかなかったロデスコだけれど、数秒後に自身が貶された事をゆっくりと理解して目尻を吊り上げる。
「誰が豚ですって!? 誰が不細工ですってぇッ!?」
少年のストレートな悪口に、ロデスコは怒り心頭で声を荒げる。
「ふんっ、女なんて全員不細工な豚だろう。事実を言われただけで一々声を荒げるな赤豚。不愉快だ」
「殺すッ!! コイツは絶対アタシが殺すッ!! もう話なんて聞く必要無いわ!! 今すぐこのクズ野郎を殺すわッ!!」
赤熱を帯びるロデスコの具足。
「そうだね。私自身、外見重視主義では無いけれど……貶されるのは不愉快だ」
珍しく怒った様子のアーサーも黄金の大剣を構える。
他の面々もそれぞれ怒りを覚えている様子で構える。
だが、唯一アリスだけは特に怒った様子も無く冷静に少年を見やる。
「その理論だと、後ろの人も不細工と言う事になる」
「彼女は別さ。彼女は、俺の良き理解者だ。心根の美しさもよく理解しているとも。ああ勿論、君も特別だよアリス」
「嬉しくない」
「ふふっ、それでも君は俺の特別さ。君の美しさに比類する者などこの世界に存在しない。……だが、その姿はいただけないな。早く変身を解いて、あの美しい姿を俺に見せてくれ」
「アンタ、コイツの変身前の姿を知ってるの?」
まるで変身前の姿――有栖川春花を知っているかのような口振りをする少年。
割って入って来たロデスコに深い溜息を吐きながら、少年は答える。
「はぁ……まったく、待ての出来ない駄豚が。……だが、俺は慈悲深い。豚の愚かな問いにも答えてやる」
「ああ答えなくて良いわ。一生口を閉じてなさい、ナルシスト野郎」
今すぐにでも飛び掛かろうとするロデスコ。
だが、ロデスコが飛び掛かるよりも早く少年は口を開く。
「知っているとも。君の正体も、君の憶えていない過去も、全て」
憶えていない過去。つまり、少年はアリスが記憶喪失である事を知っている。
アリスが記憶喪失である事は一般には公開されていない情報だ。
当然、この場に居るマーメイドもイギリス組もそれは知らない。以前、花と星との合同演習の時に口を滑らせただけで、それ以外に誰にも言った覚えは無い。
つまり、この場で知っているのはアリスとアリスの正体を知るロデスコだけだ。
誰も知らない情報。それを、カマをかけるでも無く、確信を持って言ってのける少年。
「だが、こう言ったところで信じて貰える訳が無いのは分かっている。だから、君の本当の名前を持って証明としよう。君の名前は、お――」
少年がアリスの本名を暴こうとしたその瞬間、少年と魔法少女達の間に燃える三眼が浮かび上がった。




