異譚35 大道芸人
ちょっとルビコン行ってました…ちゃんと書きます
童話の魔法少女達は霧の立ち込める海上都市を順調に進む。
時折、半魚人が襲撃して来てはそれを迎撃しているけれど、それ以外の脅威はまったくない。
「異譚の割に静かすぎない?」
「うい。お耳にも、ピンと来ん」
「物音もそうだけど、アタシが言いたいのは敵の頻度よ」
幾度かの襲撃はあったけれど、それも片手で数えられる程の回数だ。
「アンタから見てどう? 異譚侵度Sに見合った敵の強さしてる?」
朱里の問いに、アリスは首を横に振る。
「全然。これなら、漁港の異譚の方がまだ面倒だった」
「そうよね。毛色は似てるけど、あの時の方が面倒だったわよね」
漁港の異譚の時には魚の異譚生命体、原始獣人、半魚人等々、多くの異譚生命体が存在した。
アリス達が遭遇した異譚生命体は、今のところ半魚人のみだ。
他のチームが戦っている可能性もあるけれど、通信を阻害されている以上、アリス達には知るよしも無い事だ。
結局のところ一行の取れる選択は進む事のみだ。答え合わせは事が全て終えてからすれば良い。
警戒を強めながら、一行は歩く。
やはり、途中で半魚人達の襲撃に遭うけれど、それ以外の襲撃は一切無かった。
そうして進んでいくにつれて、段々と巨大な建物の全貌が明らかになっていく。
「これは、何とも奇怪な……」
巨大な建物の麓まで辿り着いた一行は、思わずソレを見上げる。
ソレは形こそ歪で、既存の物とはかけ離れた意匠だけれど、全員の見解が一致するくらいには見た事のある物だった。
「ジャパニーズオシロ! なのです!」
オリーの言う通り、ソレは日本で見受けられる城の形をしていた。
周囲の建物と同じく、非ユークリッド幾何学的な建築をしてはいるけれど、一目見て日本の城だと分かる形をしていた。
「……ラブホじゃない、お城……」
「らぶほ? それは、なんなのです?」
「……愛を、はぐ――」
「余計な事言わない」
「……いてっ……」
凄く余計な事をオリーに教えようとしたマーメイドの頭を叩くアリス。
「簡単に本丸まで辿り着いちゃったわねぇ」
「此処からが本番と言う事だろうね。どうする、アリス?」
城は城壁で囲まれており、城壁には城門が備わっている。
城壁自体はそんなに高さは無く、魔法少女なら簡単に飛び越える事が出来る。
「行こう。マーメイド、壁の向こうは安全そう?」
「……蠢く音、聞こえる……」
「同じく。わらわら聞こえる」
マーメイドの報告に同意を示すレディ・ラビット。
「まぁ、そうよねぇ。どうするぅ? 爆撃するぅ?」
「一回、私が上から様子を――」
アリスの言葉に被せるように、少し離れた位置にある城門が音を立ててゆっくりと開く。
全員は瞬時に戦闘態勢を取りながら、城門の方を見やる。
警戒を露わにするアリス達だけれど、独りでに開かれた城門からは特に何が出てくる訳でも無かった。
「……何も出てこない」
「誘われてる、のか……?」
暫く待っても何も出て来ず、一体何のために城門が開かれたのかが分からないでいると、すっと前触れも無く一つの小さな影が城門から姿を現した。
姿を現したのは、恐ろしいほど美しい一人の女性。
美しくウェーブのかかったアッシュグレーの髪。深い水底を思わせるような暗い青の瞳。
身体のラインが出るドレスに身を包み、惜しげも無くモデル顔負けのスタイルをさらけ出している。
明らかに見た目は人間の女性。しかし、魔法少女達はそう言った存在に心当たりがある。
「人型……!!」
異譚に時折現れる人型の異譚生命体。魔法少女以外に異譚で人の形を保っていられる稀有な存在。
人型の居る異譚にろくなことが無い。経験上それが分かっているアリス達は更に警戒を強めるも、人型は攻撃する意思を見せず、それどころか優雅に一礼をしてみせた。
「遠路はるばる、ようこそおいでくださいました。城主がお待ちです。どうぞこちらへ」
手で中へ入るように促す人型。
当然、はい分かりましたと素直に入る訳が無い。
誘われているのは敵が多く犇めく城内だ。見え透いた罠に馬鹿正直に飛び込むなんて事するわけがない。
「どうする?」
「明らかに罠だよね。馬鹿正直に飛び込むのは愚策も良いところだけれど……」
「此処が一番怪しいのは確か」
その先が罠だとは分かってはいるけれど、結局行先が変わらないのもまた事実。異譚を終わらせるなら、この城に入らなければいけない。
一向に返事をしないアリス達にしびれを切らしたのか、それとも初めからそう言うように言われていたのか、人型は静かな声音でアリス達に声を掛ける。
「初めにお伝え致しますが、我々から手を出す事はございません。城主は……えっと……どなたがアリス様ですか?」
まさかの名指しに驚きつつ、アリスは人型に言葉を返す。
「私がアリス」
「そうですか。城主は貴女をお待ちです。御客人である貴女を害する事はございません。また、貴女付きの騎士や従者も同じです」
「騎士……は、私か」
見た目的に騎士はアーサーの事だろう。
「てことはアタシ達が従者? ふざけんじゃ無いわよ。コイツがアタシの従者よ! コイツ言えば何でも出すんだから!」
「……人型の財布……」
「皆さん、本当にお仲間なのです!?」
「アリスちゃん。辛かったらイギリスに来て良いのよぉ?」
「ウェルカム。むしろ来るべき。今すぐ帰化しよう。帰ったら結婚だ」
「君達全員緊張感を持とうか。それと、レディ。それは死亡フラグという奴だよ」
アーサーが至極真っ当に注意をしつつ、レディ・ラビットの立てた死亡フラグを指摘する。
「失礼。大道芸人の方々でしたか。私、知ってます。古い世界の本で学びましたので」
「ねぇこの人型失礼過ぎやしない!?」
「どちらにせよ、我々から手を出す事はございません。そちらから手を出してくれば、話は別ですが。いかがいたしますか? もし色良い返事がいただけない場合は、強硬手段に移らせていただきますが」
決断を促す人型。
「どうすんの? 連中はアンタをお呼びのようだけど?」
「無傷で敵の懐に潜り込めるのは大きい。それに、何故私を呼んでいるのかが気になる」
「その先で脅威が待ち構えているかもしれないよ?」
「それを打倒するための私達。いざとなったら致命の大剣で城に穴を空ける。そこから脱出」
「なるほど。ロックハンマーで脱獄するよりは現実的だ。最悪の場合はレディも居る。抜け道が無い訳じゃない」
「任せろい」
ふんすと力こぶを作るレディ・ラビット。
「それじゃあ、決まり。そちらの誘いを受ける。案内して欲しい」
「かしこまりました。それでは、どうぞこちらへ」
手で先を促しながら、人型はアリス達を案内するために歩き出す。
「行こう。一瞬たりとも気を抜かないで。コントは無し」
「コントなんてして無いわよ」
「……つまり、私は何でも出す奴だと?」
「事実でしょ。アンタ、アタシの要望断った事ある?」
聞かれ、アリスは考える。
「……無い」
「ほら見なさい。アタシは事実を言っただけなんだから」
ふんっと勝ち誇ったように笑いながら、ロデスコは人型に追い付くべく早足に歩き出す。
今度からは魔法でなんでもするのは止めようと思いながら、アリスも人型を追って歩き出す。
「……因みに、人と出掛けると、アリスは絶対に、お金を出す人……」
「……確かに」
耳元でぽそりと呟いたマーメイドに思わず納得してしまうアリス。
財布の紐ももう少し締めておいた方が良いかもしれないと思いなおすアリスだった。




