異譚32 しょんぼり落ち込みモード
チェウォンのバッグボーン書きたくなって上陸しなかった…
つ、次は上陸するから!ね?
空母が停止する。それはつまり、作戦領域に入ったと言う事であり、作戦開始時刻になったと言う事でもある。
魔法少女達は既に準備を完了しており、全員が小型戦闘艇に乗船している。
「カムさぁ、あれじゃ駄目だよぉ」
韓国の魔法少女達が乗る小型戦闘艇にて、やれやれといった様子で肩を竦める少女。
彼女の名は、キム・ジアン。チェウォンとは相棒のような関係であり、一番チェウォンと仲が良く、過ごしてきた時間も長い。
小柄だが気力に満ち溢れたパワフルな少女だ。
因みに、アリス達に謝罪していたのも彼女である。
ジアンの言葉に、チェウォンは眉尻を下げて見るからに落ち込んだ様子を見せる。
「……私だって、仲良くしたいですよ。でも……」
チェウォンは別段、アリス達を嫌っている訳では無い。むしろその逆で、仲良くなりたいとすら思っている。
だが、チェウォンは他人を遠ざけて生きてきた。より正確に言うのであれば、勝手に他人が自分に擦り寄って来ていた。
だからこそ、仲良くなる方法が分からない。ついつい、今までしてきたみたいにキツイ言い方で声を掛けてしまうのだ。
自分の人生がもっと違ったらとたまに思う。今までの生活に不満がある訳では無い。だが、今までの自分には不満があった。
あの日、あの時、あの二人に出会うまでの自分には、言いたい事が山ほどあるのだ。
父親は政治家であり、母親は大企業の重役。娘であるチェウォンもまた、同じようなエリートの道を辿るようにと育てられてきた。
韓国でも屈指の大学に通うために幼い頃から幾つもの習い事に追われ、小学校に通い出した頃から学習塾に通い、夜中まで勉強漬けの日々を送っていた。
学習塾や習い事で疲れ切った子供は、学校での授業中に眠る事が多い。いくら子供がパワフルとは言え、夜中まで起きて勉強漬けの毎日となれば体力ももたない。
チェウォンと同じような生活を送っている子供は皆、学校での生活を捨てて学校よりも先の事を教えている学習塾や習い事に専念する生活を送っている。
だが、チェウォンはそうでは無かった。
学校でも授業を受け、しっかりと規則正しく生活を送った。
朝から学校へ行って授業を受け、授業が終われば習い事と学習塾をこなし、帰って来てから復習をする。睡眠時間などたったの三時間。
大人でも音を上げるような生活を、チェウォンは苦も無く毎日こなした。
まさに、エリートになるべくしてなる人間。両親や周囲の者からの評判はおおむねそんな感じだった。
母に似て美人だったチェウォンは周囲からの人気もあった。チェウォンの周りにはいつも人がおり、皆チェウォンに好意を抱き、チェウォンを褒め称えた。
そんな生活を送っている内に、チェウォンは自分が特別な存在であると自覚した。
生まれも育ちも恵まれており、その恵まれた環境を活かせるだけの能力が自分には備わっている。そして、学べば学ぶほど自分の身になり、自分が更に特別な存在になっている事を自覚する。
周囲を有象無象と思うようになり、自身と同じだけの能力を持つ者だけを友と思うようになった。
「はぁ? 私が貴女の彼氏を奪った? 言いがかりは止めてください。貴女より私の方が魅力的だっただけでしょう? それに、あの程度の男と付き合うなんてあり得ません。どうぞ勝手に程度の低い幸せに浸っていてください」
「どうしてこんな問題も分からないんですか? はぁ? 分からないから訊いている? はぁ……せめて基礎は抑えてから頼むのが礼儀でしょう? わざわざこんな簡単な問題を、わざわざこの私が教えて差し上げてるんです。相手を煩わせない礼節を持ってから、声を掛けてください」
「一緒に映画を、貴方と? しかもコメディだなんて……もっと文学的な映画ならさて置き、この私を誘うのにコメディだなんて……教養の無さに吐き気がします。二度と声を掛けないでください」
チェウォンは歯に衣着せぬ物言いで相手とコミュニケーションをとった。特別な自分が凡俗に正しい事を教えてやっているつもりでも居た。
そんなチェウォンをやっかむ者は少なからずいた。
それでも、相手をやっかむような相手よりも、周りにとって価値のある自分が嫌われるようなことは無い。そんな相手よりも、チェウォンの方が人としての価値があるし、価値の無い人間より自分が選ばれるなんて事があるはずも無い。
気付けばチェウォンの周囲は価値の高い者で溢れ、価値の無い者は居なくなった。
全て順調に生きて来たチェウォンに、ある日転機が訪れる。
「私が、魔法少女、ですか……?」
チェウォンには魔法少女としての才能があった。
「良かったじゃないチェウォン! 貴女は御国のために戦う力を得たのよ!」
「素晴らしい事だ! まさか我が家から魔法少女が出るなんて……!」
両親はチェウォンが魔法少女の才能が有る事を喜んだ。
チェウォンとしては、父か母の仕事を手伝うつもりで居たので、人生設計が狂ったとしか考えていなかったけれど、魔法少女として大成して政界と母の企業との繋ぎになるのも良いかと考えた。
どうせ自分の事だ。魔法少女になっても上手くやっていけるに決まっている。
自分は有象無象とは違う。魔法少女になったとしても、特別な存在になれる。そんな自信がチェウォンにはあった。
「分かりました。魔法少女になります」
二つ返事で魔法少女になる事を受け入れた。
チェウォンの読み通り、チェウォンは魔法少女としても優秀な成績を収めた。
直ぐに魔法の制御を覚え、初任務で異譚支配者の討伐に成功。勿論、チームで得た功績だけれど、誰もがチェウォンの活躍には一目置いた。
やはり自分は特別だった。このまま異譚を数多く終わらせて昇級して、対策軍の上層部にでも登り詰めれば繋ぎとしては十分だ。
それに、魔法少女というものはチェウォンの性に合っていた。今まで同じような生活を送って来ていたので、毎回様変わりした世界を作る異譚に挑む事は、新しい課題に取り組んでいるようで楽しかった。
なんだ、魔法少女って楽じゃん。なんで皆死ぬんだろう?
死んでいく仲間は平凡な魔法少女。自分はそんな奴らとは違う。平凡なくせに、よく命を懸けようだなんて思えるものだ。自分だったらそんな博打は御免だ。
死んでいく他人に目もくれず、順調に魔法少女として認められていったある日、人生で二度目の転機が訪れた。
「日韓合同作戦、ですか」
丁度韓国に合同演習に来ていた日本の魔法少女と一緒に、丁度発生した異譚を攻略する事になった。
正直、日本の手なんて借りる必要は無いと思っていた。
異譚侵度はA。けれど、チェウォンを含めた精鋭が作戦に当たる。チェウォンに異譚侵度Aの戦闘経験が無かったとしても、これだけの精鋭が居れば問題無いと思った。
「はぁ……最悪。チヂミにトッポギにビビンバ……最高の韓国料理がアタシを待ってるのに、作戦だなんて……」
「ぼやかない。作戦が終わったら、奢ってあげるから」
「はーいやったー! 言質取ったー! アンタの奢りで豪遊するわよー!」
「……そんなに食べられないでしょ」
同じ部隊に配属されたのは下品に騒ぐ赤髪の少女と、噂に聞く日本の英雄だった。
正直、強そうには思えなかった。
こんな奴らに自分が負ける訳が無いと思っていた。
異譚開始たった数分でその考えが打ち砕かれる事になるだなんて、この時の自分は思っても居なかった。
「へいへーい、カム隊長! 考え事か~い?」
少しだけ物思いに耽ってしまっていたチェウォンの背中を、一人の少女が乱暴にバシバシ叩く。
「ユナ、力加減をしてください。作戦前に骨が折れては困ります」
「そんな強かねぇだわよ!?」
「それでも馬鹿力でしょ。まぁ、パクはそこが良い所でもあるんだけどね」
チェウォンの背中を叩いた少女――パク・ユナは大柄な少女だ。また、同年代の少女達と比べると筋肉質であるので、たまに力加減を間違える事がある。
「でも、ありがとうございます。作戦三分前に声を掛けてくださって」
チェウォンが素直にお礼を言えば、ユナはにかっと快活に笑う。
「良いって事よ! 隊長がしょんぼり落ち込みモードになんのはいつもの事だからな!」
「パク、一言多いっての! カム、気にしないでね。この作戦が終わったら、あの二人との間を持ってあげるから!」
「ありがとうございます、ジアン」
「隊長、ウチは~?」
「貴女が中継ぎをしてくれるのであれば、お礼を言いますよ。……さて、お喋りも此処までですね」
お喋りをしている間に、作戦時刻になる。
本来なら作戦前にお喋りなんてしないけれど、今回は相手が相手だ。いつも通りのパフォーマンスをするために、少しばかり緊張を解す必要がある。
「チームドラゴン。出撃します。命令は二つ。異譚の殲滅、及び全員が生きて帰る事です。命令違反は罰則に当たりますので、そのつもりで」
チェウォンの言葉に、了解と気合の入った声が返ってくる。
「それでは、出撃!!」
作戦開始時刻と同時に、小型戦闘艇は発進する。
同時刻、日本、中国もまた、小型戦闘艇を走らせる。
海上都市攻略作戦が、今始まる。




