異譚29 孫凛風
みじかめ
アリスの隣に座った少女は、にこっと笑みを浮かべながらアリスの顔を覗き込む。
「随分久し振りネ。二人共元気してたカ?」
二人共という割に、視線はアリスにだけ向けられている。
レクシーはやれやれと肩を竦めながら答える。
「元気だったとも。孫も元気だった? なんて、聞く必要は無さそうだね」
「応! 元気も元気ネ。アリスは何度か死にかけた聞いたヨ? ちゃんと生きてるカ?」
「うん。ちゃんと生きてる。でも、何度か危なかった」
「ハハっ、だらしないネ、アリス」
呵呵と楽しそうに笑う糸目の少女。
彼女の名前は孫凛風。中国で知らぬ者はいない程の魔法少女である。その知名度に見合う実力を有しており、見た目の可愛さから人気になった訳では無い。
「油断したカ? 弱くなったカ? 両方カ?」
「逆。強くなった。けど、相手も強かった」
「ハハっ、全部知ってるヨ! 報告には百回は目通したネ! あいよーってなたヨ!」
脚をプラプラさせながら楽しそうに笑う凛風。
「出来れば、我も戦ってみたかたナ! 我ならホームラン確実ネ!」
スプーンを握ってバットを振る動作をする凛風。
「致命の大剣でも無理だったんだ。孫なら、良くてヒットってところじゃないか?」
「ただのヒットじゃ無いネ! ツーベースヒットヨ! アリスはシングルヒットネ! ペンドラゴンは死球ネ! 大ブーイングでお疲れ様ヨ!」
「心外だな。私ならスリーベースヒットは堅いさ」
「ハハっ、無理ヨ無理! ペンドラゴンはガサツネ! アリスと一緒ヨ!」
「失礼な。アリスの方がガサツだ。私はバカみたいに乱射はしない」
「でも大技頼りネ! 技巧の無い戦い方ヨ! 芸術点ゼロ! 審査員も困り顔ネ!」
「そんな事は無い。相手の脆い所を狙って剣を振るい、相手のウィークポイントを突くために大技を叩きこむ。アリスみたいに、全部致命にならない以上、打ちどころやそこに行くまでの過程はちゃんと計算しているさ」
「ねぇ、もしかして私貶されてる?」
「「そんな事は無い(ネ)」」
「散々芸術点ゼロとか聞こえてきたけど……」
むすっとしたように眉を寄せるアリス。
そんなアリスを見て、二人は驚いたような顔をする。
「なに?」
「いや……先程から思っていたが、随分と顔に出るようになったな。昔は表情一つ動かさなかったのに」
レクシーの言葉に、凛風はこくこくと頷く。
「前は眉一つ動かさなかたヨ。心境の変化でもあったカ?」
「心境の変化……」
凛風に言われ、アリスは考えるように小首を傾げる。
だが、特に思い当たる節も無く、今しがた自分の表情が変わっていた事にも自覚は無かった。もし本当に変化があったとして、それがいつからかも分からない。
「分からない。特に、変わった事は無い」
「本当カ?」
「本当」
「本当かい?」
「本当」
「「怪しい……」」
声を揃えてアリスを疑う二人。
だが、幾ら怪しいと言われてもアリスに思い当たる節など無い。
「ま、まさカ! こ、恋でもしたカ?」
「恋? アリスが? 無い無い、絶対にありえない」
「そうでも無きゃおかしいヨ! 怒らない、笑わない、泣かない、照れない、ないないないない尽くしのアリスヨ!? 恋の一つや二つして、愛を育んだに違いないネ!」
「そんな事、ある訳無いだろう? まさか、絶対に無い。…………私でもまだだと言うのに」
凛風の言葉を強く否定するレクシー。最後の言葉聞き取れなかったけれど、手に持ったマグカップがカタカタと揺れているのでかなり動揺しているのは見て分かる。
「誰!? いったい誰ネ!? アリスの心を誑かして弄んだ外道ハ!」
別に弄ばれていない。アリスがそう答えようとした時、アリスの背後からふわりとやさしく誰かがアリスを抱きしめた。
「……わ・た・し……」
アリスを抱きしめたのは、眠たげな眼をした詩だった。
勿論、そんな事実は無い。三人の会話を聞いていて、悪乗りをしているだけだ。
「キイィィィッ!! 許さないネ! 純真無垢なアリスを汚しテ!」
「ふ、ふーん……そ、そーなのかー……」
怒る凛風とカタカタと揺れるマグカップで必死に紅茶を飲もうとするレクシー。
「……二人共、久し振り……」
「うん、久し振りネ! じゃないネ!!」
「ああ、久し振りだな。……久し振りなせいか、なんだか二人が遠い存在のように見えて来たよ……」
「……ふっ、感じるかい? ……これが、大人の仲になった、二人の空気感……」
ちゅっちゅっとわざわざ声に出してアリスの頬に口付けをする詩。
アリスは嫌そうに表情を歪めているけれど、二人はそれに気付いていない。
「@パjがなおpがンタ追うtぁんパj譚@阿多bん@pgんまがppjなあああああああああああああああッ!!」
「……………………(絶句)」
怒りで言語を忘れる凛風と目の前で繰り広げられる甘い雰囲気(笑)に言葉を失うレクシー。
怒り心頭の凛風はぽかぽかと詩を叩き、レクシーは抜け駆けされた哀しみから酷く哀愁漂う顔で「そっか……良いなぁ、私も恋したい……だってもう二十半ばだもの……」とぼやいていた。
緊張で眠れないみのりが食堂にやってきて二人の誤解を解くまで、凛風の怒りは収まらず、レクシーの哀しみも深く広がっていた。




