異譚28 What the heck
海上都市が出現してから全ての準備が整うまで約二時間。
ようやっと準備が整い、魔法少女達は港までやって来ていた。
海上都市までは航空母艦で向かい、出来るだけ海上都市まで接近してから高速戦闘艇にて海上都市に上陸する形になる。
海上都市までは航空母艦で三日の位置に存在している。そのため、航空母艦で三日程過ごす事になるけれど、航空母艦には長期運航のための設備が揃っているので、多少の不便は在るかもしれないが問題は無い。
異譚攻略に選ばれた魔法少女達は、次々に航空母艦へと乗り込む。
アリス達も航空母艦に乗り込み、海上都市に辿り着くまで割り当てられた部屋で過ごす事となる。
「私、空母に乗るの初めて」
「海沿いに異譚が出来た事はあっても、海上に異譚が出現する事なんて無かったからね」
物珍し気に航空母艦を眺めながら、少女達は航空母艦に乗り込む。
アリス達が航空母艦に乗り込んで直ぐに、航空母艦は海上都市に向かって出航する。
航空母艦が出航した時には既に朝日が昇っており、朝食を摂る者や割り振られた部屋で眠る者など様々だ。
午後に全体ブリーフィングが在るので、それまでは各々が自由に過ごせる。
異譚攻略前にしっかりと栄養を蓄えておかねばならぬと思い、アリスは食堂へと向かう事にした。他の面々は流石に眠気があったのか、そのまま割り振られた部屋で眠る事を選んだ。
朝食は手のかからない簡単な料理がメインとなっているけれど、戦闘前に温かくて美味しい料理が食べられるのはありがたい。
もぐもぐとアリスが朝食を食べていると、アリスの目の前に一人の少女が座った。
その少女を見て、アリスは驚いたように目を見開いた。
「ふふっ、その顔を見れただけで今回の遠征に参加した価値はあったよ」
アリスの驚いた表情を見て、アリスの前に座った少女は嬉しそうに微笑んだ。
恐ろしく整った顔に中性的なショートヘア。一見すれば美少年に見えるけれど、身体つきから声音までよくよく観察すれば少女だと分かる。
アリスと同じ金髪碧眼の少女は、本来であればこの場に居るはずの無い少女だった。
「……驚いた。どうして此処に?」
「まずは『久し振り』だろ、アリス」
くすっと王子様のように爽やかな笑みを浮かべる少女の名は、レクシー・ペンドラゴン。イギリスが保有する魔法少女の中でも最強の一角を担う魔法少女だ。
本来であれば、アリスと同じように国外に出る事の無い存在。その国の最高戦力である魔法少女は国外へと出る事があまりない。
もし他の魔法少女には手に負えない異譚が発生した時に異譚を終わらせる保険として、国内に留まっている必要があるからだ。
「うん。久し振り。元気そうで良かった」
「アリスも元気そうで良かったよ。と言っても、シャーロットから定期的に連絡を貰っていたから、息災だったのは知っていたがな」
シャーロットは定期連絡を本国に送っており、レクシーは逐一定期連絡を確認していた。また、プライベートでも連絡を取り合っていたので、アリス達の状況はある程度知っていた。
「私が此処に居るのは、たまたまだ。そろそろシャーロットを連れ戻そうと思って、旅行がてら日本にやって来てみれば、まさかの異譚侵度Sの異譚が発生したときたもんだ。本国にも確認を取って、そちらの上層部にも掛け合って作戦に志願したのさ。シャーロットも出撃すると聞いたからね」
「そう。それは、運が悪かった」
「いやいや。運が良かったよ。今回の作戦、各国が同時に作戦を開始しているのは知っているだろう?」
「知らない」
「……え?」
「今、初めて知った」
「……じゃあ、この艦に中国と韓国の魔法少女が乗っているのも知らない?」
「知らない」
「…………What the heck」
呆れたような顔をするレクシーに、アリスは何も答えずにもぐもぐとご飯を食べる。
対策軍本部は共同戦線の要請を出し、中国と韓国の両国はそれを了承。
世界的な危機と判断し、日本と同じ数の魔法少女を送り出してくれた。
その説明を含めたブリーフィングが午後に行われるが、艦内で生活をしていれば話はすぐさま広がる事だろう。
本来であれば事前に説明があるのだろうけれど、異譚を長時間放置している訳にもいかず、説明は後回しとなった。海上都市まで三日もあるのだから、その期間で共有とブリーフィングを行おうという判断だ。
「……日本がサプライズ好きだったなんて知らなかったな」
「誰が居てもやる事は変わらない。私達は異譚を終わらせるだけ。……それとは別に、共同戦線はとてもありがたい。それに、レクシーには悪いけど、正直レクシーが居てくれて良かった」
アリスが素直にレクシーという戦力がこの場に居てくれて良かったと言葉にする。
それは、アリスにしては珍しい事だった。それだけ、アリスも今回の異譚を危険視しているという事に他ならない。
アリスの言葉に、レクシーはふっと頬を緩める。
「日本の英雄にそう言われて、悪い気はしないな」
英雄ですら死ぬのが異譚侵度Sである。過剰戦力で挑んでも勝てるかどうか分からない。前例が少ないために未知数である。
「まぁ、大船に乗ったつもりで居てくれ。日本に来たのは、私だけじゃ無いからな。正式なチームメイトは連れて来ていないが、一緒に来た友人とは何度もチームを組んだ仲だからな。チームワークに問題は無い」
「頼りにしている」
「それはこちらも同じだ。アリスとロデスコの二強が揃っているんだ。前回のヴルトゥームの話も聞き及んでいるよ。文字通り、死闘だったらしいね。シャーロットだけじゃなく、私もその場に居られれば良かったんだが――」
レクシーはアリスが飽きないようにすらすらと言葉を紡ぐ。
アリスが自分から話すのが得意ではない事を知っているので、レクシーの方から話題を提供し、アリスの答えを上手く引き出す。
レクシーは、相手に合わせて言葉数を増減させ、相手との会話のペースを合わせる事が得意なのだ。
基本的に相手の話を聞いている事の方が好きなアリスは、レクシーのようにすらすらと会話を続けてくれる相手は好ましい。
何より久し振りの再会だ。こうしてお喋りをしているだけでも、嬉しく思う。
二人が楽しそうにお喋りをしていると、不意にアリスの横に誰かが座る。
「隣、良いカ? ハハっ、まぁ、もう座ってるがナ」
アリスの隣に座ったのは黒髪を可愛らしい二つのお団子にまとめた糸目の少女だった。




