異譚27 流石、童話のお笑い担当
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「出撃する面々にだけ伝えるかどうか悩んだが、待機組にも覚悟を決めて貰う必要があるからな。此処で伝えた方が良いと判断した」
作戦決行の時間調整や下準備があるので、沙友里は童話のカフェテリアを後にした。
カフェテリアは御通夜のようにしんと静まり返っており、全員が神妙な面持ちをしていた。
特に、異譚侵度Sを経験し、魔法少女でただ一人の生き残りとなったアリスが一番難しい顔をしている。
自分を指差し、朱里を指差し、詩を指差し、シャーロットを指差す。
「人を指差すんじゃ無いの」
何故か指差し確認を始めるアリスの指を、むんずと掴む朱里。
「で、何してんの?」
「戦力確認」
「なぁに? アタシ達じゃご不満かしら?」
「違う。異譚支配者が二体居た場合、戦力を分散させるかどうか考えてた」
アリスが経験した異譚侵度Sの異譚では、異譚支配者は二体存在していた。一体はアリスが単身で撃破したけれど、最初の一体は複数人でようやく倒す事が出来た。
今度の異譚も、異譚支配者が二体居ないとは限らない。また、前回と違って同時に出現する可能性も十分に考えられる。
そうなった時に、戦力を分散させるかどうか考えていたのだ。
「あぁ、なるほど。うーん……アタシは反対ね。同時に二体出たら、アタシとアンタで速攻片方を叩いて、速攻で援護に行く。片方には死なないための戦闘を続けて貰う必要があるけど、今回選ばれるメンバーはそれが出来るだけの実力を持っているはずでしょ? 倒せるなら倒せるで良いけど、無理そうならアタシ達が駆け付けるまで継戦して貰う、って方向の方が良いんじゃない?」
「でも、私は一人で倒せる。その場合、私の方に実力派三人を置いておくメリットが無い」
「当時の異譚だって、魔法少女になりたてとは言えアンタでもギリギリだったんでしょ? 二年前とは状況が違うとはいえ、万全を期して挑むのが良策でしょうよ。それに、現状じゃ何も分かって無いんだから、状況に応じて柔軟に対応するしかないでしょ」
「……確かに」
異譚支配者が二体居る可能性もあれば、強力な一体が待ち構えている可能性すらある。
殆ど情報が無い以上、考えうる状況をシミュレートして、状況に応じて柔軟に対応していくしかない。
「てか、夜中に出るのほんとに止めて欲しいわ。お肌に良くないったらありゃしないわ。着替える時間も無いし」
例によって、魔法少女達はアリス以外全員が私服である。寝ている時間と言う事もあって、部屋着や寝間着のまま対策軍まで来ている。
朱里は可愛らしいレースのあしらわれた寝間着を着ており、眠る時の姿にもこだわっているのが一目で分かる。
「確か、豆乳があったはず。用意する」
「あら、気が利くじゃない。ほんとは夜食は嫌だけど、軽食も用意してくれると助かるわ」
「分かった」
立ち上がり、キッチンへと向かうアリス。
いつも通りの様子を見せる二人に、瑠奈莉愛は不安そうな顔で声を掛ける。
「お、お二人は怖くないんッスか?」
それは、この場に居る全員の心の代弁。
魔法少女を合わせて数人しか生き残れなかったのが、異譚侵度Sである。
つまり、前例を引き合いに出すなら、英雄級の魔法少女が一人しか生き残れない異譚と言う事になる。
瑠奈莉愛の問いに、豆乳と軽食を準備するアリスが答える。
「以前も言ったと思うけど、異譚は恐ろしい。それは、初めて異譚に出た時から変わらない」
コップに注がれた豆乳と軽食をお盆に乗せ、アリスはお盆を持って運ぶ。
「でも、それは私が逃げて良い理由にはならない。それが、あの日ただ一人生かされた私の責任だから」
出撃する七人分の軽食等をテーブルに置いた後、またキッチンに戻って残りの分を用意する。
いつもなら魔法で全て済ませるところを、アリスは魔法を一切使わず自身で行う。
少しでも魔力を温存しておきたいという意志があり、膨大な魔力を持つアリスをもってしてそう思わせるのが異譚侵度Sの異譚なのだ。
本当なら変身を解いて、直前で変身をしたいところだけれど、皆の前で変身を解く事も出来ない。また、皆の前から姿を消すのも得策ではない。英雄として、最強の魔法少女として、平常心である自分の姿を見せておかねばならない。
英雄である自分が動揺しては、皆に動揺が伝播してしまう。今後何が起きるか分からないのだ。動揺だけは絶対にしてはいけない。
「まぁアタシは、英雄様みたいな大層な責任は無いけどね」
アリスの用意した軽食に手を付ける朱里。
軽く言っているけれど、朱里に責任感が無い訳では無い。
責任感が無ければ、皆の矢面に立って戦いには出られない。朱里が先駆けをするのは、皆の矛となり盾となるためだ。
「それでも、魔法少女の責務って奴は身に染みてるわよ。目の前で散っていった命を忘れる程、薄情でも無いしね。アリス、スープも追加」
「分かった。味は?」
「うーん……トマトスープ。無ければオニオン」
「分かった」
インスタントスープがあったはずと、棚の中を漁るアリス。
「それに、恐怖を乗りこなしてこそ一流なのよ。そして当然、アタシはその一流って奴よ」
鼻高々に言って、豆乳を呑む。
一息に飲み干して、朱里はコップをテーブルに置く。
「アリス、もう一杯」
「分かった」
豆乳の入ったパックを冷蔵庫から取り出し、一緒にお盆に乗せる。
テーブルに全員分の豆乳を乗せた後、再度キッチンに戻って全員分の軽食を乗せて戻って来る。
そして、何も言わずに自分の分を食べ始めるアリス。
朱里はゆっくりとトマトスープを飲みながら、リラックスした様子で携帯端末を操作する。
アリスはチェシャ猫を撫でながら、軽食をもぐもぐと食べる。
「キヒヒ。せっかく用意したのに、誰も手を付けないのは勿体無いね。猫が食べてあげなきゃ食べ物がかわいそうだ」
笑いながらチェシャ猫がテーブルに乗り、皆のために用意された軽食を食べようとする。
だが、直ぐにチェシャ猫が食べようとした軽食を、詩が奪う。そして、黙々と軽食を食べ始める。
他の面々も軽食に手を付けだす。
「キヒヒ。猫の分が無くなっちゃったや」
笑いながらアリスの膝に移動するチェシャ猫。
二人の様子を見て皆もようやく思い至ったのだ。泣いても喚いても、異譚が発生した事に変わりはない。もしも四人が失敗したら、次に異譚と対峙しなければいけないのは自分達なのだ。
童話の最高戦力であるアリスと朱里が負けるだなんて思っていない。それでも、もしもの時のために心構えはしておかなければいけない。
心と身体の準備をしておく。それが、待機する魔法少女に求められる仕事だ。
「そう言えば……」
ぽそりと、アリスが小さく呟いて珠緒に視線をやる。
「今日は、私の服じゃない」
「ふごっ!? ばっ、あ、あんっ、あんなのもう着てねぇし!!」
アリスの発言に珠緒が食べていた物を吹き出しながら、羞恥で顔を真っ赤にして返す。
「そう」
アリスとしては思い立ったから言っただけの言葉。
それでも、アリスのその発言と珠緒の反応に、全員が徐々に頬を緩めた。
「流石、童話のお笑い担当ね」
「お笑い担当じゃねぇし!!」
朱里のいじりに珠緒が声を張り上げた。
暗い雰囲気は、幾分か取り払われた。




