異譚24 お説教タイム
春花がケーキを持ってカフェテリアに入った瞬間、ケーキの箱を没収され三人の少女に連行された。
連行された先には薄っぺらい蓙が敷かれており、そこには既にシャーロットとみのりが正座をさせられていた。
春花は二人の真ん中に正座させられ、見るからに怒り心頭な少女達――朱里、白奈、笑良が三人の前に立つ。
「しくしく。ワシ、悪くない」
言いながら、シャーロットは隣に座る春花の太腿を撫でる。
隙あらばセクハラをかますシャーロットを見て、即座に笑良がシャーロットの手を叩く。
「わ、わたしだって悪く無いもんっ!! さ、作戦だったんだもんっ!!」
しくしくと泣きながらすすっと春花に寄るみのり。
「作戦だって事は知ってるわよ。でも、私達に一言も無いのはちょっと酷いと思わない?」
文句を言いながら、白奈はみのりを春花から離し、蓙ではなく床に直接座らせる。それを見ていた笑良もシャーロットを春花から離して床に座らせる。
「まぁ、正直アンタ達は良いわ。魔法少女として出向いてたんだものね。アタシが怒ってんのは、このお馬鹿さんによ」
明らかに怒り心頭な朱里。
「アンタ、魔法少女でもなんでも無いのに、どうしてこんな無茶したの?」
朱里は春花の正体を知っている。その気になれば、春花がアリスに変身して一人で施設を制圧出来る事も分かっている。だが、それは正体をみのりやシャーロットに知られる事に他ならない。
そんなリスクを冒してまで、今回の潜入捜査を春花が行う理由は無いだろう。それこそ、対異譚特殊部隊の面々が行うべきだ。
キツイ目で春花を見やる朱里と視線を合わせながら、春花はしっかりとした口調で返す。
「時間をかけられなかったから、僕が行くのが最適だと思ったんだ。一応は職員だけど、僕の顔は世間には公表されてないし、道下さん仕込みの近接戦闘術もあったしね」
ちらりと視線をずらせば、ブリーフィング用のスクリーンにぴょんぴょんの配信が再生されている。丁度春花が華麗なガンアクションで半魚人を倒しながら階段を駆け上がっているところだった。
「凄いッス!! 映画みたいッス!!」
「これ、この間見た映画で出てきました!! C.A.R.ってやつですよ!!」
最年少二人はきゃっきゃとはしゃぎながら春花のガンアクションを肴にケーキを食べている。
「へぇ……意外とやるじゃん……」
珠緒は感心した様子でスクリーンを食い入るように見る。
無意識の内に春花と同じ構えをとって、自分が戦った時に使えるかどうかをイメージしている。
唯と一は高級ケーキだと理解しているので大事そうに食べている。
詩はいつの間にか春花の傍までやって来ており、ぱしゃぱしゃと写真を撮っている。
「……愛い、愛い……特に、太腿が良い……」
「激しく同意。春花の太腿、人間国宝」
詩の言葉にシャーロットが同意する。
二人は視線を合わせると、お互いにぐっと親指を立てる。
「こんな瘦せっぽちの何が良いんだか。……じゃなくて、アンタが幾ら強かろうが、アンタは魔法少女じゃ無いのよ? 魔法少女以上の力を出せないアンタじゃ対処出来ない事は一杯ある。次からは、こんな無茶は絶対にしない事。良い?」
「うん。もうこりごり」
今回は上手く行ったけれど、毎回今日と同じ結果になる訳では無い。
実際に胆が冷えた場面が幾つかあった。アリスであれば難所でもなんでもない場面も、春花にとっては死地に相当する。
春花だって、死にたい訳では無い。異譚のその先がある事を知った。それを終わらせるまで、春花は死ぬ訳にはいかないのだ。
だがまぁ、必要に迫られれば春花として戦いに赴く事もやぶさかではない。誰かがそうしなければいけない状況であれば、真っ先に自分が手を上げるだろう。
「有栖川くん。今回の事、本当にびっくりしたんだから。姉弟として、せめて一言くらいは欲しかったわ」
白奈は春花の前に膝をつき、優しく春花を抱きしめる。
「でも、無事で良かった。次からこういうのは無しにしてね」
心底安堵した様子で言う白奈。
朱里は白奈と春花の事情を知っているので黙って見守るけれど、二人の事情を知らない面々は驚いたように目を見開く。
「……お触り、オーケー、だと……?」
「やったぜ。エッチスケッチワンタッチ」
驚いた様子の詩と、即座に春花の腰に抱き着き、わさわさと手を這わせるシャーロット。
「……私も……」
便乗して、詩も腰に抱き着く。
「わ、わたしも!! わたしもぉっ!! ちょ、ちょっと!! 場所空けてよぅ!!」
白奈が背中まで腕を回しているので、背中に回り込んだところで白奈の腕の感触しか味わう事が出来ない。そのため、三人に場所を空けるように言うみのりだけれど、三人は場所を空ける事は無かった。
「はぁ……約束破ったら承知しないからね。それと、コイツの写真流出しないでよ。後が面倒だから」
一応は納得した様子の朱里は、三馬鹿に呆れながらケーキを食べるためにその場を離れる。
「春花ちゃん。皆心配してたんだから。無茶は今回だけにしてね。お姉さんとの約束よ?」
「姉は私一人で充分よ」
「え、なんで白奈ちゃんが張り合うの?」
意外なところから張り合う声が上がり、驚いた様子を見せる笑良。
「色々あんのよ。まぁ、詮索は無しにしてあげて」
「なるほど。魔法少女だしね。色々あるわよね」
朱里に言われ、納得した様子を見せる笑良も、ケーキを食べるためにその場を離れる。
その場に残された春花もケーキを食べに行きたかったのだけれど、三馬鹿と白奈が離れないためにその場に残るはめになってしまった。
「キヒヒ。人気者だね、アリス」
いつの間にか春花の頭に乗っていたチェシャ猫がにんまり笑顔を浮かべて言う。
「あんまり、嬉しくない」
現在進行形で身体をまさぐられているので、そんなに嬉しくは無い。相手が見知った人間なので不快感はそこまで無いけれど、そろそろ離して欲しいと思ってしまう。
「春花ちゃん先輩、実物もすっごい可愛いですね!! メークは自分でしたんですか?」
「春花ちゃん先輩!! 自分もガンアクションしてみたいッス!! 今度教えて欲しいッス!!」
ケーキを食べ終わった最年少二人組がお説教オーラが消えた事を確認して、春花の元へとやって来る。
「髪、伸びてるのも可愛いです! これを機にロングヘアにしませんか?」
「ツインテールとか似合いそうッス! 知的なので、三つ編みとかも似合いそうッス!」
春花の髪をいじったり、写真を撮ったりしてきゃっきゃと楽しそうに会話をする最年少二人組。
「……三つ編みなら、シルバーフレームの、丸眼鏡をかけるべき……」
「ウルフカットも、似合う思う。可能性、無限大」
「地雷系メークも似合いそうよね。メッシュとか、インナーカラーとかも」
「わ、わたしと双子コーデしない? そ、それでお出かけとかどうかな?」
いつの間にか落ち着いた白奈が春花から離れて意見を言ったり、春花の膝に頭を乗せた詩とシャーロットが春花を見上げながら意見を言ったり、みのりが自身の願望を言葉にしたりと、春花の周りであれやこれやと意見を言い合う少女達。
諦めの境地に達した春花は好きにさせる事にした。
心配をかけてしまったのは事実。此処は甘んじて受け入れるとする。
「キヒヒ。やっぱり人気者だね」
楽しそうに笑うチェシャ猫に、春花は少しだけむっとしたように口を曲げた。




