異譚22 C.A.R.がじょーず
会議の結果、春花の潜入捜査は許可された。後は春花の補佐をするメンバーを選定するだけなのだけれど、春花の中でメンバーは既に決まっていた。
まず確実に連れて行こうと思ったのはサンベリーナだ。
サンベリーナになれば親指サイズなので隠れて春花の護衛をして貰うにはぴったりである。また、サンベリーナ自身も体外に漏れる魔力量を極少量に出来るので、サイズ的にも技術的にも今回の潜入捜査にはうってつけの人選と言えるだろう。
次にレディ・ラビットだ。レディ・ラビットは異次元を自由に移動できる。異次元に居る間も春花達の次元の様子を窺う事が出来るので、その場に居なくとも一緒についてくることが出来る。
異次元の様子を窺う事が出来る存在は少なく、レディ・ラビットも能力の特性上隠密性が高いので、隠密行動にはうってつけである。また、異次元という誰の手も届かないであろう場所は緊急脱出の方法としても有用だ。施設内の奥まった場所に追い詰められても、レディ・ラビットが居れば難無く脱出が出来る。
隠密行動であれば一人で行動した方がリスクを削減できる。潜入作戦は人数が増えれば増える程リスクが高まる。そのため、同行者をこれ以上は増やさない。
加えて、対策軍の魔法少女は変身前の素顔が知られている者ばかりなので、潜入捜査に同行する事は出来ない。
よって、春花、みのり、シャーロットの三人で作戦を遂行する必要があるのだ。
果たして、春花は無事にクルールー教団の日本統括支部に潜入し、決定的な証拠を手に入れる事が出来るのか。
「って、意気込んだけど、らくらくちんちんだった」
サイドカーで優雅に有名店のキャラメルマキアートをのむシャーロット。
「ちっ……!? そ、そんな事言っちゃ駄目だよぅ! お、女の子なんだからっ!」
春花の髪の下からシャーロットを注意するサンベリーナ。
シャーロットの発言はどうあれ、確かに今回はシャーロットの仕事は無かった。ずっと異次元に潜んで様子を窺ってくれていたけれど、迫り来る半魚人を春花一人で迎撃していたので出番が無かった。
唯一あった仕事は、春花の服の中に異次元のゲートを開いて、銃を手渡した事くらいだ。
それ以降は一切の仕事が無かった。シャーロットが手を出すまでも無く、春花は完璧に戦闘をこなしていたからだ。
キャラメルマキアートをずごごっと呑みながら、バイクを運転する春花をちらりと見やる。
春花がアリスの担当官で在る事は知っている。それ以外にもアルバイトとして事務仕事のお手伝いをしている事も知っている。実際、何度か仕事中の春花を見た事がある。
高校生が対策軍でアルバイトをしているのもシャーロットにとっては違和感だ。そこそこの事情があり、アリスの推薦とは言え、いっかいの高校生である春花を雇うなんて事を対策軍がするとは思えない。
ただ、対策軍がアリスに大きな借りがあるという事情を踏まえれば、春花を雇う事くらいであれば受け入れそうなものなので、決定的な違和感という訳では無い。それに、春花は顔が可愛い。雰囲気、仕草、喋り方、全てが可愛いとシャーロットは思っている。
可愛い者の味方であるシャーロットからすれば、春花が対策軍に居る事は得でしか無いのでとやかく言うつもりも無い。
しかし、無視できない違和感というものもある。
春花はあまりにも戦闘に慣れ過ぎている。半魚人を前にしても臆す事無く体術で対応していた。半魚人は人間よりも優れた膂力を持っている。その上、全員が何かしらの武器を手に持っていた。
銃を持っているのであれば、相手の武器の攻撃範囲に入らずに迎撃をしようとするのが自然である。それに、訓練を積んでいたとしても、半魚人相手に戦う事への恐怖心はあるはずだ。
過去、異譚から漏れた異譚生命体の対応を軍の対異譚生命体の特殊部隊が行ったけれど、誰一人として異譚生命体には近付かず銃でのみ鎮圧を行った。
対策マニュアルにも異譚生命体への接近はしない事は記載されているので、特殊部隊の行動は正しい。わざわざ接近して半魚人を迎撃する春花の方が間違えている。異次元から観測していて何度も冷や冷やさせられた。
春花のうなじに張り付いていたサンベリーナも、春花の行動に冷や汗をかきながら事の成り行きを見守っていた。
ある程度の実力が無ければ潜入捜査に抜擢されないだろうけれど、それにしたって春花は強すぎる。ただの高校生というには無理がある程に。
「訓練、してるのか?」
シャーロットが問えば、春花は目線を前に固定したまま返す。
「少しだけね」
「少しの動き違う。C.A.R.がじょーずだった」
「し、しーえーあーる?」
「Center Axis Relock。近接戦に特化した射撃のスタイルだよ」
サンベリーナの疑問に、春花がさらりと答える。
「な、なんだかよく分からないけど、す、凄いね!」
「道下さんが格闘術とか銃撃のプロだから、ちょっと教えて貰っただけだよ。護身術だって叩き込まれたの」
「み、道下さんってそんなに強いの?」
「うん。生身の格闘なら対策軍でもトップクラスじゃないかな?」
「す、凄い……」
春花の言葉に嘘は無い。沙友里はあらゆる戦闘術を習得している戦闘のプロフェッショナルだ。
春花の見た目が良い事は沙友里も十分理解していたのと、変な虫にからまれても最終的に鎮圧が出来るようにと、護身術として近接格闘の訓練を行った。
因みに対策軍に勤めている者は全員が格闘術と射撃の訓練を行っている。いついかなる時も異譚に遭遇しても良いようにの対策である。その一環として、春花も射撃の訓練を行った。教官は勿論沙友里である。
「先生が良いからね。習ってれば上手くもなるよ」
「ふ~ん」
ずごごっとあまり納得していない様子でキャラメルマキアートを飲むシャーロット。
それにしたって胆が据わり過ぎている。明らかに戦い慣れした者の冷静さだった。
だが、多くを語らないと言う事はきっと知られたくない事なのだろう。
これ以上は追及をしない事を決め、シャーロットはもう一つ気になっていた事を訊ねる。
「メーク、じょーずな。それも、教わった?」
「これは動画を見て勉強したんだ。身元を伏せたいから、女装をするのはマストだったし、メークをすれば顔の印象も随分変わるでしょ? それに、念には念を入れて、ほっぺに綿詰めて顔の輪郭とかも変えてるよ」
「ほ、ほっぺに綿……!? あ、有栖川くん! 違和感凄いでしょ? わ、綿をぺってして! わたしが捨てておくから!」
「平気。一応最後まで気は抜けないからね」
「そ、そっかぁ……」
至極残念そうな声を漏らすサンベリーナ。理由はきっと聞かない方が良い。
「太腿がスケベで、ベリーグッド。毎日短パン履け」
言いながら、運転している春花の太腿をさするシャーロット。
「だ、駄目だよぅ!! そ、そんな破廉恥な事許さないんだから!!」
うなじにしっかりとしがみついたまま抗議するサンベリーナ。
流石に、出てこないだけの自制心は残っている――訳でも無く、単に春花のうなじから離れたくないだけである。
「すべすべ、もちもち、あったかふわふわ」
遠慮無しに撫でて揉むシャーロットに、春花はヘルメットの中でとても嫌そうに顔を歪める。
「だ、駄目ったら!! あ、後で道下さんに言いつけるからね!!」
「構わない。それだけの価値がある」
沙友里に怒られてでも春花の太腿を触りたいシャーロット。
それに、結局怒られるのであれば触った方が得だとも考えている。
「き、きーっ!! 許さないんだから許さないんだから!! い、今直ぐ離してよぅ!!」
「お断り、もーしあげます」
「駄目ったらー!! もうっ!!」
春花なんて放っておいてぎゃーぎゃー騒ぐ二人。
好き勝手している二人にげんなりしながら、春花は少しだけバイクの速度を速めた。
この後信号に掴まる事無く、少しでも早く対策軍へ着きますようにと願いながら。




