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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第1章 漁港の王様

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異譚21 人として

 もし、もし仮にアリスが見た光景が異譚支配者が変貌する前の、人としての姿であるのならば、異譚支配者の相手を他の者に任せてはいけない。


 彼女達は、魔法少女達は何も間違えてはいない。異譚が人々にとって悪であるからこそ、異譚を広げる原因となっている異譚支配者を倒さなければいけない。


 それは決して間違えてはいない。アリスもその事を否定しようとは思わない。


 けれど、アリスは知ってしまった。異譚支配者が人間である可能性を。そして、覗いてしまった。その人間の人生を。


 人生。過去。思い出。その全てが、アリスに欠落している。


 アリスには、有栖川春花には、二年から前の記憶が欠落している。


 だから、アリスに過去は無い。思い出も、在りはしない。


 家族も居なければ、友人も存在しない。


 アリスが持っていないものを、異譚支配者である彼は持っている。


 それは人として当たり前の事であり、彼にとって大切なものである事は明白であった。


 だからせめて、事情を知ってしまったアリスだけは、名も知らぬ彼を一人の人間として倒す。異譚支配者としてではなく、人として向き合う。その責任がアリスには在るのだ。


 誰もついて来られない速度で空を駆け、ヴォーパルソーズを駆使して戦う。


 乱暴に戦うのは、他の誰にも手を出させないためだ。人として向き合えるのがアリスだけであるのならば、この異譚支配者とはアリスが戦うべきなのだから。


 しかし、そこに思いもよらない横槍が入る。


「クッキーより柔いわねぇ!!」


 瓦礫の壁を蹴り壊し、燃える具足で異譚支配者を蹴り飛ばすロデスコ。


「――っ、ロデスコ……」


「あーら御免遊ばせ?」


 厄介なのが追いついたと、アリスは心中で舌打ちをする。


 ロデスコはアリスを見上げると、いつもの不敵な笑みを見せる。


「お手をどうぞ下手糞ステップの我が儘お姫様。このアタシがエスコートして差し上げるから」


「必要無い」


 ロデスコの言葉をばっさりと切り捨てれば、ロデスコは笑みを潜めてふんっと鼻を鳴らす。


「なーに焦ってんだか知らないけど、アンタの戦い方危ねぇのよ。アンタ、敵味方関係無く殺すつもり?」


「殺されたくなければ下がれば良い。私の戦い方について来られないようなら、その程度って事」


「じゃあアタシは下がらないわよ。その程度(・・・・)の下手糞ステップなら余裕で付いて行けちゃうから」


 挑発的に言うロデスコに、アリスは斬撃の大剣を振るう。


 アリスが放った斬撃はロデスコ――ではなく、ロデスコに迫る瓦礫の礫に放たれていた。


 ロデスコは焦った様子も無くアリスを見ている。はなから、アリスが自分に向けて攻撃をしない事を分かっていたのだ。


 アリスは高速でロデスコまで迫り、ロデスコの前に着地する。


 そして、異譚支配者を指差しながら言う。


「あの()は優しい人だった。人を陥れず、人を憎まず、友人と楽しく酒を飲み交わして、自分の大切な家族を愛している、普通の優しい人だった」


「なに言ってんの……?」


「さっき、私がやられる前に頭に流れて来た。多分、異譚支配者の記憶」


「……って事は、アイツも元人間って事ね」


 特に驚いた様子も無く、ロデスコは異譚支配者を見る。


 すんなりと受け入れた様子のロデスコに、アリスは驚きで思わず目を見開く。


 そんなアリスを見て、ロデスコの方もびくっと驚きで身を震わせる。


「うわっ、なにその顔……初めて見たんですけど……」


「……信じて貰えるとは、思って無くて……」


「アンタがこんな状況で嘘吐く必要無いでしょ」


「それは、そうだけど……」


「まぁ、なんでこのタイミングでってのは――ちっ、無粋にもほどがあるわね!!」


 ロデスコは即座にアリスを抱え、爆速で走り出す。


 ほんの一瞬だけ体内に生じた違和感。魔力に干渉してくるような感覚に、ロデスコは即座にアリスの話を思い出して動き出した。


 アリスを抱えたまま走るも、直ぐにロデスコはアリスを上へ投げる。


 投げられたアリスはロデスコに並んで空を飛ぶ。


「それで! なんで今その話した訳!」


「あの人の過去を知ってしまったからには、私はあの人を人として殺す(・・・・・・)。その邪魔をしてほしくなかった」


「アンタ……馬鹿言うんじゃ無いわよ! アレはもう化物よ! 他の異譚生命体もそう! 化け物に成ったからにはもう人じゃないの! アタシ達はそこまで(・・・・)背負う必要なんて無いのよ!!」


 もし仮に、元人間の異譚生命体を人として見て、人を殺しているとみなしているのであれば、魔法少女は皆殺人を犯しているという事になる。


 異譚によって家族や友人を失った者の中にはそういった主張をする者が存在する。魔法少女は治る可能性のある者を殺して回る殺人狂だと。


 実際、異譚による侵食が軽度であれば異譚の外に出られれば元に戻る。けれど、完全に侵食されてしまえばもう二度と元に戻る事が出来ない。


 そういった者は殺す他無い。暴れ回り、新たな被害を生むだけの化け物なのだから。


 異譚を終わらせれば異譚被害が終わる訳では無い。残った異端生命体の殲滅も魔法少女の仕事であり、異譚と現実を隔てる暗幕が無くなればそういった汚れ仕事(・・・・)を見られてしまう。


 自分達が人殺しだと認めてしまえば、そういった主張をする者達の都合の良い攻撃の材料になってしまう。


 それに、誰だって自らが人殺しなど認めたくは無いだろう。


 世界を救っているはずなのに、人を殺さなければいけないだなんて業を背負いたくはない。異譚生命体に元人間が混じっている事は覆しようの無い事実であり、どうしようもない現実だ。


 化け物になってしまった人間を介錯しているという気持ちは、全魔法少女が持つものだろう。救えないのであれば、その人が誰かを手にかける前に化け物としての生を終わらせる。そのつもりで、全員戦っているはずだ。


 だから、ロデスコの主張が尤もであり、きっとロデスコの考え方の方が正しい。


 けれど、アリスは知ってしまった。それを知らんぷりできる程、アリスは酷薄ではない。何も知らなければ、きっと知らんぷり出来たのだと思う。いつも通り、元人間を介錯している。そういう気持ちで戦えたのだろう。


 その人の過去を、人柄を知るのが、こんなに辛いとは思わなかった。


 胃の中が熱くて気持ち悪い。もし吐く事を許されるのであれば、アリスは今すぐにでも胃の中の物を全て戻してしまう事だろう。


 人を相手にしているという思いが一層強くなった。


 だからこそ、向き合いたいのだ。逃げたく無いのだ。相手が化け物だからと、世界を壊す存在だからと、逃げたく無いのだ。


 静かな声音で、アリスが言う。


「相手の事を思えなくなったら、魔法少女(私達)は兵器になってしまう」


「……っ! そうよ!! アタシ達は兵器じゃない!! アタシ達はね、人間なのよ!! だからこそ、背負えるモンにも限界が在るの!! 背負うモンと背負わないモンくらい選びなさいって言ってんのよアタシは!!」


 本気の怒気を孕んだロデスコの声。


 今までで一度だって見た事の無いロデスコの本当に怒った表情に驚きを隠せないアリス。


「アンタはすっこんでなさい!! 英雄だからって、何でもかんでも背負えると思わない事ね!!」


 吐き捨て、即座に方向転換。


 爆速で異譚支配者に肉薄するロデスコ。


 迫るロデスコに、初めて傷を負った異譚支配者もようやっと本気の攻撃を見せる。


 瓦礫の礫と同時に、地面から土の柱が突き出る。


「甘いっつうの!!」


 それを、華麗な脚運び(ステップ)で回避するロデスコ。


「終われぇッ!!」


 恐ろしい程の速度で迫るロデスコの蹴りが異譚支配者に突き刺さりそうになった――その瞬間、瓦礫の玉座が盛り上がり異譚支配者を上へ上へと押し上げる。


「なっ!?」


 ロデスコの蹴りは瓦礫の山を抉るに留まった。異譚支配者は未だ健在である。


「下がってロデスコ!!」


 アリスの声を聞いて、咄嗟に後方へと飛び退るロデスコ。


 直後、ロデスコの居た場所に黒いタールのような液体が、まるで意思を持ったように飛び掛かる。


「なによあれ!」


「敵」


「んなのは知ってんのよ!!」


 二人が言い合っている間にも、異譚支配者の乗る瓦礫の山は意思を持つように形作られていく。周囲の瓦礫が一人でに動き、広範囲に形作られる。


それはまるで、王の玉座の様であり、神殿の様でもあった。


 瓦礫の幾つかが異譚支配者の頭に収まり、まるで王冠のようにそこに鎮座する。


「時は満ち、腹も満ち足り」


 いつの間にそこに居たのか、玉座の後ろから人型の老人が姿を現わす。


「後一口、お楽しみくだされ」


 老人の言葉の後、異譚支配者は老人をむんずと掴むと、何の躊躇いも無く老人を飲み込んだ。


 直後、異譚支配者から大量の魔力が発生する。それは衝撃波となり、全てを薙ぎ倒す勢いで放射状に放たれる。


 建物も、人も、魔法少女も、異譚生命体も関係無く吹き飛ばされる。


「……!!」


 が、アリスは衝撃波を斬撃で相殺する。


 ロデスコは即座にアリスを盾にして衝撃波をやり過ごす。


「……卑怯」


「あら、信頼してるのよ英雄様」


「……心にもない事を」


「実力は認めてんのよ。それより、アレどうすんの? アレが人間だって、まだ言う気?」


「……」


 狂気を孕んだ眼が真っ直ぐにアリスを貫く。


 そこには確かな知性が見られるけれど、優しさの欠片も見受けられなかった。


「それでも、元は人だから」


 けれど、アリスの考えは変わらない。


 知ってしまった事を無視する事など出来ない。


「私は、私が正しいと思うように戦う」


「……剣、鈍らないんでしょうね?」


「うん。此処じゃまだ、死ねないから」


「……はぁ。ほんっとうに我が儘ね……」


「知ってる」


「なおさら手に負えないっつうの。……まぁ、英雄様だものね、アンタ」


 呆れたように、諦めたように、ロデスコは溜息を吐く。


「もう好きになさい。けど、アタシも戦うから。アンタの剣が鈍ったらアタシが容赦無くかっさらうからね」


「それでも良い。異譚の終結が最優先だから」


「冷めてんのか熱いのか、わっかんないわねアンタ……」


 アリスが斬撃の大剣を構え、ロデスコが炎の具足を鳴らす。


「んじゃ、被害が広がる前に片付けましょ」


「うん。これ以上、被害を出す前に」


 同時に、二人は駆けだした。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アリスのぎこちなさ?とロデスコの押してくる感じの関係が良き。
[良い点] あーだこーだ言い合いながらも、ある意味お互いに信頼していて、とても良い関係……尊いです。
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