異譚21 非公式の作戦
この場に居る全員が、先のヴルトゥームとの戦いの凄惨さを憶えている。
忘れられるはずが無い。街一つ簡単に支配し、街一つを簡単に破壊できる相手だ。戦いに出撃していなくとも、忘れられる訳が無い。
確かに、異譚の発生が無い中での魔法少女への異常なまでの排斥運動には違和感を覚える。加えて、全員が見たという共通夢もまた、偶然と片付けるには疑問が残る要素ではある。
だが、上位存在の関与を裏付けるだけの根拠が無い。
根拠の無い捜査は違法捜査であり、公的機関である対策軍が取れる行動では無い。
「分かった。潜入捜査を許可しよう」
しかして、綾乃はあっさりと春花の潜入捜査の許可を出した。
「よろしいのですか? 違法捜査ですよ?」
「ああ、良いとも。だが、対策軍は関与しない。それは勿論君もだよ。春花」
「分かってます。変装して現地に赴きます」
春花も一応は対策軍の関係者だ。ショッピングモールでの騒ぎの事もあるので、有栖川春花のままで赴くのは危険だろう。
そう思って、思い立ったその日の内に化粧用品は買い揃えてある。
許可を得ても居ないのに買い揃えているのは、許可が下りずとも一人で潜入捜査を行うつもりで居たからだ。
このように許可を得るための提案書を作成したのは、保険としての人員を確保したかったからだ。
アリスとして赴く事が出来ないため、春花は生身で赴く必要がある。アリスであればいざ知らず、春花の状態では出来る事の制限が多すぎる。
魔法少女である以上、生身での戦闘訓練は行っており、常人よりも遥かに戦闘行動には慣れているけれど、怪物相手に何処まで戦えるかは定かではない。
確実に作戦を遂行するためには隠密行動に長けた魔法少女の援護が必要不可欠だ。
「人員は君に任せる。ただ、非公式の作戦だからね。連れて行けるのは二人までだ」
「十分です。ありがとうございます」
「それと、銃の携行も許可しよう。だが、異譚やその他人類を脅かし得る存在との接触が無い限りはどんな状況だろうと使用は認めない」
日本では、個人での銃の携帯は出来ない。つまり、銃を持っているだけで銃の所持を許された公的機関に所属していると明言しているようなものだ。
「何処にどんな目が潜んでいるか分からないからね。慎重に頼むよ」
「はい」
「うむ。では、よろしく頼むよ」
「はい」
頷き、了承を得たところで春花は会議室を後にする。
「道下担当官。この作戦立案書の処分を頼む。世に残せないから、跡形もなく消し去っておくれ」
「分かりました」
綾乃に促され、沙友里は全員分の作戦立案書を回収する。
「議事録は適当にまとめておいてくれ。クルールー教団への対策の提案書というていで良いだろう。春花から偽の提案書も受け取った事だ、上手く使ってくれたまえ」
記録に残せない会議になるので、偽の提案書を予め作成しておいた。使う使わないは上の判断に任せるけれど、念には念をと準備をしておいたのだ。
「よろしかったのですか?」
「構わないさ。強制捜査に踏み切る準備はしていたんだ。それに、背後に人間以外の何者かの存在が居るとさえ分かれば、後はどうとでもなる」
対策軍には人類を護るという大義名分がある。多少強引な手だろうとクルールー教団の背後さえ暴けば、後付けの理由でどうとでも取り繕える。
それに、対策軍がクルールー教団の支部を離れた位置から調査した時に、微量だが魔力を感知したという証言が多数報告されていた。
魔法少女が魔力を有しているのは周知の事実だけれど、魔法少女適性の無い人間も微量だが魔力を有している。それは魔法少女でも近距離でようやく感知できる程微量な魔力量だけれど、極稀に遠くからでも感知できる程に魔力を有している人間もいる。
そういう者は魔法少女の適性があったり、直前に異譚に巻き込まれその魔力の残滓が残っていたりと様々なのだけれど、魔法少女に感知出来る程の魔力量を有しているという人間は確かに存在しているのだ。
その程度の魔力量であったため、強制捜査に踏み切るには証拠能力が足りない。
「クルールー教団の活動も日に日に過激になっている。後少し被害が大きくなれば、強制捜査に踏み切れるからね。魔法少女は国防の要だ。それに危害を加えようとするのであれば、色々けちをつけて国家転覆罪まで持って行ったって良い」
順当に行くのであれば、相手がしてはいけない事のラインを超えるのを待つしかない。
それはつまり、誰かが取り返しの付かない被害を受ける可能性が在ると言う事だ。
組織の運営が第一とはいえ、国のために命を懸けている少女達にくだらない事で傷付いて欲しくは無い。魔法少女が傷付く場所は異譚だけで良い。
だからこそ、違法であっても春花の潜入捜査を許可したのだ。
「まぁ、春花が感情的に潜入捜査を提案していたのであれば、許可はしなかったけどね。考えがあって、冷静に調査が出来る見込みがあったからこそ許可を出したのさ」
ドライに見えて、最近のアリスは良く誰かを気に掛けている。芽生え始めた相手を気遣うという感情に歯止めがきかなくなって、暴走気味に潜入捜査を提案しているのであれば釘を打つつもりだった。
春花と一番心の距離が近いのが朱里だと綾乃は見ている。だからこそ朱里の話を引き合いに出してみたのだ。
が、反応はいつも通り。冷静である事は嬉しくもあるが、感情の機微がまだ小さい事は寂しくもある。
「さて、春花がどう転んでも言いように私達も準備を進めておこうじゃないか。可愛い娘達の尻拭いは、親である私達の役目だからね」
にこやかに言う綾乃に、沙友里がぼそりと呟く。
「年齢的には孫娘では……」
「何か言ったかな、道下担当官?」
「いえ、別に」
御年七十三歳の圧を受けるも、いつもの事と沙友里はさらりと受け流す。
じとっとした目を沙友里に向けるも、会議を終わらせるためにおほんっと一つ咳払いをして全員に視線を巡らせる。
「ともあれ、皆行動に移してくれたまえ。春花がどんな情報を掴んでくるかで動きが大きく変わる。臨機応変に動けるように備えておくように」
綾乃の言葉に、全員がはきはきとした声で返す。
「好き勝手してくれたんだ。徹底的に叩いてやろうじゃないか」
にやりと獰猛に笑みを浮かべる綾乃。少女の顔ながらも、そこには確かな老獪さが窺えた。




