異譚15 大いなる神の教団
異譚の発生も無く、世間は平和な夏休みを過ごしている――と、なれば良いのだけれど、実際は世間には不穏な空気が流れていた。
というのも、最近、以前にも増してクルールー教団の活動が活発になってきているのだ。
街宣車での宣伝活動、街頭での魔法少女制度廃止の署名活動、対策軍本部前でのデモ活動等々、各地で頻繁に活動を行っているのだ。
結果、魔法少女達は外出するのにも気を遣うはめになり、せっかくの夏休みだというのに十分に楽しめないでいた。
「いや、どー考えてもおかしいでしょ」
対策軍、童話組のカフェテリアにて、不満げな表情で紅茶を飲む朱里。
「数増えすぎじゃない? 何処に行っても教団の信者ばっかり。買い物だって行けやしないわ」
皿に乗っているクッキーを摘まみ、乱暴に口に放り込む。
「確かに、見かける頻度が上がったわね」
「……被害も、出てるらしい……」
詩がタブレット端末を操作して、画面を見せる。
そこには、クルールー教団による魔法少女襲撃の被害報告が数件上がっていた。
被害と言っても、直接的な暴力などでは無く、動画を撮影しながら無理矢理インタビューをしたり、魔法少女を見かけたら大声で非難をしたりなど、嫌がらせのようなものばかりだ。
それでも、魔法少女に変身しない限りは生身の人間である。今後、更に過激な抗議活動が行われれば、少女達に実害が出る可能性もある。
それに、直接的な危害でなくとも、大勢に詰め寄られたり、非難の声を掛けられたりすれば恐怖を感じるだろう。
「流石に、度が過ぎれば通報はされてるみたいねぇ」
「だから安心って訳でもないでしょ。こういう連中のやっちゃいけない事のボーダーはかなり緩いわよ」
心底から嫌悪感を露わにする朱里。
朱里の過去を知る者は、童話ではアリスと沙友里のみだ。自分から言いふらすような事ではないし、童話の面々は過去に傷を抱える者が多いので無理に聞き出そうとはしない。
だが、朱里の実感の籠った言葉に、こういう団体とは浅からぬ因縁がある事は窺い知れた。
「それに、度が過ぎなければ何も出来ないってのも問題だわ。その間ずっと野放しって事なんだから」
「色々規制はされてるみたいだけどね。違反行為でも、直接的な攻撃とかじゃ無かったら、躊躇無く行うっぽいし……」
「ていうかそもそも! なんで世界を救ってる魔法少女が責められる訳!? そこが一番おかしいでしょうに!」
ふんがーっと、苛立たし気に憤慨する朱里。
命懸けで人々を救っているのに悪者呼ばわりされ、害意に晒されている。何も知らないくせに好き勝手言い、こちらが手を出さないのを良い事に非常識極まりない行動に移る。
「はぁ……プールも海も夏祭りもぜーんぶお預けとか……最悪の夏休みよ、まったく……」
溜息を吐いてテーブルに突っ伏す朱里。
折角の夏休みなのだ。魔法少女である前に一人の少女として、夏を満喫したいと思うのは当たり前の事だろう。
加えて言えば、朱里は外出や季節の行事が好きなので、人一倍フラストレーションが溜まっている。
現在、魔法少女達はクルールー教団を刺激しないように、外出を必要最低限に控えている。朱里のように外出が好きな者でなくても、必要以上に制限をされればストレスは溜まる。
対策軍内は今、クルールー教団への不満が溜まりに溜まっている状態である。
早急に手を打たなくてはいけないのだけれど、相手が異譚では無いので警察に任せるしか出来ないのが現状だ。
朱里がぶーたれていると、カフェテリアの扉が勢いよく開かれる。
「おはようございまーす!」
「おはようござますッス!」
元気よく入って来たのは餡子と瑠奈莉愛の最年少コンビである。
二人が入って来ると、テーブルに突っ伏していた朱里はゆっくりと起き上がり、いつもの調子で挨拶をする。
「おはよう。今日も元気ね、アンタ達」
いつもの余裕を持った年長者の笑みを浮かべる朱里。
不安よりも不満が勝っている朱里は良いけれど、餡子と瑠奈莉愛はそうもいかないだろう。二人が不安を抱かないように、二人が居る間はクルールー教団関係の話題は上げないし、不満を見せるような仕草もしない。
それは朱里だけではなく、先輩である全員が同じである。
詩はタブレットの情報を閉じ、笑良は二人を座らせた後にお茶を淹れに行き、白奈は優しい笑顔で二人に話しかける。
因みに、カフェテリアにいない面々は訓練をし、春花は事務室で事務仕事をこなしている。チェシャ猫は春花の頭の上で居眠りをしている。
事務室でぱちぱちとパソコンを打っている春花は、合間にコーヒーを飲みながら考える。
異譚の発生が無く、アリスの戦績をまとめる必要が無いので、今はクルールー教団についての情報を集めている。
いつ発足したのか、いつ頃から過激化したのか、普段はどういう行動をしているのか、どういった人間が関わっているのか。
クルールー教団は最近発足されたけれど、クルールー教団となる前の前身があるらしく、そちらでは『大いなる神の教団』と名乗っていた。クルールー教団の公式サイトによれば、前身の発足は古く、数百年も前に発足されたらしい。ただ、カルト教団の言う事なので、どれだけ信憑性が在るかは分からない。
「大いなる神……」
それでも、神という言葉には引っかかりを覚える。
神のような圧倒的な力を持つ存在を春花は知っている。
前身で神という言葉が使われているあたり、まったく無関係では無いようにも思えるけれど、調査をしていない以上確証は無い。
やはり、ネットで調べるくらいでは信憑性の高い情報は得られない。
「……よし」
春花は一つ腹を決める。
これが、ただの人間による行いであれば良い。けれど、もしも背後に誰かが居るのであれば、それを暴かなければこの事態は収める事が出来ないだろう。
このまま手をこまねいていても埒が明かない。多少危険でも、行動に移すしかない。
その日、春花は仕事を切り上げ、買い物をしてから帰宅した。
今回の事、きっと知られれば怒られるだろうなと思いながら準備を進めた。
怒られるのは嫌だけれど、皆が嫌な思いをするのは、もっと嫌なのだ。




