異譚14 市民プール 2
競泳用プールから上がり、流れるプールへと向かえば、ぷかぷかと浮いている詩を発見する。
二人は流れていく詩を無視して、詩の近くで一緒に流れていた笑良の元へと向かう。
「早かったね。春花ちゃん、泳げた?」
「割と泳げたみたいです」
「そう。良かった。せっかく行くんだもの、泳げた方が楽しいわよね」
笑良は自然に春花の手を取って、流れに乗りながら春花の手を引く。
春花は引かれるまま身体を浮かしてゆっくり泳ぐ。
「そう言えば、双子は?」
「遊具の方で遊んでるわよ。ほら」
笑良が視線を送れば、そこには子供達と一緒に遊ぶ唯と一の姿があった。
二人は子供を遊具に乗せたり、手を引いて泳ぐ練習をさせたりしている。
「二人共、子供に好かれやすいからね。面倒見も良いし」
「ちょっと大きい同類だと思われてんでしょ」
唯と一は童話の魔法少女の中でも背が低い方であり、フラットな体型をしているので一見すると子供っぽい印象がある。
そのため、子供に好かれやすく、よく出先で子供の相手をしている事が多い。
「……嫉妬、してる……?」
ぷかぷかと浮いている水死体――ではなく、詩が春花のラッシュガードに掴まりながら朱里に言う。
「なんでアタシが嫉妬しなくちゃいけないのよ」
「……だって、子供人気、童話で最下位……」
「ろですこ、こわい。だもんねぇ」
「ちょっと! 嫌な事思い出させないでくれる?!」
以前実施された、子供達に人気な魔法少女のアンケートがあり、童話の魔法少女――当時は瑠奈莉愛と餡子は未入隊なので計測はされていない――の中では最下位を記録してしまったのだ。
童話、花、星の全体で計測したので、投票されていない者もいたけれど、童話は全員に票が入れられていた。
唯と一、みのり、笑良など優し気で可愛らしい魔法少女が上位に行く中、アリス、白奈、詩は中間くらい。詩は歌手としても知れ渡っているので、その知名度もあって若干アリスと白奈よりも上ではあった。
珠緒は態度が悪いので票は少なかったけれど、それでも童話で最下位を取る事は無かった。だが、珠緒が嫌いなのはあくまで同年代や大人であり、小さい子供にはある程度態度は軟化する。そのため、少ないが票が入っていたという訳だ。
そして、そんな珠緒よりも子供達からの人気が無かったのが朱里である。本当に僅差で珠緒よりも少なく、最下位という形にはなったものの、それでも最下位は最下位。
珠緒に滅茶苦茶馬鹿にされ、他の童話の魔法少女達からもいじられる始末。
言い訳をするのであれば、朱里の魔法少女としての恰好は可愛いというよりも格好良いという側面が強い。自身の武器である具足はごつく、攻撃手段も蹴りと荒々しい。
どちらかと言えば、女児よりも男児の方に人気があり、子供よりも大人の方からの人気が多い魔法少女なのである。
最下位というだけでいじられはしたものの、それ以上に子供から寄せられたコメントが更にいじられる原因になっていたりもする。
人気投票は対策軍側の資金調達のイベントでもある。投票自体はネットと各地域の会場にて行われ、会場では物販やライブなどの催し物もある。
テレビ局や人気配信者なども参加しており、投票した子供達にもインタビューをしていた。
その中の一人の子供に、アナウンサーがインタビューをしたのだけれど――
「誰に投票するのかな~? アリス? それとも、ロデスコ?」
「ありす。ろですこ、こわい」
――と、インタビューをされた女児がコメントをしたのだ。
そのコメントは瞬く間にネットで拡散され、『ろですこ、こわい』がトレンド入りし、インタビューを切り抜いた画像は一瞬でネットミームになってしまった。
世間から完全に玩具にされてしまった朱里は怒り心頭ではあったものの、そんな事で抗議をしても更に悪印象になるだけなので、ちまちまとイメージアップの仕事を請け負ったりもしていた。
ともあれ、『ろですこ、こわい』のフレーズが面白く、そのせいで余計に仲間内でからかわれたのだ。
「ったく、アタシのどこが怖いって言うのよ。こんなに可愛くて優しい魔法少女、そうそういないっつうの」
ぶつくさと文句を言う朱里を尻目に、詩は春花に視線をやる。
「……春ちゃん的に……」
「春ちゃん……」
「……朱里は、可愛い……?」
詩の問いに春花はまじまじと朱里を見る。
二人の会話を聞いていた朱里は、むすっと眉を寄せながら春花を見やる。
「可愛いわよね、アタシ? ていうか可愛い以外の答え聞きたく無いんだけど?」
ずずいっと顔を寄せて圧をかける朱里。
暫く考えた春花は、ゆっくりと口を開く。
「分からない」
「分からないって何よ! こんなに可愛いでしょうが!」
怒ったように言いながら、朱里は春花の頬をむにっと掴む。
春花としては、まだそこら辺の感性が伴っていない。
チェシャ猫や小動物を可愛いと思う事はあるけれど、他人を可愛いと思う事は特にない。だが、それは決して他人に対して魅力を感じていない訳では無い。
春花は外見的な事よりも、内面的な事を見る傾向にある。そのため、内面的な良さであればすらすらと言えるのだけれど、外見的な良さを聞かれると素直に分からないと言わざるを得ない。
そういった事情を理解しているチェシャ猫が居れば、三人に説明をするのは容易だけれど、悲しいかなプールに動物は連れ込めないのだ。
四人でわちゃわちゃしていると、不意にプールの施設外からスピーカー越しの音声が聞こえて来る。その音声は徐々に大きくなっていき、遠くからこちらに近付いてきている事が伺える。
『我々は、クルールー教団です。我々は、魔法少女の魔の手から皆様を護り、真なる平和を作り上げる事を目的とした――』
ゆっくりと移動する街宣車のスピーカーから、録音したであろう音声が響き渡る。
一瞬、プール内の空気が凍るも、直ぐに何事も無かったかのように賑わいを取り戻す。
念のため春花達はクルールー教団に目を付けられないように静かにして音が遠ざかるまでやり過ごす。
「最近活発になって来たわね」
「そうね。街中で絡まれる事もあるみたいだから、気を付けないとね」
ショッピングモールの一件から、という訳では無いけれど、クルールー教団の活動が活発化してきている。
「アンタも、一応気を付けなさいよ。対策軍の関係者である事に変わりは無いんだから」
「うん」
「あ、ごめん。ほっぺ引っ張ったままだったわね」
ぱっと頬を掴んでいた手を離す朱里。
「さっ、暗い話は止めましょう。休暇に仕事を持ち込まないのが一流よ」
「そうねぇ。せっかくのプールだもの。楽しまなくっちゃねぇ」
クルールー教団の話題を即座に切り上げ、四人はプールを堪能する事に。
ひとしきり遊んだ後はお昼ご飯を食べて解散となった。
後日、市民プールに六人で行ったと知ったシャーロットとみのりがぎゃんぎゃん騒いで抗議したけれど、それはまた別のお話。




