異譚9 財布は遅れてやって来る
変な輩に絡まれて、春花達は少しの苛立ちはあれど、ままある事なので特に気にした様子も無い。
だが、上狼塚家の者達には初めての事だった。当たり前と言えば当たり前だ。矢面に立ち、世間の批判なども受ける魔法少女であればいざ知らず、瑠奈莉愛以外は一般人だ。今回のような事に巻き込まれる方が稀である。
折角の楽しい時間に嫌な形で水を差され、子供達はすっかり意気消沈してしまっている。ご飯を食べる手もゆっくりである。
「ごめんね。僕、用事が在るから失礼するね」
そんな中、早々にご飯を食べ終えた春花が席を立つ。
「あ、そうなんッスね。お気をつけてッス!」
「うん」
「ひ、一人で帰れる? わ、わたしも付いて行こうか?」
「大丈夫」
送り狼の提案を柔らかく断り、春花はそそくさと帰っていった。
「あの方、美し。知り合い?」
「あれ。アンタ会った事無いっけ?」
「うい。初めまして、です」
「そっか。じゃあ挨拶……は、しなくて良いわ。アンタ紹介しても百害あって一利ないし」
「? 何言ってんだー? 日本語で、話せー?」
「アイツに近付くなクソ兎、って事よ」
「やなこったパンナコッタ。美しの、全部ワシの」
べろべろべーっと朱里を挑発するシャーロット。
子供じみた挑発をしてくるシャーロットに、呆れたような顔をする朱里。
「ほんっと、アンタ見境ないわね」
「のんのん。ワシ、素晴らしいにっぽんご学びました。ワシにピタリです」
「何よ。言ってみなさい」
朱里が促せば、シャーロットはきりっと決め顔で答える。
「博愛」
「アンタのは博愛じゃ無くて偏愛よ、このお馬鹿。……いや、偏愛じゃ無くてただの変態か」
「のんのんのんの! ワシ、もう一つすんばらしいにっぽんご学びました」
「どうせろくな日本語じゃないでしょうけど聞いてあげるわ。何よ?」
朱里が促せば、シャーロットはもう一度決め顔で答える。
「変態紳士」
「アンタちゃんと日本語教室通いなさい。今ならまだ間に合うから」
「そもそも、シャーロットは女の子だから変態淑女よね」
「あ、あの! 子供達の前で、へ、変態変態って言うの、いかがなものかな?」
みのりに注意され、三人は我に返る。
普段通りの姿を子供達に見せようとして、ついつい自然体になり過ぎてしまっていた。
こういう時、下手に『大丈夫?』と声を掛けてしまうと子供達はより先程の事を気にしてしまう。
「はぁ……まさか、みのりに正論を言われるだなんてね……」
「ええ。私達の中で最も非常識な子なのに……」
「ワシ、ちっとショック」
「わ、わたし常識人だよ!? そ、それに、シャーロットには絶対に言われたくないかな!?」
いつも通りの雰囲気を醸し出しながら、四人は子供達の様子を窺う。
しかして、子供達の反応は薄く、しょぼしょぼとご飯を食べ続けている。
訳も分からず怖い目に遭ったのだ、直ぐに直ぐいつもの調子には戻れないだろう。
意気消沈している妹弟達を見て、瑠奈莉愛もしょんぼりとしてしまっている。
良い思い出を作ってあげたくてショッピングモールまで来たのに、妹弟達に怖い思いをさせてしまった。例えそれが不可抗力であったとしても、此処まで連れて来たのが自分である事に変わりはない。
その後は、子供達や瑠奈莉愛に声を掛けながら、何とか昼食を終わらせる事が出来た。
普段であれば昼食にそんなに時間は掛からないけれど、皆の手がゆっくりだったので少しだけ時間が掛かってしまった。
「それじゃあ、自分達は帰るッス」
ご飯が食べ終わればショッピングモールに用は無い。瑠奈莉愛は妹弟達を連れて帰ろうと席を立つ。
「ちょい待ち。アンタ達、この後時間あんの?」
「一応、予定は無いッス」
「そ。じゃあ、もう少し待ちなさい」
「? 何かあるッスか?」
「もうそろそろで……って、ジャストタイミングね」
朱里がそう漏らしたのと同時に、フードコート内が騒然とする。
「お待たせ」
凛と澄んだ声。
瑠奈莉愛は、この声を知っている。
振り返れば、そこには予想通りの人物が立っていた。
「アリス先輩!」
「キヒヒ。猫も居るよ」
後ろに立っていたのは、頭にチェシャ猫を乗せたアリスだった。
「アリス!」
「ありす!」
アリスを見た年少組は嬉しそうにぱあっと笑みを浮かべると、席を降りてアリスに駈け寄り、ぎゅっとアリスに抱き着く。
アリスは子供達の頭を撫でながら、瑠奈莉愛を見る。
「話は聞いた。大変だったみたいだね」
「う、うッス。あ、いや、そんな事は、無かったッスよ」
心配させないためか、誤魔化したように笑う瑠奈莉愛。
けれども、春花もこの場に居たのだ。それで誤魔化せる訳が無い。
「無理をする必要は無い。貴女は長女だけど、私達の中では一番後輩。素直に甘えると良い」
出来るだけ優しい声音でアリスが言えば、最初は笑みを浮かべていた瑠奈莉愛も次第にくしゃっと顔を歪め、ぽろぽろと涙をこぼす。
「あ、アリスせんぱぁい……!」
ついに堪えられなくなった瑠奈莉愛は、アリスに抱き着いてわんわん泣き出してしまう。
「よしよし」
瑠奈莉愛は、ただ妹弟達を楽しませたかっただけなのだ。ただそれだけの事なのに、そんな簡単な事なのに、それが出来なかった。
悔しくて悲しくて、本当はずっと泣き出したかった。
朱里達も瑠奈莉愛の心中はある程度察してはいたものの、一緒に巻き込まれてしまった手前、瑠奈莉愛が素直に甘えてこない事は分かっていた。先輩達も同じ目に遭っている。それなのに、自分が甘えて良い訳が無い。
周りをよく見ていて、相手の気持ちを汲む事が得意な瑠奈莉愛だからこそ、そこで我慢を選んでしまった。
それに、妹弟達の前で泣く訳にはいかない。長女なのだから、しっかりとした姿を見せなくてはいけない。
そんな気持ちが瑠奈莉愛の中にはあったのだ。
きっと、アリスが来なければ家に帰ってから妹弟達にバレないように一人で泣いていただろう。
けれど、アリスがわざわざ来てくれて、優しい言葉をかけてくれた事が嬉しくて我慢が限界に達してしまったのだ。
「やっぱり我慢してたわね。流石はお姉ちゃん。偉いわね」
朱里は瑠奈莉愛の心中を察して、アリスに変身して戻ってきなさいと春花に指示を出していた。
悔しいけれど、アリスという存在は童話の魔法少女にとって大きい。それに、アリスが上狼塚家で家を直したり、子供達と一緒に遊んだという話は瑠奈莉愛から聞いていた。
知らない魔法少女よりも、アリスが来た方が子供達も喜ぶだろうと考えたのだ。事実、子供達はアリスを見て大喜びだ。
わんわん泣く瑠奈莉愛の背中を撫でながら、アリスは朱里を見る。
「財布一号、現着した。朱里、白奈、みのり、変態、散財の準備は良い?」
「アンタ一人で足りる気もするけど……まぁ、こういう時は割り勘よね」
「わざわざ呼びつけたんだから、当然割り勘」
「それじゃあ、折角だし皆も呼ぶ?」
「い、良いと思うよ! そ、その方がきっと楽しいし!」
「うい。財布が増える。増殖バグ」
流れるように財布を増やす意見が採用される。因みに仲間を呼ぶ事に他意は無い。割り勘の母数が増えれば払う金額が少なくなるとか、そういう事は一切考えてはいない。
非常識にお金を使うような事は考えていない。あくまで、子供達が楽しめるくらいの散財だ。
それは、全員分かっている事である。
「それでは、お財布部隊。作戦開始」
朱里→一人っ子
みのり→一人っ子
白奈→妹と年が近い
シャーロット→変態
なので、子供のあやしかたを知らないのでアリスが来るまでひよってたという事実




