異譚7 人間国宝
瑠奈莉愛達に連れていかれた二人に追い付いた朱里達は、丁度お昼時という事もあってフードコートへとやって来ていた。
「世話になったからね。奢るわよ、みのりが」
「わ、わたしぃ!?」
「当たり前でしょ。貴女が勝手に有栖川くんを連れて行った結果、面倒ごとに巻き込まれたんだから」
「わ、わたしのせいじゃないよぅ! あ、あの人達が勝手に寄って来たんだから! そ、それに……どっちかって言うと、ナンパされてたの有栖川くんだったし……」
可愛らしい少女では無く、可愛らしい少年がナンパされていたという事実に、朱里と白奈は憐憫の目でみのりを見る。
「じゃあ、僕が奢れば良いのかな」
「アンタは良いわよ。財布仕舞いな……アンタ、それ使ってんの?」
「え、そうだけど……」
春花が出した財布はがま口の少し大きめの小銭入れだった。その中に、小銭もお札も全て入れている。因みに、柄は猫のシルエットが印刷されたものである。
「……それごっちゃになっちゃわない?」
「中にね、仕切りがあるから大丈夫。ほら」
がま口を開けて中身を朱里に見せる春花。
「そう……まぁ、可愛いから良いかしら」
お札も小銭もぐっちゃぐちゃになっているならともかく、小銭とお札で分かれているのであれば問題は無いだろう。
「それじゃあ、買って来るよ。何食べたい?」
「いやだから、みのりに買わせれば良いのよ。コイツが悪いんだから」
「でも、ナンパされたの僕らしいから……」
「そもそもみのりが黙って離れたのが悪いんだから。アンタが気にする事無いわよ」
「あ、あの! 奢って貰わなくっても大丈夫ッスよ! 自分もこの間の戦いでボーナスたんまり出たッスから!」
ヴルトゥームとの戦いに参加した魔法少女全員にボーナスが支給されている。それは、後方支援を行っていた瑠奈莉愛もまた例外ではない。
前線で戦っていた者達と比べれば少ないけれど、フードコートで少し贅沢をしても問題無いくらいには貰っているのだ。
「ほら、皆好きなの買ってくるッス! 買い終わったら此処に集合ッスよ!」
「「「「「「「はーい」」」」」」」
お金を事前に渡していたのか、七人はそれぞれ好きなお店に向かう。瑠奈莉愛が抱っこしていた子は、妹の一人が抱っこしてお店へと向かう。
瑠奈莉愛としては、先輩方に奢られるのは申し訳ないと思っている。それに、自分で稼いだお金で妹弟達にご飯をご馳走したいのだ。
上狼塚家の生活は困窮しており、滅多に贅沢なんて出来ないけれど、こうしてフードコートでご飯を食べるくらいの贅沢は出来るようになった。
「んじゃ、アタシ達もなんか適当に買ってきましょ」
「そうね」
瑠奈莉愛がお姉ちゃんをしているのを邪魔する程、無粋ではない。
四人もそれぞれ好きな食事を買って来る事にする。
全員がお昼ご飯を買い終わった後、十二人で座れる場所を探して腰を下ろす。
四人掛けのテーブルが三つ空いていたので、そこにお昼ご飯を持って座る。
フードコートで食事をしていると、三男の立夢がちらちらと春花を見やる。
「どうしたッスか?」
「んぇっ!? な、何が?」
「立夢、さっきから春花ちゃん先輩の方をちらちら見てるッス。なんかあったッスか?」
「あ、いや……こ、この人も、魔法少女なのかなって」
「ああ。春花ちゃん先輩可愛いッスからね! そう思っても仕方ないッス。でも、違うッスよ。春花ちゃん先輩は男なので、魔法少女にはなれないッス!」
「え、そうなの?!」
「え~、こんなに可愛いのに男の子なんだぁ」
立夢だけではなく、次女の依溜も春花を驚きの眼で見やる。
「そうッス! 春花ちゃん先輩は、アリス先輩の担当官ッス! 男の娘って言って、人間国宝らしいッス!」
「男の子が人間国宝?」
「そうッス! ああ、言葉だけじゃ分かんないッスよね! 男の娘って書いて男の娘らしいッス!」
なんだかよく分からない紹介をする瑠奈莉愛に、朱里が怪訝な顔をして訊ねる。
「アンタそれ、誰から聞いたの?」
「詩先輩が言ってたッス! 男の娘は人間国宝だって!」
「アイツの言う事は真に受けない方が良いわよ。適当な事しか言わないんだから」
詩が適当な事しか言わないというのは皆が分かっている事だけれど、瑠奈莉愛や餡子のように純粋な子は先輩の言葉を鵜呑みにしてしまう。特に、からかっていると分かるような表情と声音の相手であればともかく、何を考えているか分からない表情を浮かべている詩であれば尚更である。
「え、人間国宝じゃないんッスか?」
「んな訳無いでしょ。ただの男の娘よ」
「まぁ、国宝級に可愛いのは間違いないけれどね」
もっちもっちとハンバーガーを食べる春花を見やる。
春花は目の前に座るみのりがしきりに話しかけているので、こちらで話題に上がっている事に気付いていない。
黒く艶やかな髪。前髪の隙間から見える深く引き込まれそうになる瞳。透き通る程綺麗な色白の肌に、赤く艶やかな唇。
美しいその面を見て、少女と思わない者はいないだろう。
「ほ、ほら! あ、あーんだよ! あーん!」
「あーん」
みのりが差し出したポテトを春花は言われた通りに口を開く。
開かれた春花の口に、みのりはポテトを入れてご満悦の笑みを浮かべる。
「お、美味しい?」
「うん」
「じゃ、じゃあ、こっちも食べようね!」
言って、みのりは自身の食べていたハンバーガーを差し出す。しかも、自分が口を付けた部分を差し出している。邪悪な笑みを浮かべているので確信犯である。
特に何も考える事も無く、春花はあーんっと口を開く。
にちゃぁっとみのりの笑みが深くなったその時――
「あら、そんなに食べて欲しいなら食べてあげるわよ」
――春花を押し退け、朱里がハンバーガーをかぷりと齧る。
「ちょっ!?」
「うん。美味しい」
「だ、駄目だよ食べちゃ! 有栖川くんに上げるんだから!」
「けち臭いわね」
「け、けちじゃ無いもん!」
「みのり、静かになさい。子供達の方がよっぽど行儀が良いわよ」
「んぐっ……わ、わたしだって、行儀良いし……! て、テーブルマナーとか知ってるし!」
「いや子供と張り合うな」
「みのり先輩テーブルマナーとか分かるんッスか? 凄いッス! 偉い人とご飯行ったりするんッスか?」
「ま、まあね! た、たまーに行ったりするよ!」
やいのやいの。楽しそうにお喋りをする少女達。
お喋りをして楽しんでいるのは少女達だけでは無い。
フードコートは盛況で、皆が楽しそうにお喋りをしたり、本を読んだり、端末で仕事をしたりしていた。
フードコートのよくある光景。
だが、その光景をぶち壊すように騒ぎの声が響き渡った。




