異譚6 お買い物 with ストーカー 2
ひとまず浴用化粧品を買い、それで買い物終了、と春花は思っていたが何故だか買い物はそのまま続いた。
「ね、ねぇ! こ、ここのお店、可愛いのいっぱいだよ! ほら、行こう?」
みのりが春花を引っ張って、可愛らしい小物が売っているお店に突撃する。
その背中を見守りながら、少し離れたところで朱里はベンチに座る。
白奈も朱里の隣に腰を下ろす。
「随分と、有栖川くんと仲良くなったのね」
「まどろっこしいわね。聞きたい事があるならはっきり言えば?」
「別に、私から聞きたい事は無いわ。ただのクラスメイトから、数年来の親友のような態度に変わったから、ちょっと驚いただけよ」
白奈の物言いに、朱里は少しだけ眉を動かす。
けれど、朱里は直ぐに表情を戻す。
「アンタこそ、随分とアイツを気にするじゃない」
「お隣さんだもの。気にもするわ」
「お隣さん、ってだけで気にする域を超えてると思うけどね。今日の事もそうだし、この間の事もそうだし」
朱里が部屋に行くと言えば勝手に付いて来て、今日の買い物にも朱里に何も言わずに付いて来た。
春花の過去を知れば、白奈がどうしてそんな行動に出たのかは理解できる。
だが、白奈の行動を理解するには、とある前提が必要となる。
「普通よ、普通」
「普通、ねぇ……」
疑わし気な目を向ける朱里。
しかし、白奈は特に焦る様子も無い。
ふんっと朱里は面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「まどろっこしいから言うけどね、アンタ全部気付いた上でアイツと付き合ってるでしょ?」
そう。白奈の行動は、白奈が春花がアリスであると知っていないと辻褄が合わないのだ。
なにせ、有栖川春花と如月白奈の接点は、クラスメイトとお隣さんという二つしかない。余程仲が良ければ別だけれど、そう言った様子は見受けられない。クラスで白奈が春花に声を掛けている様子は無かった。
アリスの正体は極秘であり、それは黒奈の家族にも知らされていない。ゆえに、白奈がアリスの正体が春花であるという事を知っているはずが無い。
だが、白奈は春花を気に掛けている。それこそ、さりげなくというには過干渉な程に。
そこまで理解すれば、白奈がアリスの正体が春花である事を気付いて気に掛けていると考えた方が自然なのだ。
春花に恋心を抱いているという可能性もあったけれど、それにしては今まで何のアクションも無かった事が気になる。それに、白奈が春花を見る目にはそう言った色合いは無いように思った。
具体的にはみのりやシャーロットがアリスに向けるようないやらしさが無い。
「さぁ、なんの事かしら」
「アンタがとぼけるんならそれで良いわ。アンタにも事情があるのは分かってるし、アタシが首を突っ込めるような内容でも無いしね」
春花と白奈の関係は複雑なものだ。
完全な外野である朱里は口を挟めない、当人同士の複雑なもの。
だからこそ、朱里に二人の事情は関係無い。
「ただ、アタシは全部知った上でアイツと変わらず付き合っていくつもりよ。だって、アンタらの事情はアタシには関係無いもの」
酷く冷たい言い方だけれど、だからと言って二人の事を突き放すつもりが無い事は白奈は分かっている。朱里の腹の内を理解できるくらいには、付き合いは長いのだから。
「アタシは態度を変えるつもりは無いわ。アイツとは対等な関係だと思ってるからね」
例えどんな経験をしていようとも、どんな地獄を見ていようとも、そこに自分と比べようの無い程の差があったとしても、朱里は今の春花を見ている。
隣に並び立ち、一緒に戦ってきた春花を見ている。
何度も死地を乗り越えた相棒を見ている。
だからこそ、朱里に迷いは無い。
だって、どうあっても一緒に戦ってきたのは春花に違いないのだから。
「アンタがアイツをどう思ってるか知らないけど、全部知った上でなおアタシは変わらない。そこははっきり言っておくわ」
「……そう」
白奈は手を組んで、視線を下げる。
「好きにすれば良いわ。私だって好きにするもの」
「ええ、好きにするわ。アンタには、少しは申し訳無いと思うけどね」
「気にする必要は無いわ。別に味方が欲しい訳じゃ無いもの。それに……あら?」
言葉の途中で視線を上げた白奈は、何かに気付いて慌てて視線を巡らせる。
「どうしたの?」
「二人が居ないの。何処行っちゃったのかしら?」
「え? あ、ほんとだ」
二人が入っていったお店には、二人の姿は無い。そんなに大きいお店では無いのと、棚の配置的に店内の様子は外から丸分かりである。二人が何処かに隠れるだなんて事は不可能だ。
「捜しに行きましょうか。流石に、あの二人だけだと心配だし」
「そうね。ったく、店を出るなら声掛けなさいよね」
携帯端末でメッセージを送りながら、二人はモール内を歩き出す。
暫く歩いていると、白奈が声を上げる。
「あっ、あれじゃない?」
白奈が指差す方を見れば、複数の男に囲まれている春花とみのりの姿があった。
「ナンパかしら?」
「多分ね。まぁ、アイツ等気が弱いから、ターゲットにされやすいんでしょ」
魔法少女はよくナンパをされる。朱里や白奈であれば強気に断れるけれど、みのりのように気が弱い魔法少女は断るのに難儀するとか。
まぁ、それは魔法少女に限った話ではないけれど。
「ったく、面倒くさいわね」
「仕方無いわよ。あの子達可愛いから。まぁ、みのりは後でお説教だけど」
文句を言いながら、二人が春花達を助けようとしたその時――
「あー! みのり先輩じゃないッスか! なにしてるッスかー?」
――不意にみのりに声がかかる。
声の方を見やれば、そこには私服姿の瑠奈莉愛とその兄弟達が居た。
瑠奈莉愛は一番下の子を抱っこしながら、笑みを浮かべてみのり達の方へと歩いていく。
「る、瑠奈莉愛ちゃん!」
「みのり先輩も遊びに来てたんッスね! 折角だから一緒に回るッス! ぉあ! 春花ちゃん先輩も一緒だったんッスね! プライベートで会うの初めてッスね!」
自分よりも背も高く体格の良い男達に臆する事も無く、瑠奈莉愛はにこにこ笑顔で二人に声を掛ける。
「皆ー! 先輩二人と行くッスよー!」
「はーい」
「うーい」
瑠奈莉愛が姉弟達に声を掛ければ、姉弟達はわらわらと瑠奈莉愛の所へと寄って来て、春花とみのりの手を引いて歩き出す。
「そういう事で、二人は自分達と一緒に行くッス! いや~、申し訳無いッスね~」
突然の事に呆然とする男達にえへへと笑いかけながら、ぺこぺこと頭を下げながら去っていく瑠奈莉愛。
男達は割って入る間も無くナンパ相手を攫われ、呆然とその後姿を見送る。
一連の流れを見ていた朱里と白奈はお互いに顔を見合わせると、ぷっと吹き出して笑った後、春花達を追いかけた。




