異譚3 人間の限界を超えてる……!!
「お待たせ。……何してるの?」
ペットボトルのお茶を人数分持って来た春花は、白奈にプロレス技をかけられているみのりを見て首を傾げる。
「い、いたたた! お、折れる折れるぅ!!」
「自分で治せるから大丈夫でしょ?」
「お、折れたら痛いんだよ!?」
ぎゃーぎゃーと騒ぐ二人を余所に、朱里は呆れたように春花に言う。
「気にしないで。粗相をしたから折檻――じゃ無くて、お仕置きをしてるだけだから」
「折檻……」
「ま、そんな事はどうでも良いのよ。早速本題に移りましょ」
言いながら、朱里は春花からお茶を受け取って一口飲んでから、テーブルに置く。
「アンタってミニマリストかなんか?」
「違う……と思う」
「なんか買いたいとか思わないわけ? 小物とか、観葉植物とか」
「無いかな」
「物欲が無いのね。少し殺風景だけど、整理整頓されてて私は好きよ」
「ねぇ技を解いてからお喋りして!? わ、わたしずっと痛いよ!?」
「アンタ達煩い。人ん家なんだから少しくらい静かにしなさいよね」
朱里に注意され、白奈は渋々といった様子でプロレス技を解く。
解放されたみのりは慌てて白奈から離れて、春花の後ろに隠れる。
二人は春花の後ろに隠れるみのりを無視し、話を進める。
「まぁ、アンタがミニマリストかどうかは今は置いておくわ」
言いながら、朱里は自身の鞄の中をガサゴソと漁った後、鞄の中から一つの小さな玩具を取り出す。
朱里が取り出したのは、小さな猫の玩具。見開いた目に、にっかりと笑った口。どことなくチェシャ猫に似ている玩具を、朱里はノートパソコンの置いてあるテーブルに置く。
「これで少しは部屋に可愛げも出るでしょ。さ、それじゃあアンタが使ってるものをチェックしましょうかしらね~」
出かけた時にたまたま見つけたカプセルトイのラインナップに、チェシャ猫似の猫の置物があったので回してみた。十回目でようやく当たり、春花に上げるために持って来たのだ。
「なるほど……」
さらっと自分のモノを置いた朱里を見て、白奈は深く納得した様子を見せる。
みのりは可愛くない猫だなぁくらいにしか思っていない。
「お風呂どこ?」
「あっち」
「おっけー」
「お、お風呂!? お風呂で何するつもりかな!?」
「チェックだっつってんでしょ。コイツ、安物しか使ってないって言ってたから」
がらっと浴室の扉を開いて、春花が使っているシャンプーやら何やらをチェックする。
「あぁ!? アンタボディソープ使ってないわけ!?」
「置いてあるでしょ?」
「何処に!」
「石鹸があるでしょ?」
「コレぇっ!? はぁっ、アンタ、石鹸で良いと思ってんの!?」
「うん。問題無い」
「そんな訳無いでしょ!!」
どたどたと足音荒く春花の元へ戻って来る朱里は、がっと春花の腕を掴んでその肌を確認し、愕然とする。
「う、嘘でしょ……ぷにぷに、もちもちだなんて……!!」
春花のお肌は安物の石鹸を使っているにもかかわらず、すべすべかつもちもちの潤い肌だった。
「あんな、あんな安物を使ってるのに……!! っ、か、髪は!? 髪はどうなの!?」
朱里はみのりを押し退け、背後に回って春花の髪を撫でる。
「――ッ!? すべ、すべ……!? そんな、特価品のリンスインシャンプーで、どうして……ッ!! ドライヤーだって使って無いってのに……ッ!!」
戦慄し、思わず二歩三歩と後退る朱里。
すかさず、白奈は春花の頬を触り、頭を優しく撫でる。
「確かに、頬ももちもち、髪はさらさらね……有栖川くん、洗顔フォームとか化粧水とか何も使って無いのよね?」
「うん。全部石鹸」
「へぇ……それで、この完成度……」
もにもにと顔を撫でまくる白奈。
春花はなすがままに撫でられ続ける。
「あ、ありえないわ……こんなの、人間の限界を超えてる……!!」
「貴女、強敵と戦ってる時より驚いてるわね……」
戦闘中には決して見た事が無い朱里の驚愕具合。普段自信満々で何事にも物怖じせず屈しない態度をとっている朱里がこれほどまでに慌てふためいているのは見ていて新鮮である。
「って、い、いつまで触ってるの!! お触り禁止だよぅ!!」
ずっと春花の顔を撫でていた白奈を、朱里に押し退けられていたみのりが止めに入る。
白奈の身体を押して春花から距離を取らせるみのり。
「あら、ごめんなさい。触り心地が良いからつい……」
「別に、大丈夫」
特に何とも思っていない様子の春花。
最近、何故か知らないが触られる機会が増えてしまったので、他人からの接触に無関心になってしまっている。特に、イギリス産まれの白兎はまだイギリスに帰っていないので、アリスが居ると直ぐにスキンシップをとってくる。
何も言わないとお尻を平気で撫でてくるくらいである。今更顔や頭を知り合いに撫でられるくらい訳無い事である。
「……本当に、ほんっっっっとうに!! アレしか使ってないわけ?」
正気に戻った朱里が再び春花に詰め寄る。
「アレ、全部特売品なのよね? 嘘言って無いわよね?」
「うん」
頷き、春花は洗面台まで向かって、特売品で買ったストックのリンスインシャンプーと固形石鹸を見せる。
「今使ってるのはこれだよ」
「……あ、あー……そう……へぇ……」
無慈悲に事実を突きつけられて、朱里は思わず呆然とする。
「因みにさ、白奈とみのりは幾らくらいのやつ使ってるの?」
「私はリンスとシャンプーはそれぞれ一万円くらいのかしら。洗顔もそこそこ良いのを買ってるわ」
「わ、わたしも同じくらいだよ。お、お金に余裕があるから、良いやつ買ってるよ」
「そうよね! そうよね! お金に余裕があって、美容に気を遣ってるならそれくらい普通よね! それぐらいやって維持するわよね普通!」
二人の回答を聞いて、安堵したような声を上げる朱里。
「つまり、コイツがおかしいだけよね!」
「別に、普通だと思うけど……」
「はいアンタ今全世界の女子を敵に回しましたー。安物の石鹸だけで維持できるなら苦労しませんー」
いらっとした様子で朱里は春花の鼻をつまむ。
「あっ! アンタ、コレ!」
鼻をつまんでいた手を離し、朱里は春花の毛先をつまむ。
「コレ枝毛! ちょっとー、やっぱりちゃんとケアしないと駄目じゃ無ーい、もー」
注意をしている割には嬉しそうに笑みを浮かべる朱里。
年頃の女子として、ちゃんとケアをしないでも綺麗なままでいるだなんて信じたく無いのだ。
「駄目と言ってる割に嬉しそうね」
「み、醜い部分を見ちゃったね」
「黙らっしゃいこのストーカー共が!! ……さて、ちゃんとケアが出来てない事が発覚したので、アンタは週末に買い物に行く事が決定しました」
ぱちぱちーと手を叩く朱里。
「週末、ちゃんと空けておきなさいよ。この部屋殺風景にもほどがあるから、他にも色々買っておかないとね」
「別にいらないと思うけど……」
「お昼にも言ったけど、私生活にこそ潤いを、よ。可愛い小物とか、お気に入りのクッションとか、使い心地の良い食器とか、あるだけで全然日々の彩が違うんだから」
「そういうもの?」
「そういうものよ。ま、騙されたと思って一度アタシの口車に乗ってみなさい」
「……分かった」
納得した様子は無いけれど、春花はこくりと頷いた。
二人の話を聞いていた白奈とみのりは顔を見合わせ、示し合わせたようにこくりと頷いた。
 




