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魔法少女異譚【書籍化決定】  作者: 槻白倫
第1章 漁港の王様

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異譚19 贖罪

「んで、アンタ自分がやられた訳とか分かってんの?」


 ロデスコの問いに、アリスはこくりと頷く。


「私の中の魔力を使われた(・・・・)。多分、魔力を強酸性の液体に変えられたのだと思う」


「ああ、だから体中ずたずただった訳ね……」


「え、えぐい能力ッス……」


「そ、それに、どうやって防げば良いんだろう?」


「発動まで間があった。高速で移動し続ければターゲットを外せると思う。後は、目視されなければ平気だと思う」


 強力な魔法にはそれなりのデメリットがある。出来る事が強力である限り、その分実行するのに必要な項目があるはずだ。


「アタシ達四人はともかく、スノーホワイトは大丈夫なのそれ?」


「障害物を作って視線を切れば大丈夫だと思う。後は、相手の魔力干渉を弾くしかない」


「それ、アンタでも出来なかったんでしょ? 身体ずたずたになってんだし」


「大丈夫。次は無いから」


 油断、というより、隙が生じたのはあの一瞬だけだ。あの一瞬だけ、全てが無防備になった。ちゃんと構えていれば相手の魔力干渉だって防ぐ事が出来た。


「はぁ、さいですか……てか、それならなんで一回目は食らったのか不思議でしょうがないんだけど?」


「それは……」


 考え、アリスはあの時の事を思い出す。


 流れ込んできた誰かの記憶。知らない誰かの、幸せだった頃の記憶。


 今まで、ただの一度も無かった現象に困惑してしまったのだ。


 荒唐無稽だと思うけれど、何が起こるか分からないのが異譚である。話しておいて損は無いだろうが、果たしてそんな時間があるとも思えない。


「……異譚を終わらせたら、レポートにまとめる。それを見て、判断して欲しい」


「は? 今言えない事なわけ?」


「時間が惜しい。住民の全員が完全に異譚生命体に成る前に、片を付ける必要がある」


「寝こけてたアンタが言うか」


「それは……ごめん」


「も、もう! ダメだよ、ロデスコちゃん! アリスを虐めちゃダメ!」


 しゅんっと肩を落とすアリスを見て、サンベリーナがアリスの肩の上に乗ってロデスコを怒る。


「人聞きの悪い事言わないでよ。ったく、なんで味方同士なのにこんなにアウェーなのかしら」


「日頃の行いが悪いからよ」


「うっさい泣き虫姫。アリスの胸でずっと泣いてなさいな。そっちの方が静かで助かるわ」


「……それも良いかもしれない」


「良く無いから離れて」


「あんっ……残念」


 アリスが無理矢理スノーホワイトを剥がせば、スノーホワイトは心底残念そうな顔をする。


「んで、アンタ動けんの?」


 ロデスコの問いに、アリスは手を握っては開き、問題無いと分かるとそのまま立ち上がる。


「うん。問題無い」


「そ、なら行きましょ。わざわざ手柄渡してやる事も無いしね」


 異譚は刻一刻と広がるものだ。そして、異譚の中に居る者はその被害を受け続ける。


 現状、アリス達はショッピングモールへと退避している状態だ。


 ショッピングモールは比較的異譚と現実世界との境界線に近かったため、順次魔法少女が異譚の外へと退避させていた。そのため、ショッピングモールにはあまり人が残っていない。


 しかし、それはこのショッピングモールに限った話だ。


 他の避難場所ではまだ取り残された住民が数多く居る。早急に異譚を終わらせる必要がある。


 それはそれとして、異譚攻略に貢献しなければ魔法少女としての査定に響く。


 査定に響くという事は、給料にも響くという事である。


「ちゃっちゃか倒して、打ち上げでも行きましょ。勿論、英雄様の奢りでね」


「私、お金無い」


「嘘仰いな! 魔法少女随一の金持ちでしょうがアンタ!! アタシ達の中で一番の高給取りでしょ!!」


 魔法少女は基本給と合わせて異譚攻略の際の貢献度によって報奨金が貰えるのだ。


 アリスは日本最大級の異譚を攻略したので、基本給は魔法少女で一番高いし、その強さからアリスが異譚で活躍しない事はまず無い。


 過去の功績などを加味すれば、魔法少女一お金持ちと言っても過言ではない。


「アンタ嘘へたっぴね」


「嘘じゃない」


「まだ言うか」


「そんな事より、さっさと倒してしまいましょう。磯臭くて敵わないわ」


 むすっとした顔を向け合う両者に割って入るように、スノーホワイトが言う。


 ロデスコは一度スノーホワイトを見て、その後アリスのほっぺを一度引っ張ってから満足したように返す。


「それもそうね」


「ねぇ、今引っ張る必要あった?」


「嫌がらせよ、嫌がらせ。金持ち自慢も腹立つけど、見え透いた嘘ってのも腹立つのよ」


 言いながら、ロデスコはアリスに背を向けて歩き出す。


「行きましょう、アリス」


「うん……」


「自分も、こんな磯臭い所とはおさらばしたいッス……」


 ヴォルフとスノーホワイトがロデスコに続いて歩き出す。


「だ、大丈夫、アリス?」


 アリスの肩に乗り、アリスを気遣うようにサンベリーナが顔を覗き込む。


「うん。大丈夫」


 サンベリーナに答えながら、アリスも三人の後を追う。


 今は余計な事を考えなくて良い。今重要なのは異譚を終わらせる事だ。


 思考を戦いに切り替える。


 今は、一人でも多くの人を助けなければならないのだから。





 花と星が共同戦線を張って異譚支配者と交戦する。


「くっ、雑魚が多い……!!」


「けど、人型が居ないってのはちょっと安心よねぇ。居るの迷惑だし」


 今回の異譚攻略に際して、花と星の各リーダーは全体を見つつ異譚支配者を倒すべく攻撃を仕掛ける。


「というか、アリスちゃん大丈夫かしらぁ?」


「死亡報告は無いから大丈夫でしょ。それより、こっちはこっちの心配しないと」


 異譚支配者にやる気が無いのか、瓦礫の玉座で常に何かを食べている。


 そのため、一番厄介な者の攻撃が無いのであまり苦労はしていないけれど、それでも、圧倒的に雑魚の数が多い。


 先程まではアリスの『トランプの兵隊(カードソルジャーズ)』一緒に戦っていたけれど、とうとうアリスの兵隊も全て消えてしまった。


 アリスの魔法は有名であり、その中でも数を増やす事の出来る『トランプの兵隊(カードソルジャーズ)』は魔法少女であれば誰でも知っている。何せ、人員を一気に増やせる便利な魔法なのだ。


 基本的に人手不足である魔法少女達にとってありがたい魔法であるため、知っている者が多い。また、その魔法の性質も知れ渡っており、アリスが分け与えた魔力で動くという事はこの場の全員が知っている。


 そのため、『トランプの兵隊(カードソルジャーズ)』が消えても動揺は無かったけれど、その分手数が間に合わなくなりつつある。


 基本的に、花と星の魔法少女はバランス型が多い。全ての平均値(アベレージ)が高ければアリスやスノーホワイトのように戦えるのだけれど、少ない能力値を全てに薄く広げている者が多い。


 ロデスコのように近接に一点特化してるような者も居なくは無いけれど、基本的にはバランス型が多い。


 そのため、一点特化の火力が無かったり、全てをカバーできる程の保護魔法が無かったりする。


 基本的に、魔法少女の性質は魔法少女になった時に決められる事が多く、その者に合ったステータスがその者に備わる。


 潜在能力そのままを魔法少女の力にする事になる。


 だからこそ、それを知る魔法少女には異常に映るのだ。


「――っ!! 来たか!!」


「まーた丸儲けされちゃうわねぇ」


 空から降る剣の雨。通常の魔法少女では攻撃では有りえない(・・・・・)物量。


 空から優雅に全てを見下ろす空色のエプロンドレスの魔法少女は、ただ一点だけを強く見据えていた。


 アリスと異譚支配者の目が合う。


 確かに、アリスは()の人生を感じ取った。そして、断片的ながら理解した。


 彼は優しく、また善良だった。


 けれども、彼の生き様全てをひっくり返された。それは紛れも無い冒涜であると、この場にアリスだけが理解している。


 倒す、ではなく、解放する。


 救うなんておこがましい。アリスにそれを言う権利などとうの昔に無くしているのだから。


 けれど、誠心誠意を持って戦おう。


 それだけが彼を救えないアリスに許された唯一の贖罪なのだから。


 幾つもの大剣が音も無く現れ、アリスの周囲を浮遊する。しかし、そのどれもが別々の形と特徴を有しており、また、どういう訳か半透明になっていた。


 アリスの身体を白銀の鎧が包み込む。


 アリスは数ある大剣の内の一つを手に取る。すると、半透明だった大剣はすぐさま実体を伴い、アリスの手に収まった。


「全身全霊で戦おう」


 確かな覚悟を持って、アリスは異譚支配者を見据える。


 ぎょろりと動く眼には、やはり幾ばくかの優しさが滲んでいるようだった。


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