牡丹鍋
前回書き忘れたんですけど、四章は前回で終了です。
今日はSSじゃよ。
被災地から移動し、二人はとあるお店に入っていた。
「夏なのに鍋って、アンタ正気?」
「正気」
二人が訪れたのは、牡丹鍋が有名なお店だった。
座敷に通されたけれど、仕切りが無いので店内の全員の視線が二人に注がれる。
しかし、二人は視線など特に気にした様子も無くお冷を呑んだり、SNSを確認したりとのんびりしている。
「ていうか、アンタ白奈の事知ってて塩対応してた訳?」
「ううん、知らなかった」
「知らなかったの? 同じ名前なのに?」
「うん。姫雪だったから違うのかなって」
「でも顔も見てたんでしょ?」
「見たけど、最初に目の合った一回だけだったから。その時は気まずくて顔見れなかったから。それに……」
「それに?」
「絶対に嫌われてると思ってたから……」
「ああ、確かに。あの子、最初っからアンタに友好的だったものね」
童話の魔法少女として入隊した時に、白奈はアリスに対して友好的だった。アリスも最初はもしかしたらと思ったけれど、何の禍根も無いと言わんばかりに笑みを浮かべ、よろしくお願いしますと手を差し伸べて握手さえする程だ。
苗字も違うし、じゃあ別人かと結論付けた。
加えて、今もアリスの事を良く思っているように見える。とはいえ、腹の中までは分からないけれど。
「申し訳ありません、少々よろしいでしょうか?」
二人が話しをしていると、店員が申し訳無さそうに声を掛けて来る。
「何でしょう?」
にこやかに笑みを浮かべて応対する朱里。完全に外面の笑みである。
「その……もしよろしければ、サインしていただいてもよろしいでしょうか?」
そう言って色紙を見せて来る店員に、朱里は快く頷く。
「ええ、良いですよ。なんなら、写真も撮りましょうか?」
「良いんですか?!」
「ええ」
朱里は色紙を受け取ると、慣れた様子でサインと日付を書く。お店に入る前に店名は確認しているので、すらすらと店名も書いていく。
「ほら、アンタも書きなさいよ」
アリスが書くようにスペースを空けておいた色紙をアリスに渡す。
「書いた事無い」
「あら、運が良かったですね。アリスの初サインですって」
店員に笑いかけながら、アリスへ色紙を押し付ける。
アリスはむうっと眉を寄せて、油性ペンを握る。
カタカナでアリスと書いて、店名もしっかり書く。
アリスは店員に色紙を渡す。
「ありがとうございます!!」
色紙を受け取った店員は嬉しそうに笑みを浮かべる。
「写真は帰りに撮りますね」
「はい! よろしくお願いします!」
ぺこりと頭を下げてから、店員は二人の元を離れる。
「んで、さっきの話の続きだけど……アンタ、白奈の事どう思ってんの?」
「どう、とは?」
「如月黒奈の娘なんでしょ? アンタが特別な感情を抱いてたって不思議は無いと思うけど」
特別な感情。それが色恋の類いでない事はアリスも分かっている。
「……正直、よく分からない。護りたいと思うし、助けたいとも思う。でも、あの子が護られるために魔法少女になった訳じゃ無い事も分かってる」
「それが分かってるなら、アタシから言う事は無いわ。アンタが白奈を保護対象としか見てないんだったら、アンタと白奈には二度とチームを組ませなかったけど」
「私が保護しなきゃいけないほど、スノーホワイトは弱くない。それに、本気を出せば今よりもっと強いと思う」
「花の英雄の娘だから?」
「違う。それだけの潜在能力があるから」
「まぁ、大技が多いから、チーム戦だと本気出しづらいわよね。一人の方が強いタイプって感じね。戦い方的な意味で」
氷の領域を広げながら戦う事が出来るので、仲間を巻き込む必要が無い場面にその力はより発揮される。
「お待たせしました。牡丹鍋になります」
二人の前に牡丹鍋が置かれる。一人前を煮込んだものになるので取り分ける必要は無い。
「あら、美味しそうね」
「うん」
「冷めないうちに頂いちゃいましょうか」
言って、手を合わせていただきますと行儀よく食前の挨拶をする朱里。
アリスも続いて、早速箸を伸ばす。
「……うん、美味しいじゃない! こりゃお米も進むわ」
「うん。美味しい」
鍋をつつきながら、白米を口に運ぶ。
アリスも頬を緩めて箸を進める。
あまりに美味しいので二人は黙々と箸を進める。
こうやって美味しい料理をちゃんと美味しいと感じられるようになったのは、素直に嬉しい事だ。
あれから二年も経ったから色々成長しているのは当たり前だ。食べ物に対する忌避感は日を追うごとに薄れて行き、今では外食を出来るまでになっている。
けれど、あの頃の自分であれば美味しいものを素直に美味しいとは思えなかっただろう。そういう感性も無かったはずだ。
こうして外食をして料理を楽しめるようになったのは、朱里のお陰でもある。
事あるごとに外食に誘われ、無理矢理連れ回された。この二年で色々食べて回った。だから、食べる事が楽しいと思えるようになった。
「ありがとう」
「え、なにが?」
突然のお礼に疑問符を浮かべる朱里に、アリスは首を横に振って何でもないと示す。
良く分からないアリスの発言に首を傾げながらも、朱里は気にする事無く料理に舌鼓を打った。
因みに、此処の料金はアリスが払った。
出撃手当が無い事は聞いたけれど、月収二百万の相手に遠慮はしない。その変わらない態度も、アリスはちょっと嬉しかった。




