異譚46 背負うと決めた事だから
以上が、アリスが英雄となった経緯。
全ての責任を背負い、あの異譚での全ての恨みを背負った末路。
「これが、あの異譚の全て。私が異譚と戦い続ける理由」
全てを話し終えたアリスは、朱里に視線をやる。
ソファに深々と座った朱里は、明らかに不機嫌そうな顔でアリスを見ていた。
因みに、タブレット端末の動画と共にアリスの説明を聞いていた朱里だったけれど、日差しがキツイだの暑くて嫌になるだの果ては喉乾いたし周囲の視線があったら集中できないだのと言って、シアタールームをアリスに作らせ、飲み物や軽食を準備させながら話を聞いていた。
最初はゆったりとリラックスして聞いていた朱里だけれど、話を聞いて行くにつれてその眉間に皺を寄せていき、最後は怒りで眉尻を上げて目に見えて怒りを表現している。
記者会見は朱里も見ていた。異譚の責任の全てを背負って立つアリスを見て、格好良いと思った。
一人で戦えるアリスに憧れた。だが、その背景にとんでもない業を背負っている事など知らなかった。
「……なんでアンタ一人が割り食うわけ? おかしいでしょ。異譚の被害が広がるのは一人のせいじゃないわ。その場の全員の責任よ。アンタ一人に責任があるわけ無いじゃない。そんなの、皆分かってる事じゃない。上層部の奴らは何も言わなかったわけ?」
「言った。けど、過去一番の大失態の被害を最小限に抑えるなら、私が矢面に立つのが一番だった。だから、私が矢面に立った。それが最良だった」
過去最悪の異譚による最悪の被害。対策軍全体の責任とするのが妥当だけれど、それでは世間の対策軍への風当たりが強くなる。対策軍への印象が悪くなれば、対策軍に反対する組織なども増える可能性が在る。
異譚の際の救助活動の妨害や、イメージアップ戦略の妨害。魔法少女に直接危害が及ぶ可能性もある。
過去最悪の被害をもたらした異譚に対して、世間も不安を抱いていた。不安が不満になり、爆発をする前に対処する必要があった。
対策軍への不満と不信を一点に集中させ、かつ、世間の不安と不満を受け止める存在。その適任が、異譚を終わらせたアリスだった。
新たな混乱を避けるためには、新たな英雄が必要だったのだ。
ただ、それが一時しのぎであってはならない。確実に結果を出し、不満も不信も不安も、全て黙らせる必要がある。
アリスが異譚に出続けて結果を出して、アリスが本当に英雄であると知らしめ続ける。
それは、負ける事の許されない茨の道。
アリスが居れば負けない。アリスが居れば助かる。異譚を終わらせる象徴的存在であり続ける。それが、アリスの選んだ道だ。
「私一人の責任では無い事は分かってる。個々の魔法少女の力が足りなかった。また、それ以上に異譚支配者が強すぎた。私は良くやれた方だと思ってる」
「だったら――」
「それでも、背負うと決めた事だから」
こればかりは理屈では無い。
自分に得が無く、自分を追い詰める道である事はアリスも理解している。
それでも、自分に生きる道をくれた黒奈のために、アリスは戦い続けようと思ったのだ。もう二度と、黒奈を亡くした時のような気持ちを味わわないために。
他の誰でも無い、自分のために責任を背負ったのだ。
アリスの言葉を聞いて、朱里はもの言いたげな表情を浮かべた後、何を言っても無駄だと悟って深い溜息を吐く。
「……まぁ、アンタが決めた事だし、今更どうこう言ったところで変わる事でも無いから、アタシからはもう何も言わないわ。アンタもアタシに文句を言われたくて話した訳じゃ無いだろうしね」
「うん。ロデスコには、私の正体を黙っててほしくて全部話した。あっ……」
何かを思い出したように声を発するアリス。
「なに? まだなんかあんの?」
「うん。全部話して無かった。私の正体を黙っていて欲しい理由を話してない」
「え、男だからじゃ無いの?」
「それはそうなんだけど、魔法少女を続けなくちゃいけない理由もあるの」
「それ話して無かった? 英雄だから全ての責任を背負って戦うってところでしょ?」
「それもあるけど、それだけじゃない」
「まだ別に理由があるって事?」
「うん」
一つ頷いて、アリスは事も無げに話しを続ける。
「被災地の復興費、全部私が負担してるから、戦い続けなきゃいけないの」
「はぁぁぁぁぁあああっ!?」
とんでもない事を言い出すアリスに、朱里は思わず大きな声を上げてしまう。
「は、ぜ、全部っ!? 此処ら一帯の復興費用を全部アンタ持ち!?」
「うん。私が異譚に出撃した時に支払われる金額を、全部復興費用に回して貰ってる。そういう契約になってる」
「アンタ馬鹿なんじゃ無いの!? それじゃあアンタ、タダ働きと変わんないじゃない!! え、じゃあ何? 今まで戦ってきた異譚のお金、一円も貰ってない訳!?」
「うん」
素直にこくりと頷くアリス。
「事も無げに頷くなこのアホんだらぁっ!! 正当な報酬を貰わない馬鹿が何処に居んのよああ此処に居たわねまったくもう!!」
信じられないとばかりに声を荒げ続ける朱里。
「ていうかアタシずっとタダ働きしてる奴にたかってた訳!? うっそ最悪のクソ女じゃないアタシ!! アンタなんでお金無いって言わないのよ!!」
「ずっと言ってた」
確かに、朱里がアリスはお金持ちだの高給取りだの言った時は、アリスは毎回否定している。
「冗談だと思うでしょ普通!! だって英雄がタダ働きよ!? そんなの誰が想像できるってのよ!!」
「私は冗談を言わない」
「それもそうだけど!! んああぁぁもうっ!! 上層部も上層部よ!! なんでそんな契約まかり通ってるわけ!? さてはアンタ強要されてる訳じゃ無いでしょうね!?」
「違う。私から言い出した事」
「尚更悪いわ!! このおバカちん!!」
言って、怒りのあまりに朱里はアリスの頭に勢いよく拳骨を落とす。
「痛い」
両手で頭を抑えるアリス。しかし、リアクションはとても薄い。
「アンタ、命張ってんだから正当な報酬は貰いなさいよ!! それじゃあ何のために戦ってるか分かんないじゃないの!! ああもうほんっとうに信じらんない!! 上層部も上層部よ!! そんな契約ガキと交わしてんじゃねぇわよクソバカぁ!!」
途轍もなく口が悪くなる朱里を見ながら、アリスはぼそりと呟く。
「でも、基本給で月二百万は貰ってる。普通よりかなり多いらしい」
「多っ!? アタシの基本給五十万ですけど!? いや、でも命張るには安……いや、でも新人の出撃手当よりは格段に高いし、でもアンタ英雄だし……」
普通に高給取りである事にも驚きながらも、やはり納得がいかない様子の朱里。
そんな朱里を見て、アリスは少しだけ口角を上げる。
「私は、この街の復興が終わるまでは戦い続けたい。今の状況に不満も無い。私の代わりに、私の事を真剣に考えてくれる人が居るから」
「アンタが自分の事考えなさすぎるからだけどね! ……ったく、アンタちょっとは自分の幸せも考えなさいよね」
「私は現状で満足」
「はぁ……アンタ絶対後で損するわよ」
心底から呆れたように脱力し、ソファに寄りかかる朱里。
「……まぁ、アンタが正体を秘密にしたい理由は分かったわ。アタシだって現役の時にアンタを超えたいし、悔しいけどアタシだってアンタの力も頼りにしてる。それに、アンタが居なくなると五月蠅い奴らがいっぱい居るからね。秘密にしとくわよ、アンタの事は」
「ありがとう」
「別にお礼を言われるような事じゃ無いわよ。アンタの正体ばらしたところでアタシにメリットなんて一つも無いしね」
「それでも、ありがとう」
「どーいたしましてー」
言いながら、朱里はソファから立ち上がる。
「さ。話も終わったなら帰りましょ。話が長いから、お昼の時間過ぎちゃったわ。何か食べて行きましょうよ」
「分かった」
アリスも立ち上がり、指を一つ鳴らして一瞬で生み出した全てを消し去る。
「連れて来られて良かった」
ぼそりと、アリスは小さな声で言う。
「なんか言った?」
「ううん、何も」
「そ。じゃあ行きましょ」
「うん」
二人は被災地の外へ向かって歩き出す。
此処に、朱里を連れて来られて良かったと、アリスは思う。
まだ、黒奈のお墓に行く勇気は無いけれど、黒奈が散ったこの場所に信頼できる仲間を連れて来られて良かった。
黒奈に紹介出来て良かった。
復興も何もかも全部終わったら、お墓参りに行きたいと思っている。その時は、皆に全てを話して、全員でお墓参りに行けたら良いなと思う。
お母さん、私にも仲間が出来たよって紹介したいから。




