異譚45 記者会見2
全てが自分の責任であると堂々と言い放つアリスに、会場内が騒然とする。
アリスは最悪の異譚を終わらせた英雄だ。異譚支配者の能力等は既に発表されており、風の異譚支配者はともかくとして、炎の異譚支配者は出現した時点で全てを燃やし尽くす程の熱量を放出する。
あの異譚の全てが不測の事態だった。そこで起こった被害の全てがアリスの責任になる訳では無い事は、この場に集まった記者やこの記者会見を見ている者の大半が理解している事だ。
それは、アリス自身も分かっているはずだ。
「前回の記者会見で、異譚についての説明はありました。私見ですが、貴女一人でどうこうなる異譚では無いように思います。それでも、貴女に全責任があると仰るのですか?」
一人の記者が冷静に質問をすれば、アリスは淀みなく答えを返す。
「はい。言い逃れをするつもりはありません。全責任は私にあります」
アリスがそう返した後、突如として会場内に炎の鳥、水の猫、雷の犬、歩く人形や勝手に走る機関車の模型など、様々なモノが会場内を自在に動き回る。
そして、壁の色が変わり本物と見紛うばかりの草原の柄に変わる。天井は青空のような清々しい光を放ち、室内に居るはずなのに外に居るのと同じくらいの開放感がある。
突然の出来事に驚く記者達。
「これは私の魔法です。私の魔法は、ほぼ全ての事が出来ます。不可能な事の方が少ないくらいです」
アリスがぱちんっと指を鳴らせば、一瞬で全ての魔法が解除される。
「私は、風の異譚支配者とは戦闘をしませんでした。また、大勢を助ける事に尽力もしませんでした。私がした事は、炎の異譚支配者を倒した事だけです。私の魔法であれば、多くの人を助ける事が出来たかもしれません。ですが、結局は数人しか生き残れませんでした」
アリスの魔法に驚きながらも、記者の一人が質問をする。
「大勢を助ける事に尽力しなかったと言う事は、異譚で手を抜いていたと言う事でしょうか?」
この場に居る記者の殆どは魔法少女や異譚に関する記事を書く事を専門としている。つまり、異譚や魔法少女の事情に素人よりも精通している者達だ。
魔法少女達にもチームがあり、チームごとに役割が違う事も重々承知している。アリスが異譚支配者を倒した事から、アリスは救援組では無く攻略組であると考えるのが自然だ。
それを分かった上で、揚げ足を取った発言をしたのだ。
だが、実情はアリスの言葉通りであり、アリスは救援組であったにも関わらず尽力しなかった。
記者の揚げ足を取るような質問に、しかし、アリスは怒りを露わにするでも狼狽えるでもなくしっかりと答えを返す。
「はい」
手を抜いていた。その事実を潔く認めるアリス。
人の命がかかっている状況で手を抜くのは許される事では無い。当然、反発の声が上がる。
「人の命を何だと思ってるんだ!!」
「人命救助で手を抜くだなんて……人を助ける気があるのか!!」
「異譚を終わらせるだけが魔法少女の仕事じゃ無いだろ!!」
怒号、非難、罵声。直線的な負の感情がアリスにぶつけられる。
アリスの苦労も、苦難も、過去も、何も知らないで無責任に放たれる言葉に、チェシャ猫が言い返そうとしたその時――
「私は、人を助けるつもりは毛頭在りません」
――アリスは、ぴしゃりと言い放つ。
魔法少女とは思えない言葉に、その場に居る全員が固まる。
誰かが何かを言いだす前に、アリスは続けて言葉を紡ぐ。
「私の魔法は万能です。ですが、人を助けるよりも、何かを殺す方が向いている事に気付きました。であれば、助けるよりも殺して回った方が効率が良い」
魔法少女はイメージも大切だ。人を助ける上で、イメージが悪い相手には不信感が募る。助けて貰う相手を信用できなければ、避難する際の行動に遅れが出る。
メディアに多く露出をする魔法少女も、そうでない魔法少女も、任務を円滑に遂行する上でイメージは大切になる。
そんな魔法少女が人を助けるつもりが無いと言い放つと誰が思うだろうか。
「そ、その発言は魔法少女として無責任では無いですか? 人を助けるのが魔法少女の仕事でしょう?」
「私が敵を多く殺せば殺すほど、巻き込まれた民間人の生存率が上がります。私が異譚に巻き込まれた方々のたった一部にかかずらっている間に、他の方々の会敵の可能性が増えます。私が敵を殺して回る方が、結果的に人助けに繋がります。それに――」
アリスは一拍置いて、会場全体を見渡してから覚悟を決めて発言する。
「――異譚で起こった被害の全ては、魔法少女に責任があると私は考えます」
それは、およそ魔法少女が言う台詞では無かった。
異譚で起こった被害の全てが魔法少女の責任にならない事くらい、誰もが分かっている事だ。
避難をするのに、勝手な行動をした民間人が死亡してしまえば、それは魔法少女の指示に従わなかった民間人の責任である。
異譚生命体が街を壊せば、それは異譚生命体の仕業だ。決して魔法少女だけの責任ではない。戦いが行われる以上、被害が出る事は仕方の無い事だ。
アリスの発言は、わざわざ背負う必要の無い責任の所在を明確にしてしまう発言だ。アリスだけではなく、魔法少女の立場を危うくする発言でもある。
だが、アリスは止まらない。それが分かっていてなお、アリスは言葉を紡ぐ。
「だから背負います。私が、異譚の全てを。誰かの怪我も、誰かの死も、全て私の責任です。今回の件も、この先で起きるであろう異譚の事も、納得がいかなかったら全て私のせいにして構いません。異譚の全てを背負って、私は異譚と戦います」
それは、異譚に全てを捧げるというアリスの宣誓。アリスがアリスで居られる間は、異譚と戦い続けるという覚悟の証明。
「私が戦う事で結果的に誰かが生き残れるなら、私は人なんて助けない。貴方達が勝手に助かるまで、私はずっと異譚と戦い続けるだけです。誰が死んでも、誰が生きても、私は異譚と戦い続けます」
例えたった一人しか護る者が居なくなったとしても、アリスは変わらず戦い続ける。
「この記者会見を開く前にネットニュースや新聞を見ました。そこには、私が英雄だと書かれていました。私は、私自身を英雄だとは思ってはいません。多くを死なせた私が英雄であるのなら、殺戮者こそ英雄となってしまうからです。ですが、皆さんが私に英雄を求めるのであれば、私はそれも背負います」
それは、アリスの追い求める英雄とは違う道。黒奈が示した道とは、別の道を行く事になる。
それでも、アリスは決めたから。
黒奈の意志を継ぐ。黒奈は、他の誰より家族を助けたかった。
だから、アリスは全ての責任は自分にあると言う。責任の全てがアリスに在るのであれば、黒奈の家族は余計な事を考えずにアリスを恨む事が出来るから。アリスの境遇も、異譚で起こった出来事も、全て関係無く、アリスを恨む事が出来るから。
黒奈の家族を護るためには、アリスが敵であれば苦しまないで済むから。他のどの事情も中途半端で良いけれど、この事だけは明確にしておきたかった。
直接会って如月家の敵になれない自分の卑怯さをどうか許して欲しい。自分を愛してくれた人の家族に敵意を向けられて耐えられる程、アリスはまだ強くない。
だから、その卑怯さだけは許して欲しい。それ以外の全てを恨んでくれて構わないから。
「私は、英雄です。沢山殺す、英雄です。だから皆さん、私が殺した分だけ、勝手に沢山助かってください。貴方達の英雄は人を助けないけれど、きっと異譚を多く終わらせます。誰よりも多く異譚と戦います。私が死ぬまで、貴方達は勝手に助かります。だからどうか――」
万感の思いを込めて、アリスは言う。
きっと、この記者会見を見ている、白奈へ向けて。
「――末永く恨んでください」
それで、貴女が健やかに生きられるのであれば。
アリスは、仇にだってなれる。




