異譚44 記者会見
そういえば、一万ポイント達成しました。ありがとうございます。
今年中に達成できればいいなと思っていたので、とても嬉しいです。
異譚が終わり、結果として童話の中で生き残ったのはアリスただ一人。
一度の異譚で管轄の魔法少女がたった一人になってしまった沙友里は、何度も異譚のレポートを見返す。
次に同じような異譚が起こった時の対処方の考案や、次の代の育成方針の考案。
異譚の記録映像を何度も、何度も見返す。
風の異譚支配者も、炎の異譚支配者も、どちらも強力な異譚支配者である事に変わりはない。風の異譚支配者に勝てたのは、四人が実力者だったからだ。特筆すべきは、やはりブラックローズ。ブラックローズが居なかったら、勝てなかったと言っても過言ではない。
だが、その後の炎の異譚支配者。あれは、強さの上限を超えた存在だ。アリスが勝てたのは奇跡に等しい。
次に炎の異譚支配者と同じ存在が現れたとして、アリスが勝てる保証は無い。
現状で必要とされているのは、アリスがあの黒薔薇の致命剣と同じ威力の魔法を生み出す事。あの魔法をもう一度再現出来れば、どんな異譚支配者が相手でも勝つ事が出来るのだから。
後任に関しては、まだ候補者は出ていない。ただでさえ数が少ない魔法少女の中でも、更に数の少ない童話だ。そう簡単に候補者は見つからない。
「はぁ……先が思いやられるな……」
溜息を吐いて、デスクに置いてあるマグカップを口に運び、そこで中身が無い事に気付く。
沙友里はもう一度溜息を吐きながら、立ち上がってコーヒーを用意する。
コーヒーを用意しながら、沙友里は映像記録について考える。
異譚の終わりに現地で回収された映像記録用の機材。魔法少女達が常に装着しているカメラと異譚に潜り込ませたドローンが幾つか残っていた。その全てに風の異譚で起こった全貌と、炎の異譚の全貌が記録されていた。
だが、おかしいのだ。
炎の異譚支配者が出現した時に生じた熱は、全てを溶かす程の温度だった。アリスですら必死に防御に徹してようやく生き残ったというのに、無防備に熱に晒された機材が形を保ったままでいられるはずが無い。
いったいどうやって異譚の中で残る事が出来たのか。それが一切分からないのだ。
辛うじて残っていたブラックローズの撮影機材と照らし合わせて、その映像記録に整合性がある事は確認できている。
だからこそ、謎なのだ。
用意したコーヒーを飲みながら、沙友里が仕事に戻ろうとしたその時、こんこんっと控えめなノックが聞こえてくる。
「どうぞ」
沙友里が入室を促せば、入って来たのはチェシャ猫を頭に乗せた春花だった。
「なっ!? 春花、お前それどうしたんだ!? って、あっつ!」
春花の頭を見て驚き、マグカップの中の熱々のコーヒーを零してしまう。
驚く沙友里の様子を見て、チェシャ猫がキヒヒと笑う。
だが、沙友里が驚くのも無理は無い。春花の長く艶やかな黒髪は、今や見る影もなく乱雑に切り落とされていたのだから。
「ちょっと、失敗しちゃって……」
「ちょっと!? か、かなり思い切って切っただろ! こんなざんばら髪になってしまって……!!」
あわわと慌てた様子で春花の髪の毛を見やる沙友里。
「と、とりあえず、美容室に行こうな。髪の毛を整えて貰おう」
沙友里の提案に、春花は首を横に振る。
「それよりも先に、やりたい事がある」
「やりたい事?」
今まで一度だって春花の方から何かをやりたいだなんて聞いた事が無い沙友里は、驚いたように目を見開く。
「何をしたいんだ?」
沙友里に問われた春花は一瞬躊躇った様子を見せた後、意を決したように沙友里の目を見て言い放つ。
「記者会見、開いて欲しい」
そこそこの広さを誇る部屋に、満席になるまでに記者が集まっていた。
テレビ、新聞、ネットニュース。様々な記者が今か今かと会見の時を待つ。
何せ、過去最悪の異譚を終わらせた英雄が初めて表に出るのだ。一体どんな人物で、どんな力を持つのか、日本、いや、世界の関心が英雄に集まっている。
司会の者が腕時計で定刻になった事を確認し、スタッフに目配せをすれば、スタッフからもゴーサインが出る。
「それではこれより、異譚解決の立役者である魔法少女、アリスによる記者会見を始めさせていただきます。アリスさん、壇上へお上がりください」
司会者に促され、舞台の袖から一人の少女が現れる。
美しい金の髪。空色のエプロンドレス。頭には、奇怪な猫を乗せていた。
少女は舞台の中心に立つと、視線を記者達に向ける。ビスクドールを思わせる程に美しい顔を見て、記者達は思わず息を呑む。
「本日は、私のためにお集まりいただきありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるアリス。頭に乗ったチェシャ猫はどういう理論か知らないが微動だにしない。まるで帽子のようにくっついている。
「まずは、私の自己紹介からさせていただきます。私の名前はアリス。諸事情により、本名等は伏せさせていただきます」
魔法少女名以外の情報を伏せると言ったアリスに、記者からヤジにも近い言葉が投げかけられる。
「御遺族や亡くなった方々に申し訳無いと思わないんですか? それとも、何かやましい事でもあるんですか?」
一人の記者の問いに、数名の記者が「そうだそうだ」と同調する。
以前のアリスであれば、そのヤジに怯えて俯いてしまっていただろう。それどころか、壇上にすら上がれなかったはずだ。
だが、今は違う。
英雄の後を継ぐと決めた。あの人だったら、こんなヤジ気にしない。壇上に立つ事だって躊躇わない。
震える手を握り締めて、折れそうになる心をしっかりと支えて、決意を持って口を開く。
「やましいと思う気持ちはあります。私は、十万人もの人の命を助けられませんでした。魔法少女としてあるまじき失態だと考えています」
自身の心中とは別に、魔法少女としてあるまじき失態で在る事に間違いは無い。
まだ、誰かを助ける事に対する価値をあまり見出せてはいないけれど、魔法少女であるならば今回の事は失態であると素直に受け止めるべきだ。
「そう言う意味では、私は私の事を知られたくはありません。大勢を助けられなかった私は、遺族の方々に恨まれても仕方が無いですから」
それこそ、白奈や如月家の者に後ろから刺されても仕方が無いとは思う。
魔法少女に成っていれば多少刺されても問題無いけれど、生身であれば刺されてしまえば死んでしまう。
刺されても仕方が無いとは思うけれど、刺されたくは無い。アリスは、まだ死ぬ訳にはいかないのだ。
「今回の事……十万人以上の死者を出してしまった事、広大な面積が人の住めない街となってしまった事、同僚である魔法少女達の死……その全て――」
アリスはしっかりと前を向いて、堂々と言い放つ。
「――全てが、私の責任です」
 




