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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第4章 破風と生炎

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異譚43 けじめ

 過去最悪の異譚は終わりを迎えたけれど、異譚による爪痕は深々と残されている。


 死者数は過去最高を記録する十一万五千七十八人。生き残ったのはアリスと白奈を含めてたったの七人。魔法少女に至ってはアリス以外の全員が死亡、となっている。


 生き残れた五人は本当に運が良かったと言えるだろう。炎の異譚支配者の爆発の際にたまたま異譚の端っこに居たために爆風で吹き飛ばされるだけで済んだのだ。


 異譚が終焉した後、対策軍は過去最悪の異譚についての記者会見を開く事になった。


 前例の無い異譚だった事。元花の英雄が居たけれど、それでもこれだけの被害が出てしまった事。魔法少女達による尽力や、異譚侵度の見直しなど、今回起こってしまったあらゆる不測の事態への釈明と説明。


 だが、十万人以上の死者を出した事に対する世間の風当たりは強い。元とはいえ花の英雄ですら解決出来なかったのだ。魔法少女が居たとしても助からないという事実もあって、世間の対策軍への、魔法少女への不信感は募るばかりだった。


 アリスが表に出られない事もまた不信感を募らせる原因になった。一人で異譚侵度Sの異譚支配者を倒したアリス。まさしく英雄的活躍であり、彼女の姿を、彼女の言葉を、彼女の今後の英雄としての宣誓を、世間は待ちわびていた。


 しかして、アリスは表に出てこない。対策軍は療養と発表したけれど、本当はアリスなんて存在しないのではないか? 世間を欺くために作り出した偶像(キャラクター)なのではないか? 本当は異譚は終わって無くて、たまたま消滅しただけなのではないか? 


 様々な憶測が飛び交い、世間の異譚に対する不安は高まる一方。


 そんな中、異譚を終わらせた英雄であるはずの春花はベッドに横になってぼーっとチェシャ猫の顔を眺めるだけである。


 ご飯もろくに食べず、水も最低限しか飲まない。ずっと寝転がったまま。


 心に言いようの無い喪失感がある。読み漁った本にも、しこたま見た映画にも無い、表現のしようが無い喪失感。


 チェシャ猫は何も言わない。春花に黒奈の遺言を伝えた後は、ずっとそばで春花の様子を窺っているだけだ。


 黒奈の御通夜にも御葬式にも行けなかった。行くのが怖かった。白奈に、白奈の家族に申し訳無くて。いや、本心を言うのであれば、怖かったのだ。


 白奈は決してアリス(春花)を許してはくれないだろうから。自身の祖父と母を奪った自分を、決して許してはくれないだろうから。


 このままずっと白奈に会いたくなかった。不義理だと分かっていても、行けなかった。


 加えて、春花の方が黒奈の死という事実を受け止めきれていなかった。


 朝起きれば、笑顔で黒奈が部屋にやって来て、意気揚々とその日のトレーニングメニューを発表してくれる。そんな淡すぎる幻想を抱く程に、春花はまだ現実を直視出来ていなかった。


 ただ寝転がるだけの一日を、一週間程続けていた。


「キヒヒ。アリス、そろそろ良いんじゃないかい?」


 ようやく、チェシャ猫が口を開く。


「……なにが?」


「キヒヒ。こうやって、無為な時間を過ごす事さ」


 ごろんと寝転がりながら、チェシャ猫はアリスの目を見る。


 チェシャ猫の言いたい事は分かる。春花もこの時間が無為である事は分かっている。


 それでも、動くだけの気力が無い。動かなければいけない理由が無い。


 今まではなんとなく魔法少女である事を望んでいた。自分はそういう者(・・・・・)だとなんとなく分かっていたから。


 だが、少しだけ前に進んだ今、戦う事に意味を求めてしまうようになった。


 大切な人が居なくなった今、その意味も最早消えてなくなった。


 だから、前に進む理由が無い。戦う理由が無い


「……もう、戦わなくて良いかな、って……」


「キヒヒ。駄目さ。アリス」


 後ろ向きな春花に、チェシャ猫は優しく諭すように言う。


「キヒヒ。アリス、黒奈が死んだ事を気に病んでいるんだろう? でもね、今となってはどんなに考えてもたられば(・・・・)さ。前に進む事を選んだのなら、アリスは前に進むべきだよ」


「……前に進む理由が無い……」


「キヒヒ。進みたくないの間違いだろう? 同じ失敗をするのが怖いのさ、アリスは。でもね、それは皆同じさ。違うのは、失敗をしないために前に進み続けるか、失敗を恐れてとどまり続けるかさ」


 チェシャ猫は前足で春花の鼻をぷにぷにと押す。


「キヒヒ。アリス。(ぼく)はね、アリスには幸せになってほしいよ、黒奈みたいに」


「――っ」


「でも、このままじゃ、アリスは幸せじゃないだろう? だから、前に進む必要が在るのさ」


 チェシャ猫は両前足で春花の頬をぷにぷにと押す。


「あの時、黒奈が幸せになれた理由は話したろう? なんだったっけ?」


「……幸せを知るために、前に進んだ……」


「キヒヒ。そうさ。アリスは、辛い事を知ったね。じゃあ、辛くなくなる方法も分かるよね?」


「…………大切だと思った人は、護らなくちゃいけない……」


「そうとも。それは、今のアリスがしてる事と正反対の事さ。アリスは、一人じゃあの異譚支配者には勝てなかった。つまり、現状維持じゃ駄目って事さ」


 あの時、炎の異譚支配者に勝てたのは、ブラックローズの剣が残っていたからだ。あの剣が無かったら、アリスは勝てなかった。


「誰でも護れるだなんて贅沢な事は言わないけどね。せめて大切な人くらいは護れるように強くなる必要があるんじゃないかい? 今回みたいな思いをしたくないなら、さ」


 チェシャ猫の言い分は正しい。同じ思いをしたく無いのであれば、何もしないでいる現状は間違いだ。


 けれど、春花にはもはや戦うだけの理由が無い。


「キヒヒ。なら、暫くは黒奈の意志を借りれば良い」


「……如月さんの意志……?」


「そうさ。黒奈は家族を護りたかった。今度は、君が如月家の人間を護るんだ。異譚という脅威からね」


 白奈はまだ生きている。白奈以外の家族もまた、生きている。


 大好きな黒奈が護りたかった者を、今度は春花が護る。


 白奈はあれだけ泣いていた。喉が枯れる程、目を腫らす程、泣いていた。黒奈と過ごした時間は春花よりも全然多くて、笑って泣いて、怒って困らせて、沢山家族だった時間が在ったはずだ。


 今の春花ですらこんなに苦しいのに、あれだけ泣いていた白奈が苦しくない訳が無い。


 白奈の事は良く知らない。向こうはもう会いたくないだろうから、今後春花から接触する事も無い。自分の家族を分裂に追いやった張本人だ。会いたいはずが無い。


それに、最初に目を合わせた後は気まずさで顔を伏せていたから一度もまともに顔を見られなかった。うすぼんやりとした記憶では街中で白奈を見ても気付ける自信が無い。


 これからさき、春花やアリスが直接関わる事は無いだろう。


 それで良い。それが良い。両者のためにも、それが最善だ。


 影ながら護るだけで良い。いや、影ながら護るだなんておこがましい。家族を奪った春花が如月家を異譚から護るのは当然の義務だ。


 そして、今となってはそれが黒奈に出来る唯一の恩返しだ。


 春花はゆっくりと起き上がる。


「……分かった。やってみる」


「キヒヒ。それが良いとも」


 チェシャ猫は満足そうに頷く。


 春花はベッドから降りると、そのままタンスの引き出しを開ける。


 そして、引き出しの中からハサミを取り出す。


「アリス?」


「……如月さんは花の英雄だったんでしょ? 如月さんの意志を継ぐなら、僕も英雄(それ)を継いでみる。あの人が辿った道を、少しでも見られるように。……これはそのけじめ」


 言って、春花は自身の長い髪を切り落とした。


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― 新着の感想 ―
[一言] ああ、
[一言] この猫は信用できない
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