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魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第4章 破風と生炎

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異譚41 致命剣

 生ける炎は迫り来るアリスに向けて、無数に生み出された小さな炎を飛ばす。それらは一つ一つが個別に意志を持ち、命を持つ。炎の異譚支配者の眷属――炎の精。


 無数に迫る炎の精に対し、アリスは即座に生成した剣を射出する。


 アリスの生成した剣は炎の精を貫く事に成功するけれど、炎の精に直撃した剣はその熱で刀身を溶かしてしまい、再度使用する事が出来なくなる。


「それなら……っ!!」


 アリスが手を振れば、何処からともなく水が生成される。


 水は(かさ)を増しやがて渦を作り巨大な竜巻へと変貌する。


 巨大な竜巻は勢いを増し、炎の精を巻き込んで行く。


 だが、巨大な水の竜巻は炎の異譚支配者に近付くと徐々にその体積を減らし、異譚支配者に到達する事無く全て蒸発する。


 炎相手であれば水をと思ったけれど、生半可な攻撃では全て蒸発させられてしまう。恐らく、他の属性でもそれは変わらないだろう。


 近付くほどに理解する生ける炎の熱さ。まるで太陽と直面しているような気分になる。


 向こうは存在するだけで全てを焼き尽くす存在。かたやこちらは攻撃を準備しなければいけない。かといって、生半可な攻撃では生ける炎に届く前に蒸発させられる。


 膨大な魔力と自由な魔法を持つアリスでさえ、生ける炎に近付く事は出来ないだろう。


 近くに水場、それこそ海が在れば物量で押し切れると思うけれど、この場所には水場は無い。そもそも、在ったとしても生ける炎を消火するだけの水を確保する事は出来ないだろう。


 一から攻撃を模索している時間は無い。今はチェシャ猫に見て貰っているけれど、白奈はこの炎の地獄に長時間耐える事は出来ない。チェシャ猫はある程度魔法を使ったり、魔力の干渉を防ぐ事が出来るけれど、それにも限度がある。


 この異譚に生きている人間はきっと殆ど居ないだろう。居ても、片手で数えられる程度だ。


 きっと何万人も死んだ。何も出来ず、何も感じず、一瞬の内に命が奪われた。


 もうアリスが護れるのは白奈だけだ。たった一人を護り抜くために、アリスは勝ち筋の見えない異譚支配者へ立ち向かう。


 この異譚が広がればそれだけ被害は広がり、死亡者数も増えるのだけれど、今のアリスには白奈一人しか見えていない。その先にある被害はまだ見えていないのだ。


 正直な話をすれば、アリスにはまだ他人の命の重さを理解していない。必ず助けなければいけないという気持ちも湧いて出て来てはいない。


 それでも、誰かが死ぬ事の痛みを知った。泣くほどの思いを知った。


痛みも涙も、無い方が良いとは言わない。


死はいずれ来るものだ。回避できるものではない。


 酸いも甘いも、全部ひっくるめて生きると言う事なのだと、アリスは思う。


だが異譚(これ)は違う。唐突に奪われる事に正当性など有りはしない。


 例えまだ感情が伴っていなくても、まだ経験が伴っていなくても、世界を、命を、人生を、正しく循環(・・・・・)させるために戦おうとは思える。異譚が間違いであると否定出来る。


 きっと、今はそれだけで良い。


 アリスが更に接近するために速度を上げようとした時、炎の異譚支配者の表面の一部が激しく発光する。直後、発光した表面部分から熱線が放たれる。


「――ッ!」


 熱線は空気を焦がしながら一瞬でアリスの元へと到達する。


 これは防げない。一瞬でそう判断したアリスはギリギリのところで回避する。


 熱線はアリスを穿つ事無く地面に衝突すると大爆発を起こす。


「ぐっ……!」


 爆風を背中に受けて吹き飛ばされながらも、アリスは空中で何とか体勢を整える。


 だが、爆風に焼かれた背中は焼け爛れ、熱線が掠っただけの左腕は骨が見えるまでに焼け焦げている。


 直撃は(すなわ)ち死。


 アリスは知らない事だけれど、異譚支配者の多くは一撃必殺の攻撃を持つ。とある異譚支配者は体内に直接酸を送り込んだり、とある異譚支配者は鎌の一振りで身体と魂の繋がりを断ち切ったりと、その種類は多岐に渡る。


 だが、この異譚の異譚支配者はそれらとは一線を画すほどに強力だ。


 一撃一撃が必殺の威力と反則的な程の範囲を持つ風の異譚支配者。


 存在するだけであらゆる生物を死滅させる炎の異譚支配者。


 どちらも桁外れの能力を有しているが、存在するだけで全てを死滅させる炎の異譚支配者は(たち)が悪いと言えるだろう。なにせ、攻撃をする必要が無いのだから。


 先程放たれた熱線も直撃すれば即死、爆風に煽られても大火傷、掠っただけで骨まで焼け焦げるという理不尽極まる威力を誇っている。


 歴史上類を見ない強敵。確実に、今まで出現した異譚支配者の中で最強の存在と言えるだろう。


 誰もこの存在を倒せない。そう思わせる程に絶望的な存在。


 例えばブラックローズであっても、相性の問題もあるが、十全の状態であってもこの異譚支配者を倒す事は難しい。


 ケイティも、マッチも、テーラーも、美子も、倒す事は出来ない。


 頭の中で自身の勝算が無い事を分かっている。それでもアリスは突破口を求めて攻撃を続ける。


 それが全て溶けたとしても。それが全て燃えたとしても。アリスは絶対に諦めない。


 何も攻撃が通らない。それは絶望に値する結果であるはずなのに、アリスは果敢に攻撃を続ける。


 もう退かない。もう逃げない。痛みも悲しみも、全て乗り越えて前に進むと決めたから。


 戦う理由は一つだけで、諦めない理由も一つだけ。


 全ては白奈を護るため。今のアリスにはソレだけで戦うに十分な理由だった。


 果敢に攻め立てるアリスに対して、炎の異譚支配者は無数の熱線を絶え間なく放ち続ける。


 ギリギリで躱してはいけない。充分な距離を持って回避すべきだ。


アリスは絶え間なく高速で移動を続けながら、狙いを絞られないように不規則に動き続ける。


 合間に地面を隆起させて異譚支配者を囲おうとするも、土はみるみるうちに赤熱して溶岩のようにどろりと溶ける。


 雷の龍を生成して突撃させるも、炎に阻まれて直撃寸前で四散する。


 風で穿とうにも熱風により乱される。


 アリスの魔力量は膨大だけれど、無限ではない。いずれ底を尽きる。


 加えて、相手の攻撃は直撃すれば一撃必殺。全てを避け続けられている現状は奇跡と言っても過言ではない。


 そんな綱渡りのような奇跡はいつまでも続かない。


 かと言って、異譚支配者に勝てるだけのビジョンも見えない。


 手詰まりを感じ始めてきたその時、視界の端に一つの剣が見えた。


 地面に突き刺さり、ぼろぼろになった黒い茨の剣。


 奇跡的に形を保ったまま残った、ブラックローズの剣。異譚支配者の出現と同時に防御態勢を取ったブラックローズが、防御に使った茨の剣。


 衝撃に耐えきれずに手を離し、そのまま背後へ流れて行き、地面に刺さったままとなったのだ。


 瞬間的に、アリスは茨の剣の元へ走った。


 熱線を掻い潜りながらアリスは茨の剣を手に取る。


 刀身は解けて殆ど柄と同じ長さになっており、黒薔薇の装飾も溶けて何がなんだか分からなくなっていた。


 それなのに、アリスはそれを剣だと認識できた。一度も見た事が無いはずなのに、ブラックローズの剣だと理解する事が出来た。


 ブラックローズの剣を手にした途端、焦りに支配されかかっていた頭がクリアになる。


 今まで黒奈と経験した全てがアリスの脳を駆け巡る。


『君は、もっと自由で良い』


 自然と、チェシャ猫の言葉が思い起こされる。


 そうだ。自由で良いんだ。アリスの魔法は自由を体現する魔法。縛られる事無く、無から有を生み出し、想像し、創造する魔法。


 突破口が無いなら作れば良い。アリスならなんだって出来るのだから。


 全ての攻撃が溶かされるなら、それを超える威力の一撃を叩き込めば良い。いや、超える必要は無い。全て奪う、己の力に変えれば良い。その方法が、今アリスの手にある。


「力を貸して……ブラックローズ!!」


 アリスはありったけの魔力を茨の剣に注ぐ。


 ブラックローズの戦い方をアリスは知っている。出撃するにあたって、資料には目を通していたから。例えブラックローズが死んでいたとしても、茨の剣(魔法)が残っており、その茨の剣(魔法)には吸収(・・)という性質が残ったままである。


 アリスの膨大な魔力が茨の剣に収縮される。溶けた刀身は再生され、肥大し、一振りの大剣へと変化する。


黒薔薇の致命剣ヴォーパル・オブ・ブラックローズ


 黒薔薇の致命剣を携え、アリスは駆ける。


 熱線を掻い潜る――なんて事はもうしない。


 黒薔薇の致命剣で熱線の魔力を吸収し、蓄える。


 アリス本来の魔法であれば、吸収という行為は出来なかった。吸収とは相手の魔力を即時自身の魔力に変換する事だ。人間で言えば、違う血液型の血を即座に自身の血液型に合わせるために変化させるようなものである。


 類稀(たぐいまれ)なるブラックローズの茨の剣(魔法)が残っており、その魔法の性質をアリスの魔法で増幅させたからこそ出来た離れ業。


 熱線も、炎も、異譚に蔓延する熱も、全てを黒薔薇の致命剣は吸収する。


「その熱も、炎も、私達(・・)の前には無意味……!!」


 魔力を吸う度に、黒薔薇の致命剣が黒く光り輝く。


 光は黒薔薇の花びらとなり、アリスの背後に流れていく。


 アリスが剣を振るい、魔力を吸収するたびに黒薔薇の花びらが舞う。


 黒薔薇の花びらがアリスに触れる。黒薔薇の花びらが触れたところから、アリスの衣裳が変化していく。


 空色のエプロンドレスは黒く染まり、ゴシックロリータな意匠へと変わっていく。


 輝かしいまでの金色の髪は艶やかな黒に染まり、黒薔薇の髪飾りが出現する。


 手には籠手(ガントレット)。脚には具足(グリーブ)。所々に黒薔薇の意匠が組み込まれている。


 その姿は、まるでブラックローズのようだった。


 異譚(世界)の全てを飲み込みながら、アリスは炎の異譚支配者へと急接近する。


 熱さは感じない。炎も届かない。全て黒薔薇の致命剣が吸収してくれているから。


 何一つとして、アリスを害する事は無い。


「ようやく届いた……!!」


 炎の異譚支配者が目前に迫る。


 相手に顔は無い。それでも、驚愕と混乱が読み取れた。


 アリスは全ての想いを乗せて叫ぶ。


「散らせ、黒薔薇ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああッ!!」


 超高速の一閃。瞬間、無数の黒薔薇の花びらが炎の異譚支配者を切り裂いた。


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― 新着の感想 ―
[良い点] アリスの性格の変化がわかってくのがいい この時点で一話目の時のアリスとはもうほぼ同じなのかな?
[良い点] 黒奈、ありがとう(ToT) [一言] 死んでも賭ける!!それが博徒!!
[良い点] アリスが少しだけ前向きに生きようとしてること。 [一言] これ、アリスがいなかったらどの道、黒奈の家族は亡くなってたよね。(童話組の全滅から引退後の魔法少女も緊急招集されそうですし)その…
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