異譚37 高速二連撃
ブラックローズの魔法には他者にはない特性がある。それは、相手の魔力を吸収するというかなり稀有な特性だ。
最初に気付いたのは、戦闘にある程度慣れてきた頃。自身のイメージ以上の攻撃力が出る事に違和感を覚え、徹底的に検査をした結果ブラックローズの魔法、もっと厳密に言えばブラックローズの魔力に他者の魔力を吸収して活性化する特性を持っていた。
少量の魔力を込めた攻撃でも、相手の魔力を利用して攻撃力を倍以上に膨らませる事が出来る。
相手の魔力が上質であればある程、ブラックローズの魔法の質も上がる。
だが、それはブラックローズの自力が伴ってこその話。鍛錬を欠いてはその真価は発揮されない。
異譚支配者の魔力を吸収し、世界を埋め尽くすほどの茨を増殖させるこの光景はブラックローズの鍛錬の賜物とも言える。
相性の良し悪しこそあるけれど、大抵の相手には通じる。それが例え、異譚侵度A以上の異譚支配者でもだ。
茨の上に悠然と立つブラックローズ。
その様子を上空から観察する赤い服に身を包んだ女。
「性質は同じか。私の知らぬ間に何があったのやら」
手に持った黒薔薇を弄ぶ赤い服の女。
「調査はするとして……」
ニヤリと笑みを浮かべて眼下の様子を窺う赤い服の女。
「今はこの戦いだ。頑張れよ、邪悪の皇太子」
上空に居る赤い服の女に気付く事は無く、ブラックローズと異譚支配者は対峙する。
ブラックローズの茨は対峙している間もその増殖を続けている。
先に動いたのは、異譚支配者の方だった。ブラックローズに対し、風の刃を振るう。
ブラックローズは風の刃を茨の剣で斬り裂きながら肉薄する。
瓦礫の弾丸も、圧縮された風の刃の爆弾も、ブラックローズは全て躱し、斬り裂き、前進する。
異譚支配者の攻撃の一切はブラックローズに通用していない。加えて――
「ガトリング」
――茨の隙間を縫うように、物陰からガトリング砲が異譚支配者へと浴びせられる。
本来、マッチは前線に出て戦うような魔法少女じゃない。軍隊で言えば、工兵のような役割をする事が多い。直接戦闘よりも、戦闘支援が彼女の仕事だ。
風の壁を壊すほどの威力は無いものの、風の刃を壊すくらいの威力はある。
一瞬だけマッチに意識をやったその瞬間、背後から風の壁を震わす程の衝撃を受ける。
「こっちも居んぞおらぁッ!!」
ケイティの機動力を生かした襲撃。
その直後に、頭上から重撃を受ける。
「こっちも居ますよ!!」
美子の鋏の一撃は重く、風の壁が軋む。
ケイティはさて置き、美子の速度は甲羅のせいもあって速くはない。普段であれば反応の出来る一撃だけれど、周囲の茨が魔力感知の邪魔をしている。
即座にケイティと美子に攻撃を仕掛けるも、二人は深追いする事無く離脱して茨の影に隠れる。
一瞬の意識の移行を突いて、ブラックローズは風の刃に茨の剣を突き立てる。
直後、茨の剣に風の壁の魔力が吸収される。
風の壁が揺らいだ瞬間、ブラックローズは目にも止まらぬ連撃で風の壁を斬り付けて破壊する。
「そろそろ出て来な引きこもり」
ブラックローズが異譚支配者に茨の剣を突き立てようとした――その時。
上空から猛烈な風圧を伴った風が落ちて来る。
即座にブラックローズは退避するけれど、風圧に押されて吹き飛ばされる。
「くっ……!!」
その下降気流はただの突風では無く、下降気流の中には無数の風の刃が含まれている。
ブラックローズは吹き飛ばされながらも両手に持った茨の剣で風の刃を迎撃する。
吹き続ける下降気流は止むことは無く、風の刃も留まる事を知らない。
他の三人を気に掛けている余裕が無い。前に進めない程の突風のせいでまともに身動きが取れない中、全方向から迫る風の刃。その突風と風の刃の中に、風の刃を放つ爆弾や瓦礫の弾丸が迫る。
さしものブラックローズも全てを迎撃する事が不可能な程の弾幕。
茨ですら魔力を吸収しきれず、下降気流を減衰しきれない。
永遠に続くかと思われた突風の中の地獄は、唐突に風が止んだ事で終わりを迎える。
地面に満遍なく敷かれ、竜巻すらも飲み込んだ茨は跡形もなく消し去られた。
何もかもが切り刻まれる中、辛うじて立っていたのはブラックローズただ一人だけだった。それでも、ブラックローズも無傷という訳にはいかなかった。
全身をずたずたに切り刻まれ、体中から血を流していた。
常人であれば既に出血性ショックで死んでいる程の大量の出血。
肩で息をするブラックローズに、先程までの余裕は無い。
ケイティも美子もマッチも全員が満遍なく切り刻まれており、力無く地面に伏している。
ケイティは片足を、美子は両腕を、マッチは片腕を失っている。既に三人共戦える状態では無い。ブラックローズも五体満足とはいえ万全とは程遠い状態になってしまっている。
最早絶体絶命の状態。けれど、ブラックローズに諦観の様子は無い。
娘が、家族が待っているのだ。
死ねない、絶対に。
「……こんなクソみたいなところで死ねるか……ッ!!」
先程のように茨を撒いている余裕は無い。それほどの余力が残っていないのと、茨の世界を壊せる程の攻撃力を相手が持っているのが問題だ。
だが、策が無い訳では無い。
茨の剣を握りしめ、ブラックローズは駈け出す。
迫るブラックローズに、異譚支配者は今まで通りに風の攻撃を繰り出す。
全身が痛む。今まで通りのパフォーマンスは出来ない。それでも、無理矢理身体を動かす。
だって、こんな所じゃ死ねない。家族を遺して逝きたくない。魔法少女に成ると言う事は、常人よりも死ぬ可能性が高いと言う事だ。重々承知している。色んな人の死を見て来た。それは、自分が一番分かっている。
でも黒奈は死ぬために魔法少女になった訳じゃ無い。
自分を生きるために魔法少女になったのだ。
「死ねるかよ、クソったれ……!!」
異譚支配者の攻撃を潜り抜け、ブラックローズは突き進む。
「死ねないだろ、まだ!!」
ブラックローズの言葉に呼応するように、異譚支配者に無数の銃弾が浴びせられる。
視線は向けない。そんな余裕は無い。
ただ信じて進む。
進み続けるブラックローズを信じて、マッチは魔法を行使する。
口に咥えたマッチ箱からマッチ棒を出し、残った手でマッチを擦る。
「ふぁほいんふ……ッ!!」
マッチ箱を咥えているのでちゃんとした発音にはならないけれど問題無く魔法は発動する。
「よっくも……よくも私の腕をぉ……ッ!!」
美子は辛うじて肘から先が残っていた右腕に甲羅を集約させ、巨大な鋏を作り出す。
動き回りながら鋏から爆発性の泡を吹き出し続ける。
五体満足はブラックローズただ一人。今ある戦力だけで異譚支配者を倒せるとしたら、それはブラックローズだけだ。
これ以上の継戦は不可能。此処で全てを出し切って異譚を終わらせるしか無い。
風の壁は堅いけれど、無敵の壁という訳では無い。ダメージを蓄積させて弱らせれば、破壊は可能である。
全員が全員を信じて突き進む。
異譚支配者の攻撃は苛烈を極める。機動力の下がったブラックローズでは全ての対処をする事は出来ない。
どれだけ攻撃が苛烈でも。どれだけ身体が傷付いても。ブラックローズは足を止めない。
ブラックローズの身体が淡く光る。進むたび、ブラックローズの身体から黒薔薇の花びらが舞う。
「うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおッ!!」
爆発的に加速したブラックローズは全ての攻撃を無視して風の壁の目前へと迫る。
身体中傷だらけで今にも死にそうなブラックローズ。けれど、威圧感は一瞬たりとも衰えない。むしろ、死に迫るたびに威圧感が増していく。
一瞬、異譚支配者が後退る。
「逃げんなよ。殺せないだろ」
異譚支配者が後退った分、ブラックローズは踏み込む。
ブラックローズの魔法は相手の魔力を吸収する性質がある。だが、吸収するだけでは無い。
茨が爆発的に増殖した通り、吸収した魔力を自身の魔法に変換できる。
茨の剣は幾度も砕け散った。茨の世界を作るためにブラックローズの魔法をばら撒くためにあえて茨の剣を脆く作っていたからだ。
けれど、茨の世界を作った後からは、茨の剣は一度も砕けていない。
幾度となく相手の魔法を斬り、その魔力を吸収していた。
「返してやるよ。あんたのだからね」
膨大な魔力を吸収した茨の剣が光り輝く。
二振りの茨の剣による、高速二連撃。
「散らせ、黒薔薇ッ!!」
一振り。幾千幾万の黒薔薇の花びらが超高速超高密度で放出され風の壁を消し去る。
二振り。幾千幾万の黒薔薇の花びらが超高速超高密度で放出され異譚支配者を切り裂く。
黒薔薇の花吹雪が消え去れば、残ったのはズタボロになった異譚支配者。
だが、まだ息はある。
躊躇わず、ブラックローズは異譚支配者の顔面と思しき個所に黒薔薇の魔力を纏った上段蹴りを放つ。
だが、直前で風の壁に阻まれる。
自身の攻撃が阻まれ、焦りを見せる――
「ご愁傷様」
――事は無く、至って平静にそう告げた。
直後、ブラックローズの蹴りとは反対側から異譚支配者へと衝撃が走る。
「脚一本持ってったくれぇで、勝った気でいんじゃねぇぞ……ッ!!」
背後から迫っていたケイティによる不意を突いた、必殺の威力を込めた一撃。
ケイティの蹴りを受けた異譚支配者の頭が破裂する。
「まだ!!」
「分ぁってるよッ!!」
次いで、身体を回転させながら二人による二撃目の蹴撃。
左右から受けた蹴撃により、異譚支配者の身体が三つに引き千切れる。
「真ん中!!」
「だから分ぁってるってッ!!」
真ん中に残った身体に異譚支配者を構成する核の気配を感じて叫ぶブラックローズに対し、ケイティは声を荒げて応答する。
「サンドイッチにしてやる」
挟みこむように二人は回し蹴りを叩きこむ。
衝撃と轟音が響き渡る。
確かな手応え。数秒の後、異譚支配者の身体がぼろぼろと崩れ落ちる。
その様子を見た二人は、息を吐いて肩の力を抜いた。
異譚支配者の消滅。つまり、異譚が終わりを迎えるのである。
あれだけ吹いていた風がぴたりと止んだ。




