異譚32 共闘
ちょっと短い。ごめんね。
アリスと別れた後、四人は異譚支配者を倒すべく、異譚の中をひた走る。
ただ、四人共感知が得意では無いために異譚支配者の捜索は難航していた。
加えて、空気中に充満する魔力のせいでいつも以上に感知が困難になっている。
「いったいどこに……!!」
焦りを見せるブラックローズ。
現時点でアリスは白奈の救出に成功しているのだけれど、通信障害が起こっているためにアリスから連絡する事が出来ない。また、これは誰も知り得ない事だけれど、四人は既にチェシャ猫が移動できない領域にまで入り込んでいた。そのため、チェシャ猫が移動してブラックローズを安心させる事も出来ない。
「あら? 何処の誰かと思ったら、野蛮人御一行じゃない」
焦っている時に限って面倒臭い相手に出くわす。
馬鹿にしたように声を掛けてきたのは、仲間と五人で異譚支配者の捜索をしていた美子だった。
嫌なタイミングで出逢ってしまったと思いながらも、事は急を要する。今此処で仲違いをしている余裕は無い。
「黙れ人で無し。此処をうろちょろしてるって事ぁ、テメェらも核を探しに来たくちか?」
「ええ。助かる見込みの無い下々のお世話なんて冗談じゃ無いわ。核を倒した方が余程建設的です」
「貴女達、要救助者を見捨てて来たの?」
ブラックローズが顔を顰めて言えば、花の魔法少女の一人が慌てたように弁明をする。
「違います。貴女達も同じでしょうけど、こちらは戦力の分散です。要救助者の護衛部隊と、核の撃破部隊で別れたんです」
「護衛なんて意味無いですって言ったのですけどね。もう皆べろんべろんに酔っぱらってしまって、手が付けられないのですよ。異譚生命体も馬鹿みたいに数を増やしてるみたいですし」
言って、美子は空を見上げる。
上空では、異譚生命体が空を埋め尽くさんばかりに飛んでいる。
「異譚も前代未聞の広がり方をしているみたいですからね。望み薄の救出は諦めて、核を倒す事に専念した方が得策です。貴女達もそう考えたから、核を探しているんでしょう?」
「テメェと一緒にすんな。オレ達は大勢を救うために核を倒しに来てんだ」
「あらご立派。勤労精神痛み入りますわ」
はんっと半笑いで返す美子。
これ以上此処で美子と話していても時間の無駄である。それに、私情を挟まずに美子と話す事は不可能だ。今だって美子と話しているだけで腸が煮えくり返って仕方が無い。
ケイティが歩き出せば、三人もそれに続く。
「当てはありますの?」
「ああ。手掛かりがねぇ訳じゃねぇからな」
確かに、空気中に充満している魔力のせいで、魔力による感知はほぼ不可能と言っても良い。
だが、何も手掛かりが無い訳では無い。
「そもそも、異譚は発生時点で核を中心に放射状に広がる。核が動いてねぇなら、核はこの異譚の中心に居る事になる」
「動き回るタイプだったらどうするつもり?」
「どっちにしろ一度中心には向かう。中心に行くにつれて酒気が強くなってるからな。酒気の根本を断てば、少しは避難もしやすくなんだろ」
酒気の原因さえ断ってしまえば、これ以上酩酊状態になる事は無い。酩酊状態にならなければ判断力が鈍る事も無いし、自分の脚でしっかり歩く事も出来る。
異譚支配者を倒す事が急務ではあるけれど、避難も同じくらいに急務ではある。
「そう。それじゃあ、私達も同行しますよ」
「あ? どういうつもりだ?」
「どうもこうも、異譚支配者を倒すには人手は必要でしょう? 今回の異譚、私の見立てでは異譚侵度Aと言ったところかしら。異譚支配者は倒せる時に倒した方が得策ですからね」
言って、美子はブラックローズを見やる。
「それに、元とは言え、花の英雄が居るのであれば勝率はぐんと上がります。それに、私も貴女も異譚侵度Aは攻略済みでしょう? これだけ人材が揃っているのであれば、むしろ好機です。共闘しようというのも、おかしな話ではないでしょう?」
ケイティの正直な気持ちを言うのであれば、共闘なんてまっぴらごめんである。美子は妹を殺した張本人。今こうして話をしているだけでも腹立たしいというのに、その上共闘だなんて考えただけでも虫唾が走る。
だが、前代未聞の異常事態が発生している今、お互いの禍根を気にしていては乗り越えられないのもまた事実。
「……そうだな。ごちゃごちゃ言ってても仕方ねぇ。さっさと終わらせて、異譚とテメェからさっさとおさらばしてやる」
「それはお互い様です」
ケイティの言葉に不敵に笑う美子。
「うだうだしてても仕方ねぇ。行くぞ」
踵を返して、異譚の中心へと向かう。
「良いんですか?」
マッチが問えば、ケイティは不愉快そうに鼻を鳴らす。
「今は異譚が優先だ。これ以上私情は挟まねぇ。オマエも、オレの事は気にしねぇで、今は異譚に集中しろ。良いな?」
「……分かりました」
とにもかくにも、異譚支配者と戦うための戦力は増強された。
九人は、異譚の中心へと急ぎ足で向かう。
ブラックローズはお酒を嗜むのに、酒気が強まっている事に気が付かなかった。ケイティに言われ、ようやっと酒気が強まっている事に気付くほどだ。それほどまで、白奈の事で集中力を削がれていたのだと自覚する。
走りながら、ぱんぱんっと頬を叩いて気を引き締める。
大丈夫だ。完全に経験不足だけれど、殲滅能力の高いアリスに任せたのだ。これだけ多くの異譚生命体が迫っても、アリスであれば必ず勝てると踏んで送り出したのだ。
信じろ、アリスを。
今は、信じて目の前の事に集中しろ。
ブラックローズは全ての神経をまだ見ぬ異譚支配者へと集中させる。
酒気が強まるのを感じながら、九人は異譚の中心部へと走り続けた。




