異譚29 再会
先日レビューをいただきました。とても感謝です。
モチベが上がるので、感想、評価、ブクマ、いいね、レビューは感謝しか無いです。
これからも、頑張ります。
ブラックローズ達は二つ目の救出地点へ到着すると、先程と同じように結界を少しだけ開けて貰って中へと入る。
今度の救出地点はホームセンターであり、こちらもスーパーマーケット同様に酷い有様になっている。
「黒奈か?」
建物内に入って早々、ブラックローズは声を掛けられる。この姿で『ブラックローズ』と呼ばれる事はあっても、本名で呼ばれる事は殆ど無い。
そして、その声は聞き慣れた声でもあった。
声の方を見やれば、そこには中年の男性が立っていた。
姫雪漆。黒奈の父親であり、白奈の祖父に当たる人物だ。
「お父さん! って事は!」
漆がこの場に居ると言う事は、白奈も一緒に居ると言う事だ。
ブラックローズは慌てて周囲を見渡せば、端っこの方に座っている白奈が目に入る。
誰に何を説明する事無く、ブラックローズは一瞬で白奈との距離を詰める。
たった一歩の跳躍で白奈の前まで行くものだから、周囲に強風が吹き荒れる。
「白奈!」
がばっと白奈を抱きしめるブラックローズ。
「お母さん……?」
「良かったぁ……本当に良かったぁ……」
安堵したように声を漏らし、ブラックローズは強く白奈を抱きしめる。
だが、白奈は眉間に皺を寄せてブラックローズを押し退ける。
「止めてよ……そうやって心配するふりするの」
「そんなっ、ふりなんかじゃない! 此処に来るまでだって、ずっと心配してたんだよ? 白奈に何かあったら、私……」
「心にも無い事言わないでよ! 家族より他人を取ったくせに!」
「止めないか白奈」
静かに漆が白奈を諫める。
「黒奈、お前もだ。魔法少女なら、私情を挟むな。魔法少女で居ると決めたなら、最後まで魔法少女で居ろ」
漆に叱られ、ブラックローズは自身の失態を覚る。
安全の確認、避難経路の確認、避難までの段取り。魔法少女の仕事を放って白奈の所まで来てしまった。
これでは、ケイティの事を言えない。
「……なら、ブラックローズって呼んでよ。お父さん、白奈をお願い」
「ああ」
「白奈。全部終わったら、ちゃんとお話しよう」
「……」
ブラックローズの言葉を、そっぽを向いて無視する白奈。
無視をされても仕方が無い。それだけ、白奈を蔑ろにしてきたのだから。
ブラックローズは二人に背を向けて、仲間の元へと戻る。
「ごめんなさい。これじゃあ、貴女の事言えないわね」
四人に頭を下げて謝罪するブラックローズ。
「まぁ、親子喧嘩ならオレよかマシだろ」
「ですです! 娘さんなら仕方無いです!」
「仕事さえしていただけたら、別になんでも良いです」
三人はブラックローズの行動を咎めはしなかった。
だが、アリスは違う。アリスはしょんぼりと眉尻を下げている。
「……私の、せい……?」
アリスにも二人の会話は聞こえていた。
家族より他人を取った。白奈は、確かにそう言った。
ブラックローズはアリスの指導役であり、殆ど一日中アリスと一緒に居た。アリスが原因だと容易に理解できる。
眉尻を下げるアリスを見て、ブラックローズは優しく微笑む。
「そうじゃ無いよ。私が悪かったの。だから、アリスちゃんは気にしないで。ね?」
これはブラックローズの本心だ。けれど、その本心が真っ直ぐ相手に届かない事もある。
アリスはブラックローズから視線を外して白奈の方を見る。
「……っ」
白奈は膝を抱えて座ったまま、アリスの方を見ていた。
必然、目が合う。
後ろめたさと申し訳無さから、アリスは目を逸らす。
そんなアリスに気付いた様子も無く、ブラックローズはしっかりと気持ちを切り替える。
「それじゃあ、準備を始めましょう。アリスちゃん、さっきと同じように防塵マスクと防護服をお願い出来る?」
ブラックローズに言われ、アリスはこくりと頷く。
先程と同様に、瞬き一つの間に全員の前に防塵マスクと防護服が現れる。
「全員、防塵マスクと防護服を着用してください! 分からない事があれば、近くの者に声を掛けてください!」
ブラックローズが良く通る声で防塵マスクと防護服の着用を促す。
「それじゃあ、避難経路の確認をしましょう。此処の責任者の人! 避難経路の確認したいんだけど!」
この場の責任者の元へ向かうブラックローズの後に続く四人。
その後姿――アリスの背中を白奈はじっと見つめる。
直感で分かった。アリスが件の子供であると。
「白奈。防護服、着れるか?」
「……うん」
白奈は立ち上がり、目の前に突如として現れた防護服に袖を通す。
本当は着たくなかった。自分よりも優先された相手が用意した服なんて、身に着けたくなかった。
けれど、此処で白奈が駄々をこねれば、迷惑をかける相手はブラックローズとアリスの二人だけに留まらない。多くの人に迷惑をかけてしまう。それが分かるだけの分別はあった。
「凄いな。サイズぴったりだ」
防護服を着た漆は感心したように言葉を漏らす。
一瞬で人数分を用意し、しかも個々のサイズに合わせてある。
白奈だって、魔法少女の事は知っている。アリスの魔法がどれだけ凄いのかも、この一瞬で理解できた。
だからと言って、認められる訳が無い。
自分から家族を奪った相手を、絶対に認めてはいけないのだ。
アリスさえ居なければ、家族は分裂しなかった。自分が蔑ろにされる事も無かった。こんなに苦しくて、悲しい思いをする必要だって無かった。
誰一人として幸せになっていない。アリスと出会ったから、如月家は皆不幸になったのだ。
「あんな子……居なきゃ良かったのに……」
「キヒヒ。聞き捨てならないなぁ」
白奈の呟きに、思わぬところから返答があった。
「――っ」
声が聞こえてきたのは白奈の足元。
白奈が慌てて足元を見やれば、そこには大きな口の猫――チェシャ猫が座っていた。
「キヒヒ。一応、君のお母さんにお世話になっているからね。挨拶でもと思ったんだけど……そんな気分でも無いかい?」
「君も、魔法少女なのかい?」
驚いた様子ながらも、漆はしゃがみ込んでチェシャ猫に問いかける。
「キヒヒ。違うよ。猫はアリスの案内役さ。君が黒奈のお父さんかい?」
「ああ。姫雪漆だ。娘が世話になっているね」
「キヒヒ。お世話になってるのはこちらの方だとも。感謝してるよ、とても」
チェシャ猫は二人の目を見てしっかりとお礼を言う。
「……迷惑かけられてる相手からの感謝なんていらない」
「止めなさい、白奈」
「お爺ちゃんはどっちの味方なの!? こいつらが居たから家族がバラバラになっちゃったんだよ!?」
「勿論、白奈の味方さ。けどね、私はこの子達を敵だとも思っていないよ」
「どうして!? 家族をバラバラにした張本人なのに!?」
「決断をしたのは黒奈と幹仁くんだ。そして、間違えたのも黒奈と幹仁くんだ」
幹仁とは黒奈の旦那であり、白奈の父親である。
「お互いに折れなかったんだろう? 折衷案も妥協点も見付けずに、決めた事だからと離婚を選んだ。白奈や美奈を本当に思うなら、二人はもっと話し合うべきだった。お互い譲れないものがあったとしてもだ」
漆は白奈の頭を優しく撫でる。
「白奈が許せないと思うのは当然だ。この子達に責任が無いにしても、白奈がそう思ってしまうだけの出来事だったんだろう? だから、白奈の気持ちを否定したりはしないよ。けどな、世の中には誰かが手を差し伸べきゃいけない人達が居るんだ。その選択をした黒奈を、私は間違いだなんて言えないんだよ」
「でも、だって……っ!!」
堪えきれず、涙を流す白奈。
だって、アリスさえ居なかったら家族はずっと幸せだったのだ。関わらなければ、家族はバラバラにならずに済んだのだ。
納得出来ない。飲み込みたくない。理解だってしたくない。
そんな白奈の頭を、漆は優しく撫でる。
「帰ったら、皆を集めて話し合おう。お爺ちゃんも協力する。もう一度、皆一緒になれるようにな」
漆の言葉に、白奈は堪えきれず嗚咽をこぼす。
「キヒヒ。猫も君達を苦しめたかった訳じゃ無いんだ。ただね、あの子の心の治し方を僕は知らなかったんだよ」
いつの間にか白奈の肩に乗っていたチェシャ猫が、白奈の頬に自身の頬を寄せる。
「止めて!! 止めてよ!! 貴方達の事なんて知りたくない!! どうでも良いそんなの!!」
「キヒヒ。でもね、聞いて欲しいんだ。水しか飲めなかったあの子が、ようやくご飯を食べられるようになったんだ。だから、猫は君達にありがとうって言うんだ。お礼の言葉しか出ないんだよ。猫にとっての全てを救ってくれた、君達には」
だから、ありがとう。
そこに、厭味のような意味合いは無い。純粋に、心の底から溢れ出る感謝の言葉。
知りたくなかった。知るべきでは無かった。少しだって、耳にしてはいけなかった。
相手の事情を知れば、相手を理解してしまえば、同情の余地が生まれてしまう。
自分の気持ちが揺れてしまうのを感じる。黒奈は確かに選択を間違えたけれど、間違った行動をしていなかったのだと分かってしまう。
「もう……止めてよぉ……っ!!」
何が正しいのか分からない。誰が正しいのかも分からない。
分からない中で自分が不幸で居続ける事に、ただただ納得できなかった。




