異譚24 ブリーフィング
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ようやく異譚に行きますね。
装甲車に乗り込み、異譚へと向かう。
向かうは、群馬県前橋市。黒奈達の所属する対策軍本部からは二時間程で向かう事が出来る距離だ。
黒奈は童話の装甲車にお邪魔している。アリスは総魔力量が膨大なので、既に変身した状態だ。
「機織さん以外は初めましてだよね? 私は花の魔法少女ブラックローズ。本名は如月黒奈。アリスちゃんの教育担当として童話組に同行する形になるわ。今日はよろしくね」
笑みを浮かべて三人に挨拶をするも、三人とも警戒した様子で黒奈を見ている。
「ほら。アリスちゃんも挨拶して」
黒奈がそう促せば、アリスは俯きがちになりながらもペコリと頭を下げる。
「よ、よろしく……お願いします」
ぼそぼそっと小さな声で挨拶をするアリス。
黒奈が会ったばかりの頃であれば、挨拶すら出来なかった事を考えると随分と成長したなと思う。
「もっと大きな声で言えないんですか? まったく聞こえないですけど。それに、顔も上げないで挨拶だなんて失礼だと思わないんですか?」
だが、アリスと初対面の相手にとってはアリスの声量も態度も不愉快に映るらしい。
燐は敵意むき出しの目でアリスを見て文句を言う。
「止めろ。コイツにとっての精一杯だって分かんだろ。オマエも経験あんじゃねぇのか?」
真琴に諫められる燐。しかし、燐は納得出来ないのか、不満げな顔を真琴に向ける。
「……真琴さんはあの人の味方なんですか?」
「オレぁ弱い奴の味方だ。オマエはもう弱くねぇ。なら、オマエも弱い奴の味方をしろ。オマエを苛んだ奴と同じになってどうする」
「……っ」
真琴に真っ向から叱られ、落ち込んだように眉尻を下げる燐。
「ですです! 燐さん、先輩として後輩の事をおおらかに迎えるべきです! ウチ、後輩出来たの初めてですから、とっても嬉しいです! よろしくです、アリスさん!」
にっこにことアリスに笑みを向ける織音。
「またそうやって調子に乗って……」
ぼそりと燐が毒を吐けば、織音はむっと眉を寄せる。
「そうやって誰でも彼でも毒吐くの良くないです! だから友達全然出来ないんですよ!」
「貴女みたいに誰でも彼でも馬鹿みたいに調子を合わせたりしない。私は、自分が認めて、自分を認めて貰える相手とだけ付き合っていければ良い」
「そんな事言ってるから友達いないんです! 燐さんは相手を見る時の初対面のハードルが高過ぎるんです! 相手がハードルに躓いたらシャッターすぐ降ろして閉店ガラガラですし! 燐さんには寛容さが無いんです!」
「浅く薄い付き合いしてるだけの人に言われたくない。そんなんだから誰にも助けて貰えなかったんでしょ?」
「止めろ! オマエら、これから異譚だってのに喧嘩すんな。これ以上喧嘩すんなら、今回はオマエら留守番だからな。分かったか?」
真琴が止めに入れば、二人はしょんぼりとした様子で俯く。
二人を注意した後、真琴は黒奈とアリスに視線を向ける。
「オマエらも童話のリーダーはオレだ。同行すんなら、オレの命令に従え。良いな?」
「ええ。最初からそのつもりよ。よっぽどの事が無い限りは口出ししないつもりだから、安心して」
強めの口調で言う真琴に対し、黒奈は萎縮した様子も無く答え、アリスは小さくこくりと頷く。
二人が頷いたのを見て、真琴は今回の自分達の任務について説明をする。
「今回の任務の擦り合わせをする。オレ達がやるのは避難誘導だ。異譚内部には強烈な乱気流と酩酊状態になる程の酒気が漂ってる。どっちも、魔法少女なら魔力で防御出来るが、一般人はそうもいかねぇ」
「つまり、酔っぱらった一般人を異譚の外へ運ぶのが私達の仕事ですか?」
「ああ。だが、異譚生命体も確認されてる。戦闘はあるもんだと考えとけ」
「異譚支配者は確認されてるですか?」
「いや、それはまだだ。乱気流か酒気に魔力が含まれてるらしくてな。感知が得意な奴でも核の位置を割り出せてねぇらしい」
「なら、避難誘導が終わり次第、私達も核と戦闘になりますか?」
「ああ。異譚を終わらせるには核を殺すしかねぇ。核との戦闘を考えるなら、消耗するような魔法は避けるべきだ。余程の事がねぇ限り、大技は使うな。良いな?」
「「了解です!」」
「逆に、オマエ達は避難誘導に専念しろ。アリスは初陣だ。核と戦闘させるつもりはねぇ。避難誘導が終わったら、そのまま異譚から離れろ」
「了解よ」
黒奈が返事をし、アリスはこくりと頷く。
意外としっかりと考えているのだなと黒奈は感心する。
「因みにだが、アリスは何が出来んだ?」
「およそなんでも、よ。訓練データを端末に送信しておくから、実際に目で見て確認しておいて」
言って、黒奈はタブレット端末を操作してアリスの訓練データを三人に送信する。
「もっと早くよこせよ」
「申請とか色々あるのよ。それに、まとまったデータを送るつもりだったからね。全部載ってると見るの大変でしょ」
「大変でも仲間の事だ。ちゃんと目くらい通す」
言いながら、真琴はタブレット端末に送られてきたアリスのデータに目を通す。
「着くまで目を通す。集中したいから話しかけんなよ」
「分かったわ」
「オマエらも、ちゃんと目を通しておけ。異譚じゃ何があるか分かんねぇからな。オマエらの方が先輩なんだから、何かあったらちゃんと指示出せるようにしとけ」
「はい」
「了解です!」
真琴に言われ、燐と織音は送られてきたデータに目を通す。
「アリスちゃん。こっちも、三人のデータに目を通しておきましょう」
黒奈が言えば、アリスはこくりと頷いてからタブレット端末を操作する。
五人はそれ以上の会話をする事無く、それぞれがそれぞれのデータに目を通した。
データに目を通しながら、黒奈は携帯端末を見やる。
相変わらず白奈からのメッセージは無く、既読すら付いていない。
ただ黒奈を無視しているだけなのか、それとも危機的状況で連絡すら取れないのかが分からない。無視しているだけなら良い。けれど、そうでないなら、もし異譚に巻き込まれているのであれば、自分は私情を挟まずにはいられないかもしれない。
そうなれば、魔法少女としても失格である事は分かっている。けれど、それでも――
「……っ」
唐突に携帯端末にメッセージが届く。メッセージの送り主は父だった。
『異譚の中に居る。白奈も一緒だ』
そのメッセージを見て、黒奈は思わず息を呑んだ。
自然と拳に力が入る。
『大丈夫。お母さんが直ぐに行くって、白奈に伝えておいて』
『分かった』
黒奈はゆっくりと一つ息を吐く。
今は祈るしか出来ないのが、とてつもなく歯がゆい。
異譚に着くまでの二時間が永遠のように感じる。
白奈と父に何事も無い事を祈りながら、今は自分に出来る事に集中する。
案ずるように黒奈を見上げるアリスの視線には気付く事は無かった。




