異譚21 家族の在り方
少女に暴力を振った事はやはり問題になった。それはそうだ。妹がいじめられていたという証拠は無い。殴られた少女は自身は無実の罪で殴られたのだと主張した。当然、周りもそれを信じる……はずだった。
とある生徒が匿名で少女のいじめを教師陣に告発したのだ。
そこから、次から次へといじめの告発が上がった。
彼女が機織さんをいじめていました。先生が機織さんの身体を触っているのを見た事があります。彼女が機織さんの教科書を捨てているのを見ました。先生が人気のない教室に機織さんを連れ込んでいるのを見ました。
彼女が、先生が、彼女が、先生が――
続々と告発は続いた。
結局、少女は学校を退学となった。少女の親の会社も経営難に陥り縮小を余儀なくされた。
これは、妹を思って行動を起こした真琴の正義が勝った、という訳では無い。
少女の親の会社は大きかった。けれど、その分敵も多かった。
クラスメイトの少女達は彼女のいじめを知っていた。何処で何をしたのかも知っていた。証拠の映像すら持っていた。それでも動かなかったのは、機を窺っていたからだ。
事が大きくなって、少女の言いなりになっている教師が馬鹿をして、罪を自白するまで追い詰められれば、後は御令嬢達の良いところ取りである。
企業にとってイメージは大切だ。社長の娘がいじめをしていたとあれば、イメージダウンは免れない。例えそれが世間に露呈しないのだとしても、真琴の起こした暴力事件は学校中に知れ渡っている。
つまり、御令嬢達は全員知っているのだ。何が起きて、どうして暴力事件に発展したのかを。
御令嬢達が知れば、必然その親も知る事となる。
妹をいじめていた少女の家と業務提携していたところも、考えを改める事になる。加えて、少女には婚約者がいた。それも、大企業の御曹司だ。
いじめの事が知れ渡れば、婚約も破談になる。そうすれば、大企業と繋がりを得るチャンスが一枠空く事になる。
ライバルを潰せて、商機を得る事が出来る。そのチャンスを逃さぬために真琴を後押しする流れが出来ただけだ。
誰も、真琴の妹を思って行動を起こした訳では無い。
それが、とてつもなく気持ち悪かった。
いつも笑みを浮かべてくれていた同級生も、友人も、裏ではその流れに乗っていた。
結局、今回の件の責任を問われ、真琴も御嬢様学校から転校する事になったけれど後悔は無かった。
自分のために他人を利用し、特権階級を利用して自分よりも立場の弱い相手を虐げる。例え誰かが死んだとしても、それを自分達にとってのチャンスとする。
そんな心無い者達と一緒に歩める気がしなかった。
転校して暫く経ってから、真琴は魔法少女に選ばれた。それが、真琴が自分を変える契機となった。
長く艶やかだった髪を切り、おしとやかで落ち着いた服を全て捨て去り、痛みを我慢して幾つもピアスの穴を空け、誰も寄せ付けないような言葉遣いを選んだ。
部屋の内装も全て変えた。持ち物も全て一新した。
利用されないために、誰も利用させないために。ちゃんと、弱い子達を護れるように、もう二度と失わないように、強い自分を作り上げた。
自分はあの魔窟の連中とは違う。他者を利用しない。他者の死を利用しない。
もう二度と、見逃さない。見逃しはしない。
それが自分に出来る唯一の贖罪なのだから。
思い出したくない嫌な夢を見て、夜中に目を覚ます。
真琴はゆっくりと身体を起こし、自室を出る。
幸いなことに、父親は仕事を辞めずにすんだ。むしろ、娘をいじめで失った被害者として扱われ、社内で気を遣われたくらいだ。
娘の暴力事件も仕方の無い事だったと判断された。家を手放す事も無く、いつも通りの生活を送っている。
だから、妹の部屋も当時のままになっている。時折、真琴が掃除をしているけれど、それ以外に手は入れていない。
真琴は妹の部屋に入る。
「……」
ゆっくりと歩み、妹のベッドに倒れ込む。
「ぅっ……」
溢れ出る涙を止める事もせず、そのまま声を殺して泣き続ける。
「ごめんなさい……っ、ごめんなさい……っ」
家計は現状維持に留まった。けれど、家庭は確実にマイナスに傾いている。
誰一人として妹を見てあげられなかった。苦しんでいた妹を見過ごしていた。
家族だったのに。大好きな、妹だったのに。
いや、大好きだなんて言う資格が無い。大好きだったら、もっとちゃんと話を聞いて、ちゃんと気付いてあげるべきだったのだ。
きっと頼りの無い家族だと思った事だろう。きっと家族という物に失望して死んでいった事だろう。
当たり前だ。だって、何もしなかったのだから。
予兆はあった。それに気付いていたはずだ。それでも手を貸さなかった怠け者を、家族だとは思えないだろう。
「ごめんなさい……っ、ごめんなさい……っ」
真琴は懺悔を繰り返しながら、声を殺して泣き続ける。
涙を流す資格など、自分には無いと分かっているのに。
春花が対策軍に来てから三週間程が経過した。春花も段々と色々な事に慣れて来て、色々な事を憶えてきた。
その様子を見守って来た黒奈は、順調に社会復帰へと進んでいく春花を見て安堵する。
春花が社会復帰出来れば、黒奈も用済みとなり対策軍を辞める事が出来る。
そうすれば、危険とは無縁の生活に戻る事が出来る。ゆくゆくは、春花と白奈と一緒に住んで、もし叶うのであればまた家族揃って生活をしたいと思っている。
だが、それが理想論である事は分かっていた。
「ただいまぁ」
仕事を終えて家に帰るが、いつもは聞こえてくる白奈の『おかえり』が聞こえてこなかった。
鍵は開いており、部屋の電気も点いている。
眠っているのかと思ったけれど、居間の扉を開ければ白奈はテーブルの前に座っていた。
「ただいま、白奈」
「おかえり……」
「どうしたの? 何かあった?」
「何か? うん、あったよ」
言って、白奈はテーブルに置いてある紙を黒奈に渡す。
その紙は三者面談の日時が記載されていた。
三者面談の日時は今日の日付になっていた。当たり前だけれど、時間ももうとっくに過ぎている。
「あ、ごめん白奈! 今日だったんだね。先生に何処かで時間貰えるか聞いて――」
「もういいよ」
黒奈の言葉を、静かながらも強い声音で遮る白奈。
「お母さん、私よりも……ううん、家族よりも有栖川さんって子の方が大事なんでしょ?」
「っ……なんで名前知って――」
「そんな事どうでも良いよ!!」
泣きそうな声音で声を張り上げる白奈。
「どうだって良い……そんな子、私には関係無い!! だって、私は家族の方が大事だもん!!」
目に涙を浮かべながら、白奈は黒奈を睨みつける。
「でもお母さんは家族よりもその子の方が大事なんだよね!! だって、家族の三者面談の事なんて憶えてすらいなかったんだから!!」
「そんな事無いよ。三者面談の事は言い訳出来ないけど……でも、ちゃんと白奈の事を――」
「家族って私だけじゃないでしょ!? お父さんも美奈も居る!! でもお母さんは二人を捨てて知らない子を選んだじゃない!!」
「……ちゃんと話し合って決めた事でしょ。それに、春花ちゃんは誰かの助けが必要だったの」
「それは私達だって同じでしょ!? 私達まだ中学生なんだよ!? する必要の無い離婚をして、する必要の無い転校して、する必要の無い苦労して!! お母さんがその子を助けるために、私達が不幸になってるじゃない!!」
溢れ出る涙を止める事無く、白奈は黒奈を睨み続ける。
「私だって、本当は邪魔だったんでしょ!? ついて来なければ良かったのにって思ってるんでしょ!? だって自分のやりたい事やるのに邪魔だもんね!! 邪魔なら邪魔ってはっきり言ってよ!! 家族なんて要らないって、そう――」
言葉の途中で頬に衝撃を受け、言葉が止まる。
少しして、ゆっくりと、黒奈に頬をぶたれたのだと理解する。
「家族を要らないなんて思った事は無いわ。邪魔だって思った事も無い。その上で、春花ちゃんを選んだのは……そうしなければ、私が私じゃなくなるからよ。貴方達に、胸を張って生きる事が出来ないからよ。分かってとは言わない。白奈と美奈は私が生きて来た環境とは大きく違う。だから、きっと私の事は分からない」
黒奈は白奈を優しく抱きしめようとして、白奈に突き飛ばされる。
「知らない!! 知らないわよ!! お母さんが私を見てくれてない事に変わりないじゃない!! 邪魔なんでしょ!? 要らないんでしょ!? だったらお望み通り出て行くわよ!!」
泣きながら、白奈は家を出て行く。
「待って、白奈!!」
黒奈は慌てて白奈を追いかける。
家を出た白奈は思いのほか足が速く、黒奈が家を出た頃には既に見失ってしまっていた。
「随分脚が速くなったわね……!」
黒奈は考える間も無く走り出した。
要らないなんて思った事は無い。邪魔だなんて思った事は無い。だって、大事な大事な娘なのだから。




