異譚17 白奈は良い子可愛い子
3日も空いたのは、ゼルダが面白かったり車ぶつけられて初めての事故でまいっちゃったりだったからです。ごめんなさい。
また、感想評価ブクマいいねありがとございます。
なろうコン応募用の小説も書き始めてしまったのですが、なんとか更新を維持できるように頑張ります。
「ただいまぁ~」
「お帰りなさい」
対策軍でお酒を呑んでから家に帰れば、白奈は少しだけ顔を顰めた。
「お母さん……お酒吞んできたの? っていうか、すっごいニンニク臭い」
「うん~。餃子も食べて来ちゃった~!」
にへにへと笑いながら、黒奈は白奈に抱き着く。
「お母さん臭いよ」
「えへへ~」
何がおかしいのか、ずっと笑っている黒奈。
「お夕飯、冷蔵庫に入れとくから朝御飯にでもして。後、学校から貰ったプリント置いておいたから、ちゃんと見といてね」
「は~い」
黒奈は白奈から離れ、スーツから部屋着に着替える。
「三者面談のやつだから、ちゃんと見ておいてね?」
「は~い」
分かっているのか分かっていないのか、微妙な返事をする黒奈。
「私、もう寝るからね。お母さんもちゃんとお風呂入ってから寝なよ」
言って、白奈は自室へと向かう。
白奈が自室に行った後、黒奈はソファに寝転がる。
ここ数日、春花に対して色々なアプローチをかけてみた。
けれども、春花が自分からこれをやってみたいと言い出す事は無い。
自発的にする事と言えば読書くらいだ。
読書が好きと言うのは悪い事では無いし、一人で過ごす時間が好きな人もいる。夢中になれる事があるのは悪い事では無い。趣味があれば心のバランスを取る事が出来る。
だが、春花が本を読むという行動には、趣味とは違う意味合いがあるような気がしてならない。
熱中とも夢中とも違う。例えるなら逃避、である。
まるで外界の情報を遮断するように、春花はずっと本を読んでいる。字を追い、頁を捲り、読み終われば次の本を手に取る。
映画を観た時は食い入るように見ていたし、少し満足そうにも見えた。だから、物語が嫌いな訳では無いのだろう。
最終的に、本を読む事も楽しめるようになれば良いとは思う。
春花にどういう事情があるのかは、まだ全然分からない。けれど、過去が無くとも先に進めるようにしなければいけない。
黒奈はソファから動く事無く、ソファの脇に置いておいた鞄からペンとメモ帳を取り出す。
・読書をする。
・料理が出来る。
・可愛い。
・ゲームはまだ下手。
箇条書きに春花の事を書いていく。
・多分いじめられてた。
・猫が好き。
・記憶喪失。
・存在しない校章。
そこまで書いて、とんとんとペン先で紙を叩く。
・警察の失踪届無し。
・有栖川の姓を持つ者にも覚え無し。
・戸籍を辿っても名前無し。
調査を進めてもらっていた沙友里からの報告で分かった事だけれど、結論から言えば有栖川春花という名前の人間は存在しない。
有栖川という苗字を持つ者はいるけれど、有栖川春花という少年には覚えは無いとの事だった。
戸籍を辿っても有栖川春花の名前は無かった。
本当に、有栖川春花という少年は存在しないのだ。
春花が偽名を使っている可能性はあるけれど、偽名を使わなければいけない理由が分からない。記憶喪失であれば自身の過去に後ろ暗い過去があったとしても憶えているはずが無い。であれば偽名を使う理由も無い。
黒奈は紙をくしゃくしゃにして丸めてゴミ箱へと投げ捨てる。
有栖川春花の痕跡を辿れば辿る程に、その存在は見えなくなっていく。
まるで何処からともなく現れた、この世には存在しない別世界の人間のようである。それほどまでに、有栖川春花の痕跡はこの世界には無いのだ。
春花偽名説もまだ捨てきれないし、まったく別の所から春花の情報が出てくる可能性だってある。
現状は、春花の記憶が戻るのを待つしか無いのだ。それが一番確実で、一番早い方法なのだから。
そんな事を考えている間に、黒奈はうとうととし始める。
お風呂に入らなきゃ、歯を磨かなきゃ、ベッドに移動しなきゃ。しなくちゃいけない事は分かっているけれど、身体が動かない。
気付けば、黒奈は夢の世界に旅立っていた。
「お母さん、朝だよ。昨日お風呂入って無いんでしょ? 早く起きてシャワー浴びちゃいなよ」
優しく身体をゆすって、白奈は黒奈を起こす。
「んぐぅ……」
呻き声を上げながら、しょぼしょぼとした目で白奈を見上げる黒奈。
「……おはよう」
「うわっ、声ガサガサ! もー、どれだけ呑んだの?」
呆れたように言いながら、白奈はコップに水を入れて戻って来る。
「はい水呑んで。今日もお仕事なんでしょ? 早めに起こしたけど、ぐうたらしてるとシャワー浴びる時間無くなっちゃうよ」
それだけ言って、白奈は朝御飯の準備に戻る。
黒奈は白奈が用意してくれた水を一気に呑んで、寝惚けた頭がしゃきっとするのを待つ。
暫くぼーっとした後、ようやっと頭がはっきりしてきた黒奈はコップを持ってキッチンへと向かう。
黒奈は、おもむろに朝御飯の準備をしている白奈を後ろから抱きしめる。
「ありがとう、白奈」
「もう。料理してるんだから危ないでしょ」
なんて言いながらも、白奈の口角は嬉しそうに上がっている。
「ふふっ、白奈は良い御嫁さんになれるよ。私が保証する~」
「そんな事無いよ。それに、結婚とか全然想像出来ないし」
「白奈はまだ中学生だもんね~。でも、出会いは唐突かもよ~?」
「無い無い。今だって、全然男子と喋って無いし」
白奈は黒奈に付いてくる際に、学校を転校している。転校先の中学ではまだ馴染めておらず、友人と呼べる存在も居ない。
客観的に見れば、白奈は美少女の部類に入る。
背は高く、手足もすらっと伸びている。大人っぽい顔立ちで、可愛いというよりは綺麗な顔立ちをしている。
所作も上品で、礼儀正しい。優しく、思いやりのある性格という事もあり、既に何人かの男子生徒は白奈に異性としての好意を抱いている。男子と距離を置いている白奈にとっては、あずかり知らぬ事ではあるけれど。
女子からの評判も良いので、親しい仲の友人が出来るのもそう先の話ではないだろう。
「喋って無くても、男子って色々見てるものよ?」
「じゃあ尚更無いよ。話した事も無い人と付き合える訳無いし。そんな事より、早くシャワー浴びて来ちゃいなよ。朝御飯用意して待ってるから」
「はーい。ありがとう、白奈」
最後に一つぎゅーっと抱きしめて、黒奈はお風呂へと向かった。
「……今は、恋愛なんてしてる余裕無いわよ」
ぼそりと呟く白奈。
その呟きが黒奈に届く事は無かった。
そも、届かせようとも思ってはいなかったけれど。
 




