異譚16 映画、ゲーム、クッキング
運動は魔法少女をして行く上で継続をしなければいけないので、要経過観察といったところだ。
次に、黒奈は映画を見る事にした。
バトルアクション、SF、コメディ、ホラー、サスペンス等々。創作物のカテゴリーは多岐に渡る。
自分が行動を起こして感情を呼び起こす能動的な作戦と、創作物などの熱量を浴びて感情を呼び起こす受動的作戦の両方を行っていった方が効率的だ。
幸いにして、訓練の合間にも映画を一本見る余裕はある。
二人はソファに座り、テレビで映画を見る。勿論、映画のお供としてポップコーンとジュースは外せない。
「魔法とは想像力よ。こうやって映画を観たり、本を読んだり、誰かの想像力を借りて力にするのも魔法少女の仕事よ」
「キヒヒ。じゃあ経費で映画が見られる訳だね。お得じゃないか」
「残念ながら、自腹よ自腹。まぁ、色んな施設で割引がきくんだけどね、魔法少女は」
「キヒヒ。そうかい。いつでもセールタイムって事だね」
「ある程度の範囲だけどね。春花ちゃんも……って、春花ちゃんは割引使えるかな?」
「キヒヒ。無理じゃないかな。アリスのままお買い物出来れば別だけどね」
春花が魔法少女として割引をすれば、春花が魔法少女ですと公言しているようなものだ。可哀想だけれど、春花としては魔法少女割を使えない。
そんな風にお喋りをしている黒奈とチェシャ猫だけれど、春花はじーっとタブレット端末を見詰めて映画に夢中になっている。
今見ている映画は老紳士が定年退職後にシニアインターンとして働き始めるという物語だ。コメディ映画ながらも、若手女社長の葛藤や苦労に老紳士が真摯に向き合い、時に教え、時に教わる、そんな年の離れた友人になっていく物語だ。
ネットでの評価も高かったので選んでみたけれど、どうやら正解だったらしい。
二人のお喋りも気にした様子無く、映画に集中している春花を見て、二人はお喋りを止める。
黒奈も映画に集中し、時折二人の真ん中に座るチェシャ猫の口にポップコーンを運んでやりながら見ていたら、あっという間にエンドロールだった。
「いや~、良い映画だったね~。春花ちゃんはどう? 面白かった?」
黒奈が訊ねれば、春花は直ぐにこくりと頷いた。
どうやら春花のお気に召したようで、いつもより少しだけ雰囲気が明るい。
暫くは明るめの映画を観よう。ホラーやサスペンスは春花がもっと明るくなってからで良い。ただ、魔法のインスピレーションを得る目的も在るので、次回はファンタジー系の作品にしようと思う。
殆ど何でもありなアリスの魔法だ。自分達が出来ない事をアリスが出来るのであれば、色々な知識を詰め込んでおいて損は無いのだから。
人生、何も楽しい事は映画だけでは無い。
黒奈は家にあったゲーム機を持って来て、春花の寝泊まりしている部屋のテレビにセッティングする。
「テレビゲームやった事ある?」
黒奈が聞けば、春花は首を横に振った。
「今日持って来たのは皆で出来るパーティーゲームだよ」
「キヒヒ。猫も出来るかい?」
「猫の手じゃ無理かな。それに、コントローラーは二つしか無いし」
「キヒヒ。そうかい」
ゲームをやってみたかったのか、しょんぼりとするチェシャ猫。
そんなチェシャ猫は置いておいて、黒奈は春花にコントローラーを渡す。
「対戦は私も苦手だから、今日は協力プレイをしよっか」
コントローラーを受け取った春花は、まじまじとコントローラーを見やる。
「操作方法も教えるね。と言っても、簡単なミニゲームばっかりだから、そんなに難しくは無いと思うけど」
言いながら、黒奈はゲームを開始する。
今回やるのは、双六をして、全員が進み終えるとミニゲームが始まる、といったゲームだ。諸々ルールがあるのだけれど、細かい説明は省く。
黒奈は都度ゲームのやり方を教えるけれど、初めてゲームをするらしく、春花は小首を傾げながらコントローラーをぽちぽちと操作している。
へんてこなところでゲームオーバーになったりするけれど、ゲーム自体に興味は在るのか、最後までゲームはやり切った。
「どう? 楽しかった?」
ゲームが終わってリザルト画面に移った後、黒奈は春花に訊ねる。
春花はずっと小首を傾げており、楽しかったかどうかも分かっていない様子だ。
ただボタンを押していたら全部終わっていた。認識としてはそれくらいである。
春花は不思議そうにテレビ画面を見つめている。
「キヒヒ。アリス、もう一回やるかい?」
見かねたチェシャ猫が聞けば、春花はこくりと頷いた。
「じゃあ、もう一回やろうか」
黒奈はもう一度同じルールでゲームを開始する。
春花は傾げていた首を戻し、じっと画面を食い入るように見つめる。
暫くそうやってゲームをしていたけれど、徐々に春花の頭が傾いていき、最後には不思議そうに小首を傾げたままゲームが終わった。
「キヒヒ。アリス、ゲーム下手だね」
「……そうかも」
チェシャ猫の言葉に、春花は一つ頷いた。
「キヒヒ。もう一回やるかい?」
「……うん」
それでも、春花はゲームを気に入ったのか、それとも物珍しいのか、三度目のゲーム開始となった。結果は言わずもがな、である。
映画やゲームも良いけれど、日々に必要な作業に彩りを加えるのも良いだろう。
「という訳で、今日はちょっと凝った料理を作ってみようか」
春花にエプロンを着せ、後ろの紐を結んでやる黒奈。
「キヒヒ。何を作るんだい?」
「よくぞ聞いてくれました。今日作るのは餃子です! 餡を作って、皮で包んで、ホットプレートで焼いて行こうと思います。それじゃあ、レシピ通りやっていこうね!」
「……うん」
黒奈と春花はレシピを見ながら、餃子を作っていく。
お喋りをしながら、一つ一つ餃子を作る。最初は不格好だった餃子も、材料が尽きる頃にはかなり綺麗な餃子に仕上がった。
餃子をホットプレートに並べて、指定の時間蒸していく。
調子に乗って多く作り過ぎてしまったので、沙友里も交えて餃子パーティーを開いた。
「キヒヒ。美味しいね」
「……うん」
熱そうにしながらもガツガツと餃子を食べるチェシャ猫に言われ、春花は餃子を食べながら頷く。
春花は子供だから分からないけれど、餃子とあれば大人は必然的に欲しくなるものがある。
「ビールが欲しい」
「ええ、賛成です」
沙友里も終業時間だったため、二人は直ぐに対策軍本部近くのコンビニへと向かい缶ビールやつまみを買い込み、餃子とビールに舌鼓を打った。
黒奈と沙友里が昔話に花を咲かせ、その楽しそうな様子を春花は餃子を食べながら見守る。
「キヒヒ。アリス、今日は随分と食べるね」
「……うん」
何故だか分からないけれど、餃子を食べる手が止まらない。いつもならもうお腹いっぱいになっている頃合いだ。
もぐもぐ、もぐもぐ。アリスとチェシャ猫は餃子を食べる。
結局、一杯作った餃子は余る事無く四人で全て食べきってしまった。
いっぱい食べた春花を見て、黒奈は春花の頭を撫でて褒めた。それが、少しくすぐったかった。




