異譚14 灰色を薔薇色に
そういえば、150話越えてましたね。
ここまで続けられて嬉しいです。毎度読んでくださってありがとうございます。
「これは……凄いわね……」
真琴が訓練室を出てから、一時間。たったの一時間で、お人形の家は増え、ビル、ファミリーレストラン、コンビニ、本屋、病院、等々。様々な建物が建ち、道路が敷かれ、街路樹が植えられる。
ベンチ、電柱、鉄塔。細やかな部分も作られ、山や川などの地形も作り上げられる。
だが、それだけでは無いのだ。
作り上げられた街の中を人形が動き回っている。人形が車に乗り込んで車を運転し、仕事に追われるようにせっせと走り、井戸端会議をしているように人形達が身振り手振りをしている。
人形のそれぞれが個別に意志を持ったように複雑に動き回り、このミニチュアの街の中で生活をしているのだ。
「これ……アリスちゃんが全部動かしてるの?」
ブラックローズが訊ねれば、アリスは首を横に振る。
「勝手に動いてる」
「嘘ぉ……」
街にはかなりの数の人形が居る。その全てを自分の意志で動かしているのであっても凄い事だけれど、生み出した人形が勝手に動き回っている事も凄い事だ。
魔法少女の中には、アリスのように下僕のような存在を生み出す事の出来る魔法少女も居る。けれど、生み出された下僕は単純な行動しかとれない事が多い。
飛ぶ、走る、攻撃する、歩く、護る。そんな単純な命令しか遂行できないのが通常だ。
にもかかわらず、アリスの生み出した人形は複雑な動きを繰り返している。
これだけ複雑な動きが出来るのであれば、現場でも重宝するに違いない。
アリスの魔法の効果範囲がどれ程の広さなのかは分からないけれど、複雑な動きが出来るのであれば人命救助も出来れば、異譚生命体の相手をする事だって出来るだろう。
「凄いわね、アリスちゃん。人間サイズでこのお人形を複数生成出来れば、大勢の人を一気に助けられるわね」
ブラックローズが笑顔で言えば、アリスは少しだけ眉尻を下げてブラックローズを見る。
「…………助けなくちゃ、駄目?」
「え?」
アリスはチェシャ猫を抱き上げる。
「……なんで、助けなくちゃいけないの?」
純粋に疑問の表情を浮かべるアリス。
きっと、誰かを助けるという行為そのものに意味を見出せていないのだろう。
それが見ず知らずの誰かであると言うのであれば、尚更助ける意味を見出せない。
「そうね……」
考え込むように、ブラックローズは腕を組む。
実際の所、ブラックローズだってお利口さんではない。自分の知り合いの方が優先だと思ってしまう心はあるし、助ける必要など無い人間もいると思っている。
だから、ブラックローズが尤もらしい事を言ったところで、きっとアリスの心には響かないだろう。
「それが、魔法少女の仕事だからよ。仕事以上の考えは、今は持たなくて良いわ。アリスちゃんも、今私が感情論で説明しても納得できないでしょ?」
ブラックローズの言葉に、アリスはこくりと頷く。
「今は、仕事上で必要なタスクとして考えましょう。人を助けなくちゃいけない理由は、戦っていけばなんとなく分かって来ると思うから」
「……うん」
頷くアリスの頭を、ブラックローズは優しく撫でる。
「それじゃあ、今度は攻撃をする訓練をしましょうか。出来そう?」
一つ頷いて、アリスは立ち上がる。
「さっき作った的に自分が一番イメージしやすい攻撃をしてみて」
「……うん」
アリスは的へ向き直り、手をかざす。
直後、アリスの周囲に無骨な剣が生成される。
生成された剣は即座に射出され、寸分違わず的を貫く。
「剣の方が生成しやすいの?」
「……うん」
幾つも剣を生み出し、間髪入れずに射出し続けるアリス。
全て寸分違わずに的を射抜き、剣が幾つも突き刺さった的は某黒ひげのおもちゃのようである。
「次は、炎とか水とかで攻撃してみようか」
頷き、アリスは即座に炎を手から放つ。
まるで火炎放射器のように炎を吐き出し続けるアリス。
同時に、何処からともなく雷撃が的を射抜き、これまた何処からともなく現れた巨大な水の玉が的の一つを包み込み、水の玉の中に発生している急激な水流によって的が砕かれる。
「アリスちゃん。これ狙ってみて」
言って、ブラックローズは準備していたボールを投げる。
アリスは即座に投げられたボールに剣を射出して貫く。
間髪入れず、ブラックローズはボールを投げ続ける。
雷が一瞬で投げられた全てのボールを焼き貫く。
「ちょっと速度上げるわよ」
ブラックローズはボールの速度を上げる。
けれど、アリスは上がった速度にも戸惑う事無く対応し、ボールが空中にある間に全て魔法で撃ち落とす。
段々と、何も言わずに速度を上げていくブラックローズ。
しかし、アリスは全て撃ち漏らす事無く空中で処理する。
「凄いわね……これなら、異譚生命体くらいなら簡単に倒せちゃうわね」
「キヒヒ。即戦力だね、アリス」
「そうね。でも、最初は避難誘導とか、戦闘行為の無い仕事をこなしてもらうつもりだから、安心してね」
アリスはこくりと一つ頷くけれど、特に関心は無いような様子だ。
だが、戦闘面はあまり問題無いだろう。潜在能力もそうだけれど、既に実戦レベルの実力がある。
問題は、精神面だ。
アリスには戦う理由が無い。異譚に家族を殺された過去があったり、人を助ける使命感がある訳でも無い。
魔法少女に成る人間は、少なからず異譚と向き合う理由があるのだ。ブラックローズだってそうだった。
けれど、アリスにはそれが無い。
異譚と向き合うだけの強い理由が一つも無いのだ。
一般人であればそれでいいかもしれない。異譚なんて、誰かが不幸になるだけの場所だ。そこにかける熱量など本来なら必要なモノではない。
けれど、アリスは魔法少女だ。異譚と向き合わなければいけない以上、理由が無ければ熱量が伴わない。熱量が無ければ、簡単に死ぬか直ぐに心が折れるかのどちらかだ。
アリスが直ぐに死ぬとは考えられないけれど、無感情のまま異譚と向き合っていくことが健全な事だとは思わない。
無感情に、ただただ異譚を終わらせるためだけに力を振るう魔法少女を、きっと誰も人間として扱わなくなる。そうなってしまえば、それは魔法少女では無くただの兵器だ。
魔法少女は人々を護る人間であって兵器では無い。
自分を兵器だと思ってもいけないし、周りに思わせてもいけない。
戦い方はもう教えなくて良い。アリスの力量があればそう簡単に死ぬことは無いだろう。後は、経験を積んでいくしかない。
如月黒奈がやるべきことはただ一つ。アリスに大きな感情を芽生えさせることだ。
アリスは恐怖と言う感情以外が全てフラットな状態のままだ。楽しいも、嬉しいも、悲しいも、全ての起伏が乏しい。
感情の発露は人間にとって必要な事だ。いや、生物にとってと言っても過言ではないだろう。
アリスが日々を楽しめるように、アリスに感情を芽生えさせる。
灰色の日々を薔薇色にする。アリスが少しでも生きる事を楽しめるように。




