異譚13 童話の三人組
真琴がアリスの元へ来た事は直ぐに沙友里に知らされた。
沙友里は直ぐに童話の魔法少女達が集うカフェテリアへと向かった。
沙友里がカフェテリアに入れば、童話の魔法少女の三人は既に集まっていた。
今日は休日であり、時間も朝早くではあるけれど、彼女達がすでに揃っている事は簡単に予想できた。
「お早う皆」
「……ざっす」
「お早うございます」
「おはようごぜーます!」
沙友里が律義に挨拶をすれば、三人からきちんと挨拶が返ってくる。
だが、真琴だけは沙友里が何故こんなにも早くやって来たのかを理解しているので、バツが悪そうな顔をしている。
「真琴。アリスに会いに行ったらしいな」
沙友里が前置きも無く言えば、真琴はバツが悪そうな表情を浮かべて舌打ちをする。
「チッ……別に良いだろ、挨拶ぐらい」
「そのぐらいがまだ出来ない子なんだ、あの子は」
「ウチ思ったんすけど、挨拶も出来ないっておかしくねーですか? 名前言ってよろしくおねげーしますって言うだけですよね?」
「私もそう思います」
小柄な少女が不思議そうに言えば、背の高いほっそりとした少女もその意見に追従する。
これがあるからこそ、沙友里は春花の事を任せる事が出来なかったのだ。
真琴の言動は乱暴そのもの。魔法少女歴は三人の中では一番長いけれど、新人を教育した経験もほぼ皆無であるために春花を任せる事も出来ない。
そうでなくとも、真琴の言動の乱暴さから対人恐怖症のきらいがある春花を任せる事は不可能だった。裏表が無く素直ではあるのだけれど、如何せん敵と定めた相手への敵意が強すぎる。
恐らくは春花を敵だと認識する事は無いだろうけれど、敵と認識してしまう可能性もあった。不確定な要素が強すぎ、教育担当としての経験も浅かったために教育係としては不適切だった。
「その挨拶も出来ない子なんだ。人それぞれ、色々事情があるのは分かるだろう?」
「そりゃあ、分かるですけど、沙友里さんと一緒に挨拶すりゃいーじゃねえですか。こっちだって、別に取って食う訳じゃねえですし。ね、真琴さん」
納得していないように文句を言う小柄な少女は、賢持織音。
織音の性格を一言で表すならお調子者である。褒めれば直ぐに調子に乗るし、慕っている真琴の言動に自分の意見を寄せているので意見もコロコロ変わる。
誰にでも調子を合わせるのではなく、仲間だと思っている相手に調子を合わせるような子である。逆に、仲間内以外には厳しい意見を持つような子でもあり、急激に心を狭くして意見をまったく聞かない時が多い。
「織音ちゃんの言う通り。真琴さんに挨拶も無しだなんてあり得ない。だって、先輩ですよ? 真琴さんが童話の中で一番歴が長くて、一番偉いんですから、挨拶するのは当たり前じゃ無いですか。事情があるとか知らないです。挨拶だけなら物を知らないガキだって出来るんですから、向こうからしに来るべきです」
小さな声でぼそぼそと反論をする背の高いほっそりとした少女、愁井燐。
彼女は真琴を誰よりも慕っている。いや、崇拝と言っても過言ではないだろう。
燐の家は貧乏で、当時中学生だった燐が年齢を偽ってアルバイトをしなければいけない程だった。母親は余所に男を作り、父親は毎日酒浸りの日々。ろくに中学校にも通えず、バイトから帰って来ては父親に稼ぎが足りないと暴力を振るわれる日々。
苦渋と苦痛に塗れるだけの日々を救ったのが、真琴だった。
たまたま燐と知り合った真琴が、燐の父親が屑野郎だと知り、即座に動いたのだ。
と言っても、それは丁寧な解決方法では無かった。
真琴がやったことは単純明快。燐がやられた事を、そのままやり返したのだ。
つまり、暴力で分からせた。
鼻血が出るまで、顔が腫れるまで、顔の骨が折れるまで、何度も、何度も、殴り続けた。
『オレぁ魔法少女だ。少しの事なら揉み消せる。分かるか? こんな事、何度だって揉み消せんだよ。分かったら燐に二度と手ぇ出すんじゃねぇぞ。燐に手ぇ出したらどうなるか、屑のテメェでも分かんだろ?』
と言った具合に脅し、燐を助けた。魔法少女である事の免責を使った、単純明快な解決方法だ。
だが助けて貰った事は事実。誰も助けてくれなかった中で、真琴だけは燐に手を差し伸べてくれたのだ。その時から、燐にとっては真琴は救世主であり英雄なのだ。信奉するに値する、神のような人間なのだ。
だからこそ、燐は真琴の事を一番に考える。誰の事情も関係無い。真琴の事情が最優先であり、それ以外は全て二の次以下だ。
今は燐も魔法少女になり、父親とは別居しているけれど殆どの時間を真琴と過ごしているし、真琴の家に入り浸ってお世話もしている状態だ。
それ以外の時間は三人でカフェテリアに集まって、毎日異譚に備えている。
そう。この童話の魔法少女達は、真琴を中心に回っている。
真琴を筆頭にし、真琴を慕う者だけのチーム。そんな中で、春花の事情をまともに考えてくれるとは思えなかった。
案の定、既に全員が春花に敵意にも似た感情を持っている。そうならないためにも、慎重に春花との接見の機会を調整しようとしていたのだけれど、どうやら全て無駄になってしまったらしい。
「はぁ……お前達、少しは相手の事情も考えろ。あの子だって、好きでお前達に挨拶をしに来ていない訳じゃ無いんだ。他人が怖いんだよ、あの子は」
「ウチの何処が怖いってゆーんですか! こんなにちんまりしててぷりちーですんに!」
「確かに織音は可愛らしいが、その可愛らしさに目を向ける余裕すらあの子には無いんだ。その余裕が出来るまでは、待っていてくれないか? 精神的に衰弱している子の復帰が簡単じゃない事くらい、お前達が一番よく分かっているだろう?」
沙友里がそう言えば、三人も思う所があったのか少しばかり表情を翳らせる。
「……オレは、間違った事をしたと思っちゃいねぇ。童話のリーダーはオレだ。そのオレが嘗められたままじゃいられねぇんだよ」
「お前の気持ちも分かる。だが、お前を侮っていた訳じゃ無い。復帰のために時間が必要なんだ。準備期間だと割り切ってくれ」
きっと、彼女達も理屈では理解しているはずだ。けれど、彼女達の生い立ちが、外部に対しての警戒心を大きくしている。そのため、理屈では無く感情で動いてしまうのだろう。
そのケアが行き届いていないのは担当官である沙友里の失態だ。
ともあれ、これ以上は平行線だ。彼女達が譲らない以上、話し合いでは無く、明確に命令と言う形をとる他無い。
「私が良いと言うまで接見は禁止する。違反した場合は罰則も在る。……ようやくご飯も喉を通るようになってきたんだ。少し、様子を見てやって欲しい。私からは以上だ」
それだけ伝えて、沙友里はカフェテリアを後にする。
カフェテリアを後にする沙友里の背中を見て、真琴は面白くなさそうに舌打ちをした。
 




