異譚12 機織真琴
乱暴に入って来たのは、派手な見た目の少女だった。
ツーブロックに八対二の長めのアシメバング。喋るたびに見える銀の牙に、両耳に幾つも付けられたピアス。指にはシルバーのリングとアーマーナックルが嵌められており、革ジャンにダメージジーンズとレザーのブーツとパンクロックな恰好をしている。
「今は使用中よ、出て行きなさい」
ブラックローズは考える間も無く、アリスを庇うように立つ。
彼女は明らかに敵意を持っている。もし仮に敵意まで行っていないとしても、明らかにアリスに対して思う所がある様子だ。
対人恐怖症のきらいがあるアリスと直接相対させる訳にはいかない。
「あ? テメェに用はねぇよ。オレが用があんのはそこの新入りだけだ」
「こっちに用は無いわ。もう一度言うわ、出て行きなさい」
「だから、こっちもテメェに用はねぇっつってんだろ」
明らかに苛立った様子で二人に歩み寄って来る少女。
「新入りは先輩に挨拶すんのが礼儀だろうが。オレぁ間違った事言ってっか?」
「なら貴女から挨拶しなさいな。私、こう見えて先輩なんだけど? 貴女まさか、人に礼儀を説いておいて、自分が礼儀知らずなんて事無いわよね?」
挑発するように返せば、彼女は苛立ったように眉を寄せた後、舌打ちを一つしてから答える。
「オレは機織真琴。童話のリーダーだ」
「私は花の魔法少女、如月黒奈。よろしくね」
「テメェとよろしくするつもりはねぇよ。花ならオレの仲間じゃねぇからな」
童話、花、星。この三つの枠組みは仲が悪い訳では無い。けれど、仲が良いとも言えない。
魔法少女達は同じ仲間ではあるけれど、成果を全て共有する訳ではない。組み分けというものが存在する以上、競争意識が生まれる。
真琴のように明確に別の組に対してライバル意識を持つ者も少なくは無いが、敵と明言する程に嫌っている者は少ないと言えよう。
「おいテメェ。いつまで後ろに隠れてんだよ」
「止めなさい。この子は人に慣れて無いの。慣れてきたら連れて行ってあげるから、今日は引きなさい」
「あ? 挨拶に慣れも何もねぇだろ。ただ自己紹介して、よろしくお願いしますっつえば良いだけだろうが。なぁ、オレぁ間違った事言ってっか?」
「言って無いわ。けど、相手の事情を鑑みない発言に正しさは無いわ。例えそこに正当性が在ったとしてもね」
アリスにはアリスの事情がある。確かにアリスは新入りであり、先輩に挨拶をするべきだ。
けれど、アリスは対人恐怖症のきらいがある。そんな相手に、無理に挨拶をしに行けだなんて言えない。加えて、アリスの事情はかなり特殊だ。もろもろ加味しても慎重にならざるを得ない。
「そもそも、アリスちゃんの事を知っているのなら、道下担当官から説明は在ったはずでしょ? まだ会える状態じゃない。会うまでに時間を要する。そう説明されなかった? 違う?」
沙友里が何も考えずにアリスの事を話すとは思えない。
アリスの事を話すのであれば、アリスの精神状態が悪い事も説明するはずだ。
その証拠に、真琴はバツが悪そうに舌打ちをする。
「今日は帰りなさい。この子の状態が良くなったら、挨拶には行くから」
真琴は暫くブラックローズを睨みつけた後、苛立たし気に舌打ちする。
「チッ。挨拶も出来ねぇで、魔法少女やれんのかよ」
厭味を吐き捨ててから、足音荒く訓練室を後にする。
その背中を見送った後、ブラックローズは背後に庇ったアリスに向き直る。
「大丈夫だった?」
ブラックローズが言えば、アリスはこくりと頷く。
こくりと頷いたアリスの身体はぷるぷると震えていた。見知らぬ人間に詰められた事が恐ろしかったのだろう。
「……ちょっと座ろうか。座りながら、色々魔法試してみようね」
アリスの手を引いて、ブラックローズはその場に座る。
ブラックローズに手を引かれているアリスもそのまま座り込み、座った膝の上にチェシャ猫が座る。
「人形とか、人形のお家とか作ってみて。イメージから魔法の生成をスムーズにする訓練って感じね」
とは言うけれど、実際の所気を紛らわせるための方便に過ぎない。
アリスはぷるぷると震えながらも、ブラックローズが言ったようにお人形を魔法で作る。
可愛い猫のお人形。可愛い兎のお人形。色んなお人形を生み出すアリス。
「キヒヒ。上手いもんだね、アリス」
チェシャ猫はアリスが作り上げるお人形を褒める。
「うん、上手。形もしっかりしてるわね……ていうか、毛質とかもしっかりしてる……クオリティ凄いわね」
アリスが作り上げたお人形は、人のように二本足で立つタイプのお人形だ。洋服も着られるし、リュックだって背負う事が出来る。いわゆる、子供向けのお人形である。大人もはまっているらしいが、それはさて置く。
問題は、アリスの作る人形のクオリティが異常に高いと言う事だ。
ブラックローズに言われて人形を生成するまでにかかった時間は約二秒。その二秒の間に、この人形をイメージしてかなりのハイクオリティで仕上げるなど、並大抵の技術力では無い。
並みの魔法少女であれば、こんなに簡単に魔法を使いこなす事は出来ない。
花も星も、自分の使いやすい近接戦の武器を生成する事は在る。けれど、魔法少女に成りたての頃はアリス程のクオリティで生成出来る者は殆どいない。
最初は魔力の扱いに苦心するものだ。何せ、自身が感知していなかった力をコントロールするのだ。扱いに慣れていなくとも不思議はない。
アリス程の速度で物体を生成するとなると、歪な形に仕上がってしまう者が多い。また、じっくりと生成したとしても、やはり今まで使ってこなかった魔力を扱うだけあって形が定まらない事が多い。
魔法はしっかりとイメージをして、しっかりとイメージを形にしなければ十分な威力を発揮しない。
細かくイメージを形にしなければ、無駄なところに魔力が行き届いてしまい効果を発揮しきれないのだ。
イメージを形にするのは一朝一夕では無い。そのための反復練習なのだが……どうやらアリスにはそれが必要無いらしい。
まるで既に何年も魔法を扱ってきたかのように、アリスは魔法を難なく使って見せる。
「キヒヒ。アリス。次は家を建ててみようか。ああ、庭を造るのも良いね。芝生と生垣、花壇なんかも在ると良いね」
難無くチェシャ猫の要望をそのまま形にして行くアリス。
言われた事を悩む間も無く形にして行くアリスの腕前は、やはり一朝一夕で培った技術力では無い。
アリスに関してはやはり謎が残るけれど、この技術力があればそうそう死ぬことは無いだろう。その事に関して言えば、アリスの魔法を扱う技術力は安心材料とも言えるだろう。
ブラックローズが見守る中、アリスは次々に家具やら小物やらを作っていく。
別の事に意識を集中させていたからか、いつの間にかアリスの震えは止まっていた。
今は気を紛らわせる事が出来たから良いだろう。けれど、次いつ真琴がアリスにちょっかいを掛けてくるか分からない。
真琴にどういう意図があるのかはまだ分からないけれど、春花に対して良い感情は持っていないのは確かだ。
言っては悪いが、真琴は今の春花が一番相対したくない人間だろう。何せ、敵意をむき出しにしてくる相手だ。普通の人間ですら、そんな人間を相手にしたくない。対人恐怖症のきらいがあるアリスであれば尚更だ。
ブラックローズの役目は、アリスを一人前の魔法少女にする事。けれど、きっとそれだけでは駄目なのだ。アリスが人としてちゃんと生きられるように、アリスの傷を癒してあげる必要が在る。
アリスが独りで生きて行かないように、ちゃんと、優しい人の中で生きていけるように。
 




