異譚7 永遠の少女
春花を連れて、黒奈はショッピングモールへと向かった。
服だけであればアパレルショップへ向かえば良かったのだけれど、きっと服以外にも入用になるだろうと思いショッピングモールへと向かう事にしたのだ。
以前、サンドウィッチを作る時に春花が寝泊まりしている部屋を見た。一時的に住んでいるだけなのか、必要最低限の物しか置いてなかった。
部屋に自分のお気に入りの小物を置いておけば生活に彩りが出る。悩み抜いて買った者には愛着が湧く。そうやって、人は日々に彩りを添えているのだ。
今の春花に必要なのは心の余裕と癒しである。
記憶喪失の春花に何があったのかは分からない。けれど、男の子がセーラー服を着ているというのはそれだけで何がしかの事情があるのだ。
ショッピングモールへは対策軍の自動車を利用して向かう。
春花と手をつなぎ、春花のペースに合わせながら歩く。
対策軍には装甲車以外にも学校での講演などで機材を運ぶための自動車も置いてある。今回は、その自動車を使う。
車に乗り込んで、黒奈はエンジンをかける。
春花は助手席に乗り込み、しっかりとシートベルトを締める。
「出発しんこー!」
アクセルを踏み、自動車を走らせる。
「春花ちゃんは、好きな服とかある? 着てみたい服でも良いよ?」
「特に……」
「じゃあ、気になる本とかは? 本読んでたよね?」
「分かんないです……」
本はとりあえず読んでいただけだ。何が好きか、何が嫌いかはまだ全然分からない。
「そっか。じゃあ、少しでも気になるものがあったら買おうね。そこから春花ちゃんの好きが分かるかもしれないしね」
黒奈の言葉にこくりと頷く春花。
暫く運転して、目的地であるショッピングモールへと到着する。
ショッピングモールに入り、二人は特に目的の店を決める事もなく歩き始める。
春花を見やれば、春花はちらりとお店に視線をやっているけれど、どれも興味が無いのか直ぐに視線を外している。
端から端まで歩いてみたものの、此処が良いと思うお店は無かったようだ。
しかし、それでは今回の目的である『運動着を買う』が達成できない。
「とりあえず、運動着は買わないとね。スポーツ用品店でジャージでも買おうか」
黒奈が言えば、春花はこくりと頷く。
スポーツ用品店へ向かい、運動着のコーナーへと向かう。
色々なスポーツウェアが在るけれど、普通のジャージで良いだろう。
「どれがいい?」
黒奈が訊ねれば、春花は顔を上げて服を見やる。
「こ、ここ……」
「うん?」
「ここ、レディースです……」
「あ……」
黒奈に言われて気付く。
あんまりにも可愛い見た目をしているので、何も考えずにレディースコーナーに来てしまった。
「そ、そうよね。ごめんなさい。私、うっかりしちゃってた」
慌てて、春花を連れてメンズコーナーへと向かう。
春花は特に気にした様子も無く、黒奈に連れられるまま歩く。
改めて、メンズコーナーへとやって来た二人は、ジャージを物色する。
「春花ちゃん、どういう色が好き?」
「……黒」
「黒かぁ」
黒奈は黒色のジャージを幾つか手に取ってみる。
「こういうの良いんじゃない? シンプルだし」
黒を基調として、白のラインの入ったシンプルなジャージを春花に見せる。
特に感想を言う事も無く、こくりと頷く春花。恐らくは、これで良いと言う事なのだろう。
「じゃあ一着目はこれね。あとは……あ、春花ちゃんはこういう色も似合うと思うなぁ」
言って、空色のジャージを手に取る黒奈。
空色のジャージを見た春花は一瞬考えるようにジャージを凝視したけれど、やがてこくりと頷いた。
「はいこれ二着目ね。あと一着くらい買っておこっか。……あ、これなんて良いんじゃない?」
そう言って春花が手に取ったのは、可愛らしい猫がプリントされたジャージだった。
春花は直ぐにこくりと頷いた。どうやら、猫は好きらしい。
「はい、これで三着ね。次は中に着るシャツとズボンだね」
ジャージをカゴに入れ、春花の手を引いてシャツとズボンのコーナーへと向かう。勿論、メンズコーナーである。
春花はちらりとシャツを見やるけれど、手に取ってみる事は無かった。
「春花ちゃん、気になるのとかある?」
黒奈が問えば、春花は首を横に振る。
「そっか……じゃあ、ジャージと同じ色合いのシャツで大丈夫?」
こくりと春花は一つ頷く。
薄々分かっていた事だけれど、春花には自主性が無い。自分から決める事が出来ないのだ。
他人に促され、嫌なら嫌、良いなら良いと答えるしか出来ない。選択肢を与えられなければ決められないのだ。
直ぐに直ぐどうにかなるものではない。春花の背景が分からない以上、下手に行動に移せない。
だから、今は黒奈が先導してやるしかない。
「ズボンも、同じ色合いのやつにしようか」
こくりと春花は頷く。
そうして運動着を選び終える。
「後は、靴下に下着に運動靴に……よし、此処で全部買っちゃおっか」
春花の手を引いて、黒奈は靴やら何やらを選ぶ。
必要になりそうなものをしこたま買ってから、スポーツ用品店を出る。
「よしっ! これで当初の目的は完遂だね。じゃあ次は、春花ちゃんの生活必需品を買い足そうか!」
春花はこくりと頷くと、すっと手を伸ばして黒奈の手を握る。
その事に少しだけ驚きながらも、春花が少しでも黒奈に気を許してくれているのだろうと思い嬉しくなる。
春花の手を引いて、黒奈はショッピングモールを周る。
アパレルショップで春花の普段着を買い、にんまり笑顔を浮かべた猫のプリントされた可愛いコップを買い、二人は色々なお店を周った。
数時間も見て回れば、二人の手には買い物袋がこれでもかと握られていた。
「あはは、いっぱい買ったねぇ。それじゃ、荷物もいっぱいだし、今日はもう帰ろうか」
春花はこくりと頷く。春花も歩き疲れたのか、いつもより元気が無さそうな顔をしている。
「っと、その前に……ちょっと待ってて貰って良い? お手洗い行ってくるから。荷物、見てて貰っても大丈夫?」
「うん……」
「すぐ戻って来るからね」
荷物を春花に任せ、黒奈はお手洗いへ向かう。
お手洗いにかかった時間はほんの数分だった。たった数分目を離しても何も起こらないと、黒奈は思っていた。だからこそ、春花を置いてお手洗いに向かったのだ。
だが、その考えは甘かった。いや、本来であれば甘い考えではない。ショッピングモールで数分その場に待っていて貰う程度、そう問題ではない。それがまだ小さい子供であれば心配にもなるだろうけれど、相手は中学生程の男の子だ。色々問題は抱えているが、数分待ってもらう事くらいは訳無いはずだ。
それは不測の事態だった。流石の黒奈でも予想出来なかった。
お手洗いから戻って黒奈の方を見やれば、そこには黒奈以外の者が三人立っていた。
何か問題があったのかと思ったけれど、どうにもそういう訳ではないようだ。
「ねぇ、君一人なんでしょ? 良いじゃん、お茶くらい付き合ってくれたって」
「そうそう。君可愛いからさ、奢るよ俺達」
「ね、良いっしょ? 一緒に行こ?」
なんと、三人は春花をナンパしていたのだ。
確かに、春花の見た目は超が付く程可愛い。けれど、相手は中学生だし、何なら春花は男の子だ。彼等はナンパする相手を間違え過ぎている。
呆れながら黒奈は春花の元へと向かう。
「ちょっとちょっと、ウチの子に何してんの! 今、親子で楽しくお買い物中なんだから、邪魔しないでちょうだい!」
春花と三人の間に割って入る黒奈。
そんな黒奈を見て、三人はぎょっと目を剥くけれど、直ぐに黒奈の言っている事を冗談だと捉えたように笑う。
「親子って、そんな年齢じゃないでしょ、君達」
「そうそう。どう見ても姉妹じゃん」
「あ、ならお姉さんも一緒にどう? 二人共可愛いから奢るよ」
口々に言う三人に黒奈は呆れたような目を向ける。
「人を見た目で判断しない事ね。私、これでも魔法少女だから」
魔法少女。そう聞いて、三人は黒奈の言葉が真実だと悟る。
これは有名な話だ。魔法少女は歳をとらない。厳密に言えば、ある一定の年齢に達した段階で身体の成長が止まるのだ。
つまり、永遠に少女の見た目を保ち続けるのだ。だからこそ、少女の姿をしていてもその実年齢は倍以上という事も在り得る。
永遠の少女。それが、魔法少女なのだ。




