表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔法少女異譚  作者: 槻白倫
第4章 破風と生炎

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

145/492

異譚6 お買い物

 黒奈と握手をした春花は、視線を合わせずにぺこりと頭を下げる。


「春花ちゃんは、苗字なんて言うの?」


「……あ、有栖川……」


「有栖川春花ちゃんか。うん、可愛い名前」


「キヒヒ。ありがとう」


 黒奈が褒めれば、春花の膝の上に座っていたチェシャ猫がお礼を言う。


「君は……チェシャ猫、で良いのかな?」


「キヒヒ。そうとも。(ぼく)はチェシャ猫。よろしくね」


 長い尻尾をふりふりさせるチェシャ猫。


「うん、チェシャ猫もよろしく。私の事は、黒奈って呼んでね。あ、師匠でも良いよ?」


 冗談めかして黒奈が言うけれど、春花はこくりと頷くばかり。


 きゅっと不安げにチェシャ猫の尻尾を握る。


 心を開いてくれるまでは時間がかかるだろう。記憶が無くとも、他人に対する不信感が根底に残っているのだろうから。


「ま、先生って言っても堅苦しい事を教える訳じゃないよ。春花ちゃんが魔法少女として戦えるように教えるだけ。って、堅苦しいよね、それも」


「たた、かう……」


「キヒヒ。そうだよ、アリス。アリスは戦うんだ」


「そう……戦う……」


 黒奈の言葉に、自分がこれから何をするのかまったく分かっていないような反応を示す春花。


 黒奈は沙友里を見やれば、沙友里は困ったように眉尻を下げる。


「ヒアリングをしたのですが、春花は異譚の事を何一つ知らないみたいです。異譚がどういう物か、魔法少女が何をするのか、それも分からないみたいで……」


「何も知らない春花ちゃんに戦う事を承諾させたの?」


 怒りを露わにする黒奈に、沙友里では無くチェシャ猫が答える。


「キヒヒ。そこは問題無いよ。アリスは命を懸けて戦う事だけは分かってる。ね、アリス」


 チェシャ猫が問えば、春花はこくりと頷く。


 そんな春花を見て、黒奈は心配そうな表情を浮かべる。


「春花ちゃんが戦う理由って何かな? 差し支えなかったら、教えてくれる?」


 黒奈がそう訊ねれば、春花はチェシャ猫を見ながら答える。


「ちぇ、チェシャ猫が、戦いなって……」


「……チェシャ猫が強要してるって事?」


「キヒヒ。人聞きが悪いな。(ぼく)は導く者だから、アリスに強要は出来ないよ。それに、アリスもなんとなく分かってるはずさ。自分が戦わなくちゃいけない事をね」


「そうなの?」


 黒奈の言葉にこくりと頷く春花。


「……戦わないと、駄目だって……なんとなく……」


 なんとなく、春花の中でも戦わなければいけないと思う気持ちがある。いや、気持ちと言うよりも、それは指針に近いだろう。


 自分が何と戦うのか、どうして戦うのかは分からない。けれど、戦わなければいけない事だけはなんとなく分かる。


「無理矢理戦うのを強要されてる訳じゃ無いのね?」


 再度訊ねれば、春花はこくりと頷く。


 春花が頷くのであれば、黒奈もこれ以上しつこく聞く事はしない。


「分かった。それじゃあ、春花ちゃんが戦わなければいけない相手についての説明から入らないとね」


 タブレット端末を取り出し、操作をする。


 自身が担当した異譚の履歴を検索し、出て来たレポートと写真を表示する。


「まず、私達魔法少女が収束させなければいけないのは、異譚と呼ばれる世界の侵食現象ね。異譚は世界の(ことわり)を変えながら、世界を蝕んでいくの。異譚は時間と共に徐々に広がっていくものだから、それを収束させないと世界が滅んでしまうの」


 異譚内部の映像は凄惨極まるものばかりだ。


 基本的に異譚の内部はグロテスクであり、敵もまた異様な見た目をしている。映像とは言え、初見であれば画面から顔を背ける者は多い。


 けれど、春花は特にこれといった反応も無く映像を見続けている。


「異譚には、異譚生命体っていう異譚独自の生物も存在するわ。異譚生命体は倒さないと異譚の外にも出て来ちゃうから、見つけ次第殲滅って感じだね。それと、異譚に居ると普通の人間は異譚に侵食されて異譚生命体に成っちゃうから、まず最初に住民の避難が優先されるわ」


「人間が、化け物になるの?」


「そう。魔法少女は魔力に対して耐性があるけど、一般人は魔力に対して無防備だからね。異譚は世界を蝕む。人間も世界の一部だから異譚に蝕まれるの」


「そう……」


 納得したように頷く春花。けれど、そこに異譚に対する憤りも、人々を護らねばという使命感も無い。ただ、その事実に納得しているだけだ。


 その姿は、まるで魔法少女に成りたての頃の黒奈に似ていた。


 今の春花に何を言っても、きっと何も響かないだろう。他人に強制された使命感なんて長持ちしない。


 春花に何を言うでも無く、黒奈は説明を続ける。


「異譚を収束させるには、異譚支配者っていう異譚を構成する核である生命体を殺す必要があるわ。その異譚生命体を殺さない限り、異譚は終わらないの」


「キヒヒ。つまり、異譚支配者を倒せば良いだけだね」


「簡単に言うけどね、異譚支配者の力は強大よ。基本的に魔法少女数人で相手取るような相手なんだから。それに、異譚にもランクが在るから、上のランクの異譚支配者なんてそりゃあもう強いんだからね?」


「キヒヒ。ランクってどれくらいあるんだい?」


「一番下がD。そこから、C、B、Aと上がって、一番上がS。まぁ、Sは前例が無いけどね。最高でもAランクよ」


 Sは数値上は有り得るという話だ。実際に起こる可能性は極めて低い。


「ともあれ、これが私達魔法少女がすべき仕事よ。命懸けで異譚を終わらせるの。分かった?」


 黒奈が訊ねれば、春花はこくりと頷く。


「異譚支配者を、倒す……」


「まぁ、最初の内は異譚支配者を相手にする事は無いから安心して。流石に、新人に任せられる相手じゃ無いからね」


 なんて言うけれど、正直春花の潜在能力(ポテンシャル)を持ってすれば、DとCランクの異譚支配者であれば倒せる可能性が高い。魔法の自由度が高いと言う事は、それだけ攻撃の幅が広がるという事だ。属性を考えた立ち回りも出来るし、誰が相手でも弱点を突ける。


 だが、今の春花には異譚に対する熱量が無い。戦わなければいけないから戦う。ただそれだけの理由で戦うのだ。


 感情は時に大きな武器になる。自身の限界すら超えた力を発揮する事が出来る時もあるのだ。


 潜在能力(ポテンシャル)は十全だけれど、それ以外がまったく足りていない。


「まずは、異譚生命体と戦うための訓練を行うよ。魔法少女は変身前の身体能力も大切だから、変身しないで体力作りをしたり、徒手格闘の訓練をしたり、後は武器を使うなら武具の扱いも憶えないとね」


「キヒヒ。やる事いっぱいだね、アリス」


「うん……」


 こくりと頷く春花。


 けれど、そこに面倒だと思うような感情の色は見えない。ただ事実を事実として認識しているだけである。


「後は……そうね。魔法は想像力も大事。本を読んだり、映画を見たり、自分の感情を動かされれるモノに出会うのも大事ね。あ、そう言えば、春花ちゃんは普段着とか持ってるの?」


 黒奈の言葉に春花は首を横に振る。


「じゃあ、今度お洋服買いに行こっか。後は、髪も長くて綺麗だから、櫛も買いに行きましょう。ね」


 にっこり笑みを浮かべて黒奈が言えば、春花は躊躇いがちにこくりと頷く。


「よしっ! それじゃ、早速訓練を……と思ったけど、春花ちゃん運動着持ってる?」


 黒奈が問えば、春花は首を横に振る。


「じゃあ、今日はお買い物に行きましょう! ね、良いわよね、道下担当官殿」


「初日なんですが……まぁ、運動着が無いと困りますからね。良いですよ。今日は必需品を買ってきてください。あ、領収書は忘れずに。私服も必需品ですからね。経費で落ちるように交渉しておきます」


「ありがとう、道下担当官殿。よっ、じゃあ行こっか!」


 黒奈は立ち上がり、春花に手を差し伸べる。


 春花は躊躇いがちに黒奈の手を取れば、黒奈は優しく春花の手を引いて歩き出す。


「キヒヒ。(ぼく)は待ってるよ。まだ、あんまり人前には出ない方が良いだろうからね。楽しんでくると良いよ、アリス」


 長い尻尾をふりふりと振って、春花を見送るチェシャ猫。


 不安そうにチェシャ猫を見やりながらも、春花は黒奈に手を引かれるままに歩いて行った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 初期の頃よりかわよい
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ